私の好きな詩・言葉(110) 「世界 ― 海」 (城戸 朱理)   


「泉(トイレ)」という場所は
なぜ、それほどまでに瞑想的なのか?
その秘密を思いつつ、山上にあるならば
“雷鳴”のごとき沈黙が訪れる
鉄か、鉛か、
恋の予感ほどの重さで
              揺らぐ草花
傾いた塔が見える。
その謎を解くには、人の一生は短かすぎる

いまだにヨーロッパの暗がりでは
犬が吠えている
ときには「おうおう」と人のような声で泣き
あるいは「わうわう」と嘆くように泣く
そして、母音をふたつ掛け合わせると
どうしたことか、人間は
ひどく遠くへ旅立つことになる
生命には「死」という暗号が組み込まれ、
「生」とは、その暗号を
解いていくプロセスにほかならない
                     それゆえに
十八世紀のヨーロッパで
詩人たちは奇妙なことに熱中した
バラの花を燃やしてから
花があった虚空を凝視し、
バラの花の「幽霊」を見ようとしたのだ
十九世紀が終わるころには
バラの「幽霊」は「象徴」に変わり
二十世紀には、ただの「灰」になった
今、人の眼には
         どんな形態と
色彩が見えるというのだろうか
「オーベルジンの憂鬱」について考察せよ

「気づくと窓の外に雪が降っていました。
外に出てみると、雪の匂いがして素敵でした」
言葉から雪が匂い立つことがある
欲望に即したシンタックスでは
その色彩は記述しえない
色彩とは光がもたらす属性だが
それは物理的な量ではなく
                 心理的な量
ある種の「惑い」にほかならない
空は、なぜ青いのか?
雲は、なぜ白いのか?
人は、なぜ人を憎むのか?
人は、なぜ人を愛するのか?
太陽が発する白色光は
              すべての色光を含み
地球に衝突しては散乱し
惑星を美しく染め上げるが
光自体は色ではない
色彩とは事物自体の属性ではなく
事物が反射した光の波長
ならば、人が見る色彩とは
事物が拒否した波長であり
「壊れた光」にほかならない
そこから、愛と憎しみについて
語ることが出来るだろうか?
太陽風の無数の原子は
電子と衝突して「興奮」し
その興奮がおさまるとき、光を発するだろう
地球を戴冠させる
           曙の女神(アウロラ)の女神が生まれ
その光輝のなかには
燃えるバラが現われることもある
傾いた塔が見える。
その謎を解くには、人の一生は短すぎる

“雷鳴”のごとき沈黙のもと
鮮やかに、目覚めるように
夢のなかに入っていくならば
そこにもまた、
       地軸のように傾いた
塔が見えることだろう
夏の道を小さな蛇が横切っていった
目に見えぬバラの形をなぞるように。
希望は、恐怖の先触れだから
あきらめと従順を宿した瞳こそ恐しい
その目から逃れるために
クロイチゴの茂みに隠れた
“恋”が地球より重く感じるとき
音信という音信、
         言葉という言葉は揺らぎ始め
その震動のはざまで、生物は
食餌したり
      排泄したり
            分泌したりする
この「素朴にして絶対的なアレグロ」
草花も人間も、
生物という生物には性器があるという
                       この驚くべき地上に
揺らいでいないものはない
あらゆる方角が動揺している
バラの花の幽霊のように
鮮やかに、夢から覚めるように。
傾いた塔の前に立つならば
いっさいが性器のように
               傾いている
北極光は揺らぎ
目の前のグラスは濡れて冷たい

山上に立ってみたまえ
そして、下界を見おろしてみたまえ
世界は海のようだ
あらゆる方角が動揺している
いっさいが燃えている
地上にあるあらゆるものが燃えている



(『在性の潜海へ』より)
(「現代詩手帖7月号」収蔵)





ひと言

泡のように生まれて泡のように消えていく言葉たちが多い中で、城戸朱理の言葉は消えない。それはちょうど、何かを見つめていて、その事物を取り除けた後にその事物の陰影が空中にくっきりと残るように、城戸朱理の言葉は読後に陰影を残す。

城戸朱理は野村喜和夫と並んで、今もっとも気になる詩人の一人だ。詩や翻訳、評論、朗読など、様々な分野で活躍する二人から得るものは大きい。しばらく城戸朱理、野村喜和夫と向き合うと思うので、お付き合いいただければ幸いです。



城戸 朱理(きど しゅり)


1959年盛岡市に生まれる。十代の終わりに西脇順三郎の詩と出会って詩的彷徨を、二十歳のときエズラ・パウンドを読んで詩の咆哮を知る。同じころから詩を書き始め、同人誌「洗濯船」(82~87年)に参加。その後、吉岡実の知遇を得て、詩の現在を意識するに至る。詩集に 『召喚』 (85年)、『非鉄』(93年)、『不来方抄』(94年、歴程新鋭賞)。他に 『召喚』 異本としての選詩集 『モンスーン気候帯』 (91年)、吉岡剛造との対話 『木の骨』 (93年)、講演録 『詩人の夏』 (94年)がある。( 『城戸朱理詩集』 よりコピー抜粋)
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by hannah5 | 2007-08-31 12:10 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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