直感   


たしかに脳髄が攪拌される

革命の起こった日

解らないということがない
解き明かされていく言葉の襞・断層・連結・背景

イチ・プラス・イチ・イコール・ニ・カケル・ニ・ハ・ヨン

そんな世界なんだよ
詩は


詩はね
人間に必要なもの
食物を食べなければ生きていけないように
詩がなければ
涸渇するよ






つまり。。。


難解な詩について、萩原朔太郎のこんな言葉を見つけた。朔太郎が 『西脇順三郎詩集』 のあとがきに寄せた言葉である。「研究 難解の詩について」と題したあとがきの冒頭の部分にこう書いてある。

「 「解らない詩」といふものが世の中にあるだろうか。西洋でもマラルメやラムボオの詩の中には、ずゐぶん難解なものがあって、新聞社が懸賞で答解を募集したりしたことがあるさうだが、原理としては、詩は必ず解るものなのである。解らない詩なんてものは世の中にない。もし有るとすれば、それは作者が故意に悪戯気から、解らないやうにトリックして書いた詩である。いやしくも本気になって作った詩なら、屹度解らなければならない筈だ。何故なら人間の言葉といふものは、どんな支離滅裂な犯人のウハ言の中にさへ、何等かの表現しようとしてゐる、主観の本心が必然に現はれるから。・・・(中略)・・・詩の構成されてゐる形式は、要するに種々なる観念やイメーヂの綜合である。これが心理学の所謂観念聯合の法則によって、一つの表現から他の表現へと、聯想の鎖によって順次につながれて現れて来る。然るにその「聯想の鎖」といふものは、心理学的法則によって必然の決定された因果であるから、a の次に b が浮び、b の次にc のイメーヂが表象されて来ることは必然である。どんな破天荒の詩を書く人でも、この因果の法則を勝手に破壊し、a と全く関聯のない w のイメーヂを、すぐに続けて表象することは不可能である。故に或る詩人の作について、そのアルハベットの順列する様式を研究すれば、詩の情操する一切の内部が解ってしまふ。詩の秘密を見破ることは、クロスワードを解くより遥かに易い。クロスワードの場合にあっては、一つ一つの言葉が、一見無秩序に散佚してあり、これをアルハベットの順序に置き換へるために、その隠された秘密の鍵(文法)を発見するのが興味であるが、詩の方では、初めから言葉が表面に配列されてゐる。パズルはただその作者の詩人に特有してゐる文法、即ち彼の聯想の方式に於ける、或る特有の傾向(癖)を見附ければ好いのである。」
( 『西脇順三郎詩集』 に寄せた萩原朔太郎の「研究 難解の詩について」より)

「詩は必ず解るもの」という朔太郎の言葉を読んで、全く同感だった。現代詩は難解であると言われるが、一見難解に見える詩も何回も読んでいくうちに、ある時点でさっと扉が開いたように理解できるようになる。もしどうしても解らなければ、その詩人の文学的背景や作品の根底に流れている思想や観念を調べていけばよいと思う。そうしているうちにトリックが解けてくる。

現代は情報時代である。お互いの意志の伝達は記号のような言葉をメールで送受信することによって成り立っている。加えて人々は多忙である。過密なスケジュールの合い間を縫って意志を疎通させるには、即座に解読できる言葉でなければならない。やわやわした文学のような言葉は不適切であるどころか邪魔である。即座に何を言っているのかわからない言葉に人々は意味を見出さない。そういう時代だから、詩集は売れない。しかし、私はこう思うのだ。

情報やメディアの発達に伴って、現代人は実際の経験は少なくても知識だけは豊富になった。幾分頭デッカチの勘があるが、それにしても、現代の日本人は驚くほどの情報量と知識を持っている。中には専門家も顔負けの情報や知識を持っている人もいる。難解と言われる現代詩は感性で書いた抒情詩と違い、知識や理性を駆使したものが多い。知識を蓄積することが習慣化された現代人には、案外難解詩が受け入れられるのではないか、案外現代人に理解される要素を持っているのではないか。萩原朔太郎の言葉を読んでそう思った。
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by hannah5 | 2007-07-20 23:50 | 作品(2004-2008) | Comments(0)

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