私の好きな詩・言葉(107) 『六十二のソネット』より(谷川 俊太郎)   


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世界は不在の中のひとつの小さな星ではないか
夕暮・・・・・
世界は所在なげに佇んでいる
まるで自らを恥じているとでもいうように

そのようなひととき
私は小さな名ばかりを拾い集める
そしていつか
私は口数少なになる

時折物音が世界を呼ぶ
私の歌よりももっとたしかに
遠い汽笛 犬の吠声 雨戸のまた刻みものの音・・・・・

その時世界は夕闇のようにひそかに
それらにききいっている
ひとつひとつの音に目をたしかめようとするかのように


(『六十二のソネット』より、『谷川俊太郎詩選集Ⅰ』(集英社文庫)にも収録)




もう一篇


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空の青さを見つめていると
私に帰るところがあるような気がする
だが雲を通ってきた明るさは
もはや空へは帰ってゆかない

陽は絶えず豪華に捨てている
夜になっても私達は拾うのに忙しい
人はすべていやしい生まれなので
樹のように豊かに休むことがない

窓があふれたものを切りとっている
私は宇宙以外の部屋を欲しない
そのため私は人と不和になる

在ることは空間や時間を傷つけることだ
そして痛みがむしろ私を責める
私が去ると私の健康が戻ってくるだろう




ひと言

現在、一般書店で唯一売れている詩人と言えば、真っ先に谷川俊太郎の名前が挙がるだろう。谷川俊太郎の詩をよく知らない人でも、スヌーピーと言えば、「ああ、あのチャーリー・ブラウンとビーグル犬の漫画」という具合に思い出すだろうと思う。6月10日(土)、立教大学で行われた「谷川俊太郎 詩を読み、語る」で、谷川俊太郎は1時間半にわたり、詩について、詩作について語った。初めて間近で見た谷川俊太郎は、詩人というよりどちらかというと「自由人」という印象が強かった。紺色の地に月をデザインし、細い鎖をあしらったTシャツは、何歳になっても衰えない感性を感じさせた。講演の後、サイン会があり、私もミーハーよろしく皆が並ぶ列に加わって谷川俊太郎からサインをもらった。こういう時は誰もがここぞとばかりに谷川俊太郎に質問する。谷川俊太郎はひとつひとつの質問に気さくに、かつ丁寧に答えていて、私も急遽質問事項を考えた。

私 「谷川さんは弟子は取られないのですか?」
谷川俊太郎 「取りません」(一時は谷川俊太郎の弟子になりたいと思っていて、自ら自作の詩を持って行って、「たのもう!」と乗り込もうかとさえ思っていたほどだ。)
私 「詩の教室で教えたりはなさらないのですか?」
谷川俊太郎 「しません。でも、この前、新風舎で詩の教室があってやったんですよ。教えたんじゃなくて、評をしたんだけどね」 

これで、夢がひとつ破れたというわけだ(笑)。詩は教えられるものではなく、盗み取るものか。でも、楽しかったな。




谷川 俊太郎(たにがわ しゅんたろう)

1931(昭和6)  哲学者・評論家の父徹三と母多喜子の一人っ子として、帝王切開により
            生まれる。

1938(昭和13) 杉並第三小学校に入学する。何度も級長をつとめたが学校が楽しかった記憶は
            ない。模型飛行機づくりや機械いじりを好んだ。音楽学校出身の母からピアノを
            習う。

1948(昭和23) 北川幸比古ら高校の友人の影響で、11月、ガリ版刷りの詩誌「金平糖」に
            2篇の8行詩を載せる。

1950(昭和25) 学校ぎらいが激しくなり、度々教師に反抗する。「蛍雪時代」や「学窓」などに
            投稿。成績低下し、定時制に転学して辛うじて卒業する。

