私の好きな詩・言葉(105) 「<永遠>抄」(城戸 朱理)   


(冥王星)よりも昏い
プ ラ ト ー
     十三番目の惑星を見つけるべく
少年が手にするのが
            <天体望遠鏡>なら
“罪体”なき事件に遭遇すべく
不在証明を綴りつづけるのが
生ある者の日課のごとき
              <宿命>だろうか
昼には散策の途中で青いドングリを摘み
夜には書斎で難しい顔を練習する“文筆家”
ある星は「水」で出来ている
ある星は「鉄」で出来ている
だから、多量の水やら微量の鉄やらで出来ている人間が
郷愁を覚えたりするのが
              <星空>
玉蜀黍の髭を抜き
トウモロコシ
熟れた西瓜を割ったりしながら
夏の休暇は過ぎる
暗黒に浮んでは興亡する
                <太陽系>
                 ソラーシステム
だが過ぎ去るのは“時”ではない
紙でできた時計を考案せよ
次には、それを燃して
残された<時間>を計測せよ
石は「永遠」を感得しない
鉄は「永遠」を感得しない
それゆえに、人間であるならば
                   朝になると
とりあえず起きることにする
夕方に読むなら“犯罪小説”
          クライム・ノベル
夜が来たらば朝を待ち
              お尻の青い子供を叩いたり
白くたわたわとした肉体と
                絡み合ったりもせよ
石は「永遠」を感得しない
鉄は「永遠」を感得しない
その“分子的結合”からは
関係律が
     さらさらと
           焼失していく
次なる説話に見る“東洋的”喩法 ――
「大地の中央に巨大な(巌石)がある
               いわいし
縦、八十里
       横、八十里
              高さ、八十里
そこに降臨するのが(天女)
三年に一度、降り立っては
天衣で岩をヒラリとこする すると
(天女)が昇天してから
    再び降り下るまでの時間が“三年”
そして(巌石)がすり減って
“無”になるまでの時間が
                <永遠>」
(不死ならぬ者)ならではの
 モ ー タ ル
                 避け難い宿命を
眠れぬ耳に聞かされる子供たち
(天竺)の昔話を
          夜毎、聞かされたとしても
翌朝になると
        ほとんど忘れ去り
手の染まりそうな
          <青天>の下で
捕えた魚を空に
          磔にしたりする
          はりつけ



( 『現代詩文庫 城戸朱理詩集』 )




他1篇


「白桃」


(握りこぶし)のようなスズメ蜂が停空し
             ぶんぶんいうので
眠っていられない「朝」
「いつまでも寝ていてはいけない」といった
箴言があったかどうか
             考えながら
金気を嫌う(白桃)を食べ
               <昔話>の領域で
語られながらも問題にされない
<寓意>に驚いてみたりすると
 アレゴリー
                 掌に残されるのが“核”
                             たね
その重さは“心理的”には
             実そのものを凌いでいる
<恋愛>というものが目指す
                  <焼尽点>
訪客もない無門の家で
蚕が糸を吐き出すように
チュ―ブから絵具を絞り出しているのが“画家”
(夏至)を過ぎて
         濃くなっていく影に
「主体」を委ねようとしているのが
                     <詩人>
直線ばかりを前にして走りつづけると
人間の“精神”はふらふらし
                何も誤らなくなる
<高速入眠幻覚>
ハイウェイ・ヒプノーシェ
          翅音も聞こえなければ
人影も見えない“白光の世界”
だがそれも
      <核の不足を嘆く
        コア
道標であるのかも知れぬ
新聞によると
多摩丘陵には狐を欠いた
        狐狸の類が増殖して
住民は夜な夜な
         (腹鼓)に悩まされているらしい



ひと言

野村喜和夫と並んで現代詩の最先端を行き、今、もっとも活躍し注目されている詩人。私にとっては野村喜和夫についで興味を持ち、読んでいるうちに非常に面白くなった詩人である。豊かな感性、豊富な知識と読書量がどの詩からも溢れてくる。城戸朱理の詩はかなり気取った印象があるが、気取った印象は豊富な知識の中で削ぎ落とされている。城戸朱理は野村喜和夫同様、私にとって大変気になる現代詩人の一人である。

「現代詩フェスティバル」に行った時、開演前、ロビーで野村喜和夫さんとゆったりと歓談しているひときわ背の高い男性がいた。静かな雰囲気を持つその人が城戸朱理さんであることをわかるのに時間は要らなかった。私はその時、野村喜和夫さんにサインをもらうつもりで野村さんの詩集を差し出したが、城戸さんは遠慮されて、すっと話を中断された。私は城戸さんの詩集を持って行かなかったことを少々後悔したが、今や有名人になった城戸さんが実にさりげなく遠慮されたのが爽やかな印象となって残っている。


メンソールの香りがする自由 ― 詩人K に

まずはat random に読む



城戸 朱理(きど しゅり)

1959年盛岡市に生まれる。十代の終わりに西脇順三郎の詩と出会って詩的彷徨を、二十歳のときエズラ・パウンドを読んで詩の咆哮を知る。同じころから詩を書き始め、同人誌「洗濯船」(82~87年)に参加。その後、吉岡実の知遇を得て、詩の現在を意識するに至る。詩集に 『召喚』 (85年)、『非鉄』 (93年)、『不来方抄』 (94年、歴程新鋭賞)。他に 『召喚』 異本としての選詩集 『モンスーン気候帯』 (91年)、吉岡剛造との対話 『木の骨』 (93年)、講演録 『詩人の夏』 (94年)がある。( 『城戸朱理詩集』 よりコピー抜粋)
ブログ: 城戸朱理のブログ poetry and diary
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by hannah5 | 2007-05-27 00:57 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)

Commented by ポピーの詩 at 2007-05-31 08:49 x
城戸朱理さんの詩、はじめの2,3行は(えっ・・!?)とたじろぎ、何か難しそうと思ったのですが、気にしないでどんどん読んでみました。
不思議な魅力のある詩ですね!
朝読むと、とても爽やか、水のように入ってくるのですが、夜読むと、言葉ひとつひとつに考えてしまって、スムーズに読めないことも、とても不思議です。
因果関係のない世界で、イメージがどんどん展開していって、しかもそれが嫌味ではなく、はんなさんが仰るようにとても爽やかな印象なのが不思議でした。
はんなさんの「メンソールの香りがする自由」「まずはat randomに読む」をもう一度読むと、城戸朱理さんの詩の印象が、さらによく伝わってきました。
Commented by hannah5 at 2007-06-01 01:21
◆ボビーの詩さん、こんばんは。
現代詩は喰わず嫌いというか、むずかしいものと初めから決めてかかる人が多いようです。先入観や偏見をもたずにただその詩とだけ対峙すしていると、読めないと思っていた詩もいつしかすーっと入ってきます。そして、思ったよりも入りやすいことに気がつきます。これからも時々、城戸さんの詩をアップしますね。

いっぺんに読んでもわからない詩は、このようにして細切れにしながら読んでいくと、徐々にわかってきますね。

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