日中現代詩シンポジウム その2   


昨日の分科会では詩の朗読の他に、日中の詩人たちに宛てていくつかの質問事項が出されていて、各詩人の答えがなかなか面白かったので今日はそれを少し書いてみたいと思う。明日、今日行われたシンポジウムについて触れたいと思う。(司会は野村喜和夫氏)(以下敬称略)

12月1日(土) 分科会にて

質問1. 何故自己の精神世界を表彰する手段として詩を選んだのか?

翟永明(チャイ・ヨンミン)
何故詩を選んだかはいつも自問していることだ。一時映像を表現手段として選んでやっていたこともあったが、今はやっていない。絵も描いていたこともあるが、止めた。詩の表現媒体である文字の魅力に惹かれる。詩を選んだというより、詩が自分を選んだといえる。

欧陽江河(オウヤン・シアンホウ)
80年代初めに詩を書き始めた。詩は紙とペンさえあれば、たとえ貧しい環境生活でも書くことができる。また、心に思っていることを短く現わすことができる。混乱している世界の中でバランスよく表現できるのも詩である。物と言葉、心と現象という対峙した世界で、物を言葉で現せるのが詩だ。

楊煉(ヤン・リエン)
言葉をもっとも信頼していないのは詩人だ。この世はいろいろなものによって制限を受けている。詩も制限を受けている。自分の根源を表現できるのが詩だ。

于堅(ユー・ジャエン)
小さい頃から漢字を書く(書道)魅力を感じていた。詩を書くことによってもっとも高い精神性に届くことができる。詩は魂を表現するものだ。

北川透
詩を書くようになった理由はわからない。この質問には答えたくない。

吉増剛造
僕は出版記念はやらない、本の帯は書かない、アンケートには答えないという3つのやらないことを決めている。子どもの頃、トイレに2Bの鉛筆で数字の9ばかり書いていたことがある。同じく、子どもの頃、気の狂った人が路上にロウセキで何か書いていた。それらによって自分が詩を書く根源を見い出したと思う。

水無田気流(みなした きりゅう)
小中の頃、作曲理論を勉強していて、曲に詞をつけるようになった。言葉は強いと思う。詞がダメだと曲もダメだ。自分はリリックから始めた。ひたすら表現したいし、歴史的に切り刻みたい。


質問2. (中国の詩人たちに宛てて)中国は現在、経済的にも発展し、社会も変革を起こしている。それが詩に何らかの影響を与えているか。

于堅
経済の発展が早いほど詩人の消滅も早い。経済が遅れている地域には、まだ詩人が残っている。

欧陽江河
詩を書くことと金銭/物質とは一体ではない。経済的に豊かでも詩を書いている詩人はいる。詩は不要のものであって、何かに役に立つというものではない。なぜなら詩でトラックは作れないから。しかし、詩は精神世界、知の世界のものである。詩が現実に背いていることこそ、詩の魅力である。

楊煉
80年代の貧しい時代に詩を書き出した人がいた。文化革命の後、心の空洞を埋めるために詩を書き出した人がいた。詩を書くことが英雄である時代があった。今は経済が発展し、詩を書く意味が問われている。


質問3. これらのコメントに対してどう思うか。

北川透
中国では社会的変動の中で詩を書いている詩人たちがいる。現在、集団的タッチから個人主義へと移行してきている。文化大革命後、10年間は公けに詩を書いたり(個人で書くのは問題がなかった)、詩集を買うことができなかった。80年代、楊煉をはじめとする若い詩人が出てきて、「もうろう派」と呼ばれた。「もうろう派」の詩は観念的で、社会への批判を行っていて、荒地派と似ている。中国の先端的詩人たちの意識と日本の現代詩人たちの詩人の意識は似ている。中国には言論の自由がまだ解放されていない。国家に認められたものしか出版されていない。


質問4. 日本文化はアジアでサブカルチャーとして人気があるが、アニメやオタクを中国の文化人はどう捉えているか。

翟永明
中国で漫画など新しいものが影響を与えつつあるが、詩の世界にそれがどう影響を与えているかわからない。

水無田気流
いくつものペンネームでHPを持って文筆活動を行っている。コンピューターゲームやアニメは自分の世界観に影響を与えている。アメリカでシンポジウムに出席した時、現地の人たちが日本のサブカルチャーにかなり興味があることを知った。


質問5. (楊煉さんに向けて)漢字は美しい。中国の詩や文化は漢字の美しさによって形成されてきた。アルファベットは美しいとは思わない。中国の詩人は他国の文字をどう思っているか。