1954(昭和29) 岸田衿子と結婚。

1955(昭和30) 離婚。

1957(昭和32) 新劇女優大久保知子と結婚して青山に住む。

1960(昭和35) 長男謙作誕生。

1963(昭和38) 長女志野誕生。

1989(平成1)  離婚。

1990(平成2)  佐野洋子と結婚。


作品

1951(昭和26) 「詩学」の推薦詩人に「山荘だより1・2・3」が載る。

1952(昭和27) 第一詩集 『二十億光年の孤独』 刊行。

1953(昭和28) 『六十二のソネット』 刊行。

1955(昭和30) 『愛について』 刊行。

1956(昭和31) 自作の写真と詩の 『絵本』 刊行。

1957(昭和32) エッセイ集 『愛のパンセ』、『櫂詩劇作品集』 刊行。

1958(昭和33) 『谷川俊太郎詩集』 刊行。

1959(昭和34) 詩論集 『世界へ!』 刊行。

1960(昭和35) 詩集 『あなたに』 刊行。

1962(昭和37) 詩集 『21』、エッセイ 『アダムとイヴの対話』 刊行。

1964(昭和39) 詩集 『落首九十九』 刊行。

1965(昭和40) 全詩集版 『谷川俊太郎詩集』 刊行。『日本語のおけいこ』 刊行。

1967(昭和42) ショートショート集 『花の掟』 刊行。

1968(昭和43) 『愛の詩集』 刊行。詩画集『旅』刊行。

1969(昭和44) 絵本 『しのはきょろきょろ』、『現代詩文庫27谷川俊太郎』 刊行。
            漫画「ピーナッツ」の翻訳開始。

1971(昭和46) 詩集 『うつむく青年』 刊行。

1972(昭和47) 記録映画「時よとまれ君は美しい」の脚本を書く。エッセイ集『散文』、
            『ことばのえほん』 刊行。

1973(昭和48) 『ことばあそびうた』 刊行。

1974(昭和49) 詩集 『空に小鳥がいなくなった日』 刊行。

1975(昭和50) 『定義』、『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』、
            『マザーグースのうた』 刊行。

1976(昭和51) 絵本 『わたし』 刊行。

1978(昭和53) 詩集 『タラマイカ偽書残闘』 刊行。

1979(昭和54) 詩集 『そのほかに』、『谷川俊太郎エトセテラ』 刊行。

1980(昭和55) 詩集 『コカコーラ・レッスン』 刊行。

1981(昭和56) 『ことばあそびうた また』、『わらべうた』 刊行。

1982(昭和57) 写真集 『SOLO』刊行。詩集 『日々の地図』 刊行。

1983(昭和58) 『日々の地図』 で読売文学賞を受賞。

1984(昭和59) 詩集 『手紙』、『日本語のカタログ』、『詩めくり』 刊行。

1985(昭和60) 詩集 『よしなしうた』、『ことばを中心に』、『「ん」まで歩く』 刊行。

1987(昭和62) 『いちねんせい』 刊行。

1988(昭和63) 詩集 『はだか』、『メランコリーの川下り』 刊行。

1990(平成2)  詩集 『魂のいちばんおいしいところ』 刊行。

1991(平成3)  詩集 『女に』 刊行。
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by hannah5 | 2007-06-28 23:48 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(6)

Commented by ポピーの詩 at 2007-06-29 20:38 x
はんなさん、こんばんは。
実はいま谷川俊太郎さんの詩集を読んでいる最中です!
現代詩は未だ殆ど知らない私ですが、谷川俊太郎さんの詩集はなぜか手に取りやすいです。
言葉がパリッとしていて清潔な感じで、好きになりました。
読んでいるのは文庫「これが私の優しさです」という抜粋集で、
まだ読んでいないのですが「62のソネット」の抜粋も入っていると思います。
「ネロ」という子犬の詩がよくて、何度も繰り返して読んでいます。
Commented by hannah5 at 2007-06-30 02:52
◆ポピーの詩さん、こんばんは。
そうそう、ソネットはその文庫本にも入ってましたね。
現代詩もいろいろあって、難解な詩もあれば親しみやすくて心にすっと入ってくるような詩もありますね。
私はどちらかというと、谷川俊太郎は初期の頃の作品が好きです。
詩に対して真面目で純粋なものを感じます。
Commented by α at 2007-07-01 22:03 x
こんばんは、はんなさん。

谷川俊太郎の詩は、お父さんが論理を好む哲学者だったからか、なるたけ無駄をそぎ落とした、いうなれば言語節約型の詩のような気がしますね。

私も持っていますが、スヌーピーの翻訳といえば、やはり谷川さんですよね。他にもスヌーピーの日本語翻訳者っているのでしょうか?
Commented by hannah5 at 2007-07-02 00:06
◆a さん、こんばんは。
なるほど。そういえばそうかもしれませんね。

スヌーピーの翻訳者は谷川俊太郎さんだけだと思いますよ。
Commented by ksksk312 at 2007-07-02 21:24
六十二のソネット、はんなさんの所でひさびさに読みました。
いい作品ばかりですよね。すべて読んだことはないけれど。

お弟子さんにれなくて残念でしたね...笑。
でも、大切なことを(がつんと)学んだのではないですか。

「詩を盗み取る」のは他の詩人から...というより、
自分自身の中から...という気がしています。自分の経験では。
Commented by hannah5 at 2007-07-03 00:45
◆志久さん、こんばんは。
はい、残念でした、つくづく・・・笑
これでもね、ずうーっと念じてたんですよ、弟子になれますようにって
もう、日夜、会いたい、会いたいって
まあね、ああいう自由人の弟子になったら、かえって苦労するかもしれません

>自分自身の中から...
そういうことかもしれませんね

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