私の好きな詩・言葉(113) 「老年の日」 (野村 喜和夫)   


写真を撮りましょう、
めずらしく私はカメラを持ち、

あなたの車椅子のまえに立った、
年老いたあなたには、

もう死しか待っていないようにみえる、
でもいまがいちばん幸せ、あなたはそう言い、

法悦にも似た表情を、
その皺の刻まれた顔に浮かべる、

たしかに子供や孫にもめぐまれ、夫も優しい、
だがそれでも、法悦までには、

まだ大きな距離がある、
と私は思いながら、

写真を撮りましょう、
そうしてファインダーを覗くと、

あなたの背景に、
ちょうどあなたの白髪と競うように、

名も知らない小さな白い花が咲き乱れている、
そのあたりでは、

もう命名の行為も及ばないのだろう、
私はシャッターを押した、

老年とは、
ひとつの神秘である、


(未刊詩集 『春の戴冠/人生の夜』 より)




ひと言

野村喜和夫さんのホームページに「今月の詩」のコーナーがあり、何気なくクリックして読むうちに、感動してしまった。はからずも。季節は春。でも、秋でもいいと思う。「春の・・」という題名がついていなかったら、私はたぶん秋を思い浮かべただろう。「あなた」は自分の母親か知り合いの老年の女性。「あなた」が長く生きてきた人生が終焉を迎えようとしている。静かで穏やかな時間が流れている。あなたの写真を撮ろうとして、背景に見えたのは陽の光の中で咲き乱れている白い小さな花。

空気が銀色に光る。
老いは美しい。

野村喜和夫さんのホームページ: Poesie
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by hannah5 | 2007-10-08 16:54 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)

Commented by kagizo at 2007-10-09 23:39
こんばんは。
「もう命名の行為も及ばないのだろう」
う~ん、、、
こんな表現できないですね。どんなに頑張っても。
Commented by hannah5 at 2007-10-10 12:45
◆鍵造さん、この詩はすごいでしょ。
言葉がこんなふうに艶を帯びて、老年のいぶし銀が伝わってくるのがすごいと思います。

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