楊煉
漢字は3000年前、中国で生れた。漢字は時代ごとにいろいろなものを現わしてきた。唐や宋の時代に詩が盛んだったのも、漢字の恩恵である。漢字には純粋性があると同時に閉塞性がある。20世紀、西洋文化が中国に入り、中国文化に打撃を与えた。たとえばコンピューターは中国語では計算機だが、計算機では詩になりえない。世界的に共有できる言葉を生み出すことが重要だ。






略歴

翟永明(チャイ・ヨンミン)
1955年、四川省成都に生まれる。四川成都電子科科技大学卒。物理研究所に勤務。
詩集 『女性』 『すべての薔薇の上で』 『翟永明詩集』、散文集 『紙上建築』、随筆集 『ニューヨーク、ニューヨーク以西』、文学論集 『正にあなたが見たように』 がある。2004年、ベルリンで独語詩集 『珈琲館の歌』、フランスで仏語詩集 『暗夜の意識』 出版。作品は英仏語に翻訳されている。

欧陽江河(オウヤン・シアンホウ)
1956年、四川省に生まれる。
詩集 『字句のガラスを通して』、詩作品および詩学論文集 『去る者、残る者』、文学論および随筆集 『虚構の側に立つ』、ドイツで中独語詩集 『ガラス工場』 を出版。詩と詩論は10カ国語に翻訳されている。93年よりアメリカ、ドイツなどの大学や文学基金会で講演、朗読、探訪レポートを行う。93年から96年にかけてアメリカに寄留。97年秋、ドイツから中国に戻り、現在、北京で創作と国内外文化交流計画に携わる。

楊煉(ヤン・リエン)
1955年、スイス・ベルンに生まれ、中国・北京に育つ。70年代後半から詩作を開始。北島、芒克らによる地下文芸雑誌「今天」の活動に参加、斬新な言語表現が注目される。89年、「六・四」(天安門事件)を契機に出国、以後ヨーロッパ、アメリカ、オセアニア等の各地で、詩を中心とする文学活動を続けている。現在、ロンドン在住。著作は20カ国語に翻訳されている。イタリアでFLAIANO国際詩歌賞受賞。邦訳詩集 『幸福なる魂の手記』 (浅見洋二訳、思潮社)。

于堅(ユー・ジャエン)
1954年、昆明に生まれる。12歳の時、文化大革命のため中途退学。16歳で工場労働者になる。84年、雲南大学中文系卒業。在学中に作品を発表し始める。詩集 『于堅の詩』、エッセイ集 『褐色のカバーの手記・バインダー』。92年、雑誌「女友」の「十佳詩人」に選ばれた。作品は英独語に翻訳されている。2004年、詩・詩論・エッセイの集大成 『于堅集』 全五巻出版。

北川透(きたがわ とおる)
1935年、愛知県に生まれる。愛知学芸大学卒。詩集 『眼の韻律』 『反河のはじまり』 『魔女的機械』 『黄果論』 『溶ける、目覚まし時計』、評論集 『詩と思想の自立』 『北村透谷試論』 『荒地論』 『詩的レトリック入門』 『詩論の現在』 (小野十三郎賞)、『谷川俊太郎の世界』 『中原中也論集成』 など多数。62年から90年まで詩と批評誌「あんかるわ」主宰。

吉増剛造(よします ごうぞう)
1939年、東京に生まれる。慶應義塾大学国文科卒。62年、雑誌「ドラムカン」創刊。疾走する言語感覚と破裂寸前のイメージで60年代を駆け抜け、徐々に翻訳空間へとフェーズを変えながら、現代詩の先端を拓き続ける。詩集 『出発』 『黄金詩篇』 『頭脳の塔』 『草書で書かれた、川』 『オシリス、石ノ神』『螺旋歌』 『The Other Voice』、評論 『透谷ノート』 『生涯は夢の中径――折口信夫と歩行』 など、作品多数。60年代から詩の朗読開始、最近では写真家としても活躍している。

水無田気流(みなした きりゅう)
1970年、神奈川県に生まれる。2003年現代詩手帖賞受賞。詩集 『音速平和』 (第一詩集、中原中也賞受賞)、『Z境』 (第二詩集、近刊)。
                       (「日中現代詩シンポジウム」プログラムより引用)
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by hannah5 | 2007-12-02 23:28 | 詩のイベント | Comments(0)

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