私の好きな詩・言葉(109) 「僧侶」 (吉岡 実)   


「僧侶」

        吉岡 実



四人の僧侶
庭園をそぞろ歩き
ときに黒い布を巻きあげる
棒の形
憎しみもなしに
若い女を叩く
こうもりが叫ぶまで
一人は食事をつくる
一人は罪人を探しにゆく
一人は自潰
一人は女に殺される



四人の僧侶
めいめいの務めにはげむ
聖人形をおろし
磔に牝牛を掲げ
一人が一人の頭髪を剃り
死んだ一人が祈祷し
他の一人が棺をつくるとき
深夜の人里から押しよせる分娩の洪水
四人がいっせいに立ちあがる
不具の四つのアンブレラ
美しい壁と天井張り
そこに穴があらわれ
雨がふりだす



四人の僧侶
夕べの食卓につく
手のながい一人がフォークを配る
いぼのある一人の手が酒を注ぐ
他の二人は手を見せず
今日の猫と
未来の女にさわりながら
同時に両方のボデーを具えた
毛深い像を二人の手が造り上げる
肉は骨を緊めるもの
肉は血に晒されるもの
二人は飽食のため肥り
二人は創造のためやせほそり



四人の僧侶
朝の苦行に出かける
一人は森へ鳥の姿でかりうどを迎えにゆく
一人は川へ魚の姿で女中の股をのぞきにゆく
一人は街から馬の姿で殺戮の器具を積んでくる
一人は死んでいるので鐘をうつ
四人一緒にかつて哄笑しない



四人の僧侶
畑で種子を撒く
中の一人が誤って
子供の臍に蕪を供える
驚愕した陶器の顔の母親の口が
赭い泥の太陽を沈めた
非常に高いブランコに乗り
三人が合唱している
死んだ一人は
巣のからすの深い咽喉の中で声を出す



四人の僧侶
井戸のまわりにかがむ
洗濯物は山羊の陰嚢
洗いきれぬ月経帯
三人がかりでしぼりだす
気球の大きさのシーツ
死んだ一人がかついで干しにゆく
雨のなかの塔の上に



四人の僧侶
一人は寺院の由来と四人の来歴を書く
一人は世界の花の女王達の生活を書く
一人は猿と斧と戦車の歴史を書く
一人は死んでいるので
他の者にかくれて
三人の記録をつぎつぎに焚く



四人の僧侶
一人は枯木の地に千人のかくし児を産んだ
一人は塩と月のない海に千人のかくし児を死なせた
一人は蛇とぶどうの絡まる秤の上で
死せる者千人の足生ける者千人の眼の衡量の等しいのに驚く
一人は死んでいてなお病気
石塀の向うで咳をする



四人の僧侶
固い胸当のとりでを出る
生涯収穫がないので
世界より一段高い所で
首をつり共に嗤う
されば
四人の骨は冬の木の太さのまま
縄のきれる時代まで死んでいる


( 『吉岡実詩集』 (現代詩文庫)より)




もう一篇


「過去」


その男はまずほそいくびから料理衣を垂らす
その男には意志がないように過去もない
鋭利な刃物を片手にさげて歩き出す
その男のみひらかれた眼の隅へ走りすぎる蟻の一列
刃物の旅面で照らされては床の塵の類はざわざわしはじめる
もし料理されるものが
一個の便器であっても恐らく
その物体は絶叫するだろう
ただちに窓から太陽へ血をながすだろう
いまその男をしずかに待受けるもの
その男に欠けた
過去を与えるもの
台のうえにうごかぬ赤えいが置かれて在る
班のある大きなぬるぬるの背中
尾は深く地階へまで垂れているようだ
その向うは冬の雨の屋根ばかり
その男はすばやく料理衣のうでをまくり
赤えいの生身の腹へ刃物を突き入れる
手応えがない
殺戮において
反応のないことは
手がよごれないということは恐ろしいことなのだ
だがその男は少しずつ力を入れて膜のような空間をひき裂いてゆく
吐きだされるもののない暗い深度
ときどき現れてはうすれてゆく星
仕事が終るとその男はかべから帽子をはずし
戸口から出る
今まで帽子でかくされた部分
恐怖からまもられた釘の個所
そこから充分な時の重さと円みをもった血がおもむろにながれだす




