私の好きな詩・言葉(112) 「騙し雨」 (水無月 科子)   


夜中の闇を突き射して雨が降る
段落のない経典のような
長い雨が地上に届く
わたしの屋根に降り続く

解けない数式のヒントが
跳ね返りの
雨のリズムにありそうな時が過ぎる
わたしの想いが楕円に広がり
その接点があなたの鋭角であっても
ノートは罫線を均等に分けて白いまま

六月に向かう気圧配置が
予想通りに動き出し
均整のとれた葉脈に包まれた
アジサイの花芽が身震いして膨らみ
雨の数日を経て
通りかかる子どもの傘の丈で花は揺れる

夜を数え 昼を眠る
雨の向こうの
星ぼしの億年の想いを
悩み続けるわたしは小さく砕ける
知らなかった数の規則性に紛れ込んで
どこまでも砕ける
騙し雨は無の静けさだ



( 『旋律』 第19号より)




もう一篇



「立夏」


五月は美しいと
多くの詩人が綴ってきた

柿や蜜柑の下草を刈る作業が
春から続いている
草いきれが大地の体臭のように腕を被い
力と慣れのリズムで刈りすすむ

筋肉も骨も機能のままに動かされ
疲れがブレているのがわかる
気持ちの在りようを問わず
労働が心を小さく屈め砕いてしまう

その成果は時間の経過とともに
わたしの後ろに広がり
刈り倒した草は萎えて枯れ始め
影はわたしを拡大し
ただすがすがしい

風が吹く
ようやく美しい五月がわたしの傍にくる
柿若葉からの木洩れ日が
汗を無数に光らせ
わたしの体臭が大地のそれと溶け合い
また風が吹く

何年も何も問わず
夏のあいだ草を刈る作業は続き
そして 眠る
目覚めた時
草もまた目覚めそよいでいる




ひと言


長崎ラ・メールの会で出している同人誌 『旋律』 を、長崎の友人が毎号欠かさず送ってくれる。裏表紙を見るといつも「ラ・メールの会」とあって、不思議に思っていたのだが、今日調べてみたらけっこう大きな会であることがわかった。『旋律』の前身は「ラ・メール」。「ラ・メールノートを回し、詩作品や近況、作品評など思うままに書いて」いて、1983年から1993年まで新川和江さんと吉原幸子さんが編集されていたそうだ。「ラ・メール」は終刊になり、その後、新川和江さんが長崎を訪問されたのを機に、1999年秋、『旋律』 は創刊された。

水無月科子さんは 『旋律』 の創刊号より編集に携わってこられた方だ。雨も五月も詩のための美しい材料をもっている。「解けない数式のヒントが跳ね返りの雨のリズム」や「雨の向こうの星ぼしの億年の想いを悩み続ける」など、私にはない表現に惹かれた。

最後に。志久さん、いつも 『旋律』 を送ってくださってありがとうございます。水無月さんからいつもあたたかい言葉をいただいています。
[PR]

by hannah5 | 2007-09-23 23:41 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)

Commented by ksksk312 at 2007-09-25 23:19
『旋律』誌をご紹介くださり、ありがとうございます。
水無月さんの作品は、長崎の誌の水準を保つのに貢献されておられると思います。堅実な表現が魅力的です。
Commented by hannah5 at 2007-09-26 14:28
◆志久さん、コメントありがとうございます。
水無月さんが、志久さんにももっともっと詩を書いてほしいのだけれど・・・とおっしゃってましたよ。
こんなふうな形で、東京から遠く離れた長崎の方たちとお知り合いになれたのことをとても嬉しく思っています。
これからもよろしくお願いします♪

<< 森の奥で 猫 >>