ひと言


野村喜和夫さんの言葉をそのままま借りる。
「吉岡実は、戦後にあらわれた最高の詩人の一人とされる。その詩史的位置は、大正・昭和前期の萩原朔太郎のそれにもなぞらえられ、メタファーから引用へとフェーズを移したその作品の変遷は、教義の戦後詩を越えて、詩の近代性の歴史そのものに繋がってゆく。・・・(中略)・・・「過去」は、読むたびに鳥肌の立ってしまうような、極めつけのシュールレアリスム的作品だ。恐怖のモチーフが殺戮の記憶と結びついて、不思議な時間錯誤の世界を創り出す。にもかかわらず、ひとつひとつの言葉が喚起するイメージはあくまでも具体的で、リアルな実質がこめられている。そこが吉岡実の吉岡実たるゆえんであろう。死からさえも遅れて、「おもむろにながれだす」血、それが生なのだ。/そして、戦後詩の代表的一篇としてあまりにも名高い「僧侶」。完結きわまりない語法とリズム的持続のうちに、「四人の僧侶」に仮託された人間の根源的な欲望や悪徳の世界が、イメージ豊かに繰り広げられる。」 ( 『戦後名詩選Ⅰ』、「吉岡実」より)

吉岡実の詩集を初めて読んだ時、片手間に読むことのできないその言葉の固さと重さに読むのを投げ出してしまったことがある。けれど、野村喜和夫さんの解説の助けを借りて読むと、かなりの部分までわかってくるし、吉岡実の言葉の厚みと深みが次第に凄みを帯びてくる。「いい詩」というのは、良くも悪くも、脳裏から離れず、体の中に致命的な痕跡を残す詩ではないかと思う。

野村喜和夫さんは「人間の根源的な欲望や悪徳を僧侶に託した」と語っているが、私はもう一歩踏み込んで、宗教の持つ偽善性やあくどさを書いた詩とも取れるのではないかと思っている。僧侶とは本来魂の救済に預かるべき存在の人々であろう。厳しい修業に専念して高潔な境地にまで達した偉い僧侶もいる反面、金や地位、好色に身をやつして堕落した僧侶もいる。(これは仏教のみならず、キリスト教も同じ。宗教には総じて相反する二面性がある。)

「過去」は、こんなシュールな作品が書けたら本望だろうと思った作品である。

吉岡実の詩を読んでいると、私の詩も含めて、世の多くの詩が脆弱に見えてくる。




吉岡 実(よしおか みのる)

1919年東京生まれ。1941~45年、軍隊生活を送る。‘41年満州への応召に際し、詩集 『液体』 上梓。戦後、詩集 『静物』 (’55)、『僧侶』 (‘58、H氏賞)刊行、’59年清岡卓行、飯島耕一、大岡信らと詩誌「鰐」創刊。以後、詩集に 『紡錘形』 『吉岡実詩集』 『静かな家』 『神秘的な時代の詩』 『サフラン摘み』 (高見順賞)、『夏の宴』『薬玉』 『ムーンドロップ』 ほか、歌集 『魚藍』 (‘59)、随想集 『 「死児」という絵』 (’80)、評伝 『土方巽領』 (‘87)、日記 『うまやはし日記』 (’90)などがある。書籍などの装幀も多く手がける。1990年5月没。( 『続・吉岡実詩集』 (現代詩文庫)より抜粋)
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by hannah5 | 2007-08-06 22:54 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)

Commented by ksksk312 at 2007-08-11 23:04
吉岡実さん、完成度の高いシュールレアリスムの詩作をされた方との印象を持ってます。面白いのは、非常に映像的なところでしょうか。そのまま映画の原作になりそうです。映画の影響が強いのかも知れませんね。ひょっとすると。
Commented by hannah5 at 2007-08-12 02:43
◆志久さん、映画の影響はどうでしょうねえ。。。
でも、たしかに映像的かもしれませんね。
あと、軍隊経験をされた方のせいか、戦争の影響が詩に現れていて、時代を感じます。
シュールレアリスムはちゃんと書けると詩の肉付きがよくなりますね。

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