La Voix des poètes (詩人の聲) ~ 小池昌代さんの朗読会   


4月22日(火)午後7時から、京橋駅から徒歩1分の所にあるギャルリー東京ユマニテで、小池昌代さんの朗読会があり、行ってきました。

会場に着くと、黒のパンツに綺麗な柄のゆったりとしたブラウスに身を包んだ小池昌代さんが、椅子に腰掛けてすでに朗読を始められていました。小池さんに会うのは、2007年6月に立教大学で行なわれた谷川俊太郎の「詩を読み、詩を語る」で司会進行役を務められた時以来のことですが、あの時はご自分の詩はまったく読まれなかったので、今回とても楽しみにしていました。可憐で品の良い小池昌代さんが、マイクを使わずにどのように朗読されるのだろうかと思っていましたが、よく通る声で朗々と朗読され、聴いている私たちはその語り口に引き込まれました。

私の中では『現代詩文庫小池昌代詩集』の小池昌代さんが強い印象となって残っています。『現代詩文庫』の裏表紙には、若い頃のすらりとしたショートヘア姿の小池さんの写真が載っています。また、飯島耕一さんは小池さんに会った時の印象を次のように書いています。「小池昌代とは三度会ったことがあり、1度目は5、6人で1996年の夏、世田谷の三軒茶屋の2階にある小さなスナック・バーのような店だった。2度目は98年ごろ、吉祥寺のビル地下の蕎麦屋でやはり数人の集まりだったが、何しろ無口で、印象は淡く、ただし眼はパッチリとしていて背も高く綺麗な人だと二度とも思った」(「作品論・詩人論」より)。そういうわけで、私は長いこと、無口で印象の淡い小池昌代さんばかり想像していたのですが、谷川俊太郎さんの聞き役を努められた時も今回の詩の朗読でも、聴衆を惹きつける語り口をもっている話の上手な方であるという印象をもちました。(それもそのはず、小池昌代さんは立教大学の教授です(文芸・思想専修特認教授)。人前で話すことは慣れていらっしゃるのです。)朗読の合い間には、今読んだばかりの詩の背景や詩を書いた動機について話されました。朗読は3冊の詩集(『雨男、山男、豆をひく男』、『ババ、バサラ、サラバ』、『現代詩文庫小池昌代詩集』)からでした。嬉しかったのは、「りんご」を読まれたこと。「りんご」は私が小池昌代さんの詩を読み始めた頃に出会った詩で、すがすがしい朝の雰囲気がりんごを通して伝わってきて、「すがすがしい」とひと言も言わずに朝のすがすがしさを表現していることに感銘を受け、繰り返し読んだ詩です。



「りんご」


ところで
きょうのあさは
りんごをひとつ てのひらへのせた

つま先まで きちんと届けられていく
これはとてもエロティックなおもさだ

地球の中心が いまここへ
じりじりとずらされても不思議はない
そんな威力のある、このあさのかたまりである

うすくあいた窓から
しぼりたての町並がこぼれてくる と
どこかで とてもとうめいな十指が
あたらしい辞書をめくるおと
おもいきりよく物理的に
とんでもないほどすがすがしく
わたしのきもちをそくりょうしたい
そんなあさ
りんごはひとつ てのひらのうえ
わたしはりんごのつづきになる

なくなったきもち分くらいのおもさ か

あのひとと もう会わない
そうして
きょうのあさは
りんごをひとつ てのひらへのせた

( 『現代詩文庫 小池昌代詩集』 より)




「スター」


わたしは舞台の袖にいて
闇から
光に満ちた板のうえへ
蛇のように抜けて出ていく あの人を見た
そっとのぞきこむと
観客席は
顔を失い ぬめりを帯びた夜の塊
そこから拍手と笑いがおこり
桃色のてのひらが 蝶のように舞う
あの人がおじぎした
どうしてだろう
正面から見るのと
こうして横から見るのとでは
あの人は まったく別の人に見える
ここから見ると
あの人は残骸だ
無数の鳥たちに啄まれた内臓
だれかがあの人の名前を呼んだ
本名かもしれない、そうでないかもしれない
本当の名前は誰も知らない(本人も)
再び 拍手がおこり 指たちが踊り
無数の赤い唇がさけ
そのなかに
ひとつひとつの 闇の穴があく
がま口のように 性器のように
あの人は あれにどうやって耐えているのだろう
光を浴び続けて 摩滅した顔
何が終わったというのか
あの人が帰ってくる
舞台の袖に
誰かがあの人を抱きとめてやってほしい
わたしはここにいて ここにいないのだから
あの人にわたしは決して見えないのだから
けれど闇のなかへ 戻ってきたあの人を
人々は いつも もてあます
一刻でも早く 光のなかへ
おいやってしまおうと
あの人の背中を やさしく(決然と)
反対向きに くるりと直す
光と闇を 幾度か往復して
あの人は水のうえの
もろい紙の船
深夜 たどりついた家のドアを押す
そこにはもちろん誰も待っていない
ベッドのうえ
あの人は口を薄くあけて眠る
小さな蝿が 舌のうえにとまった
あの人は気づかない
もう 死んでいるから


( 『ババ、バサラ、サラバ』 より)







ひと言

「スター」は谷川俊太郎さんのことだそうです。小池昌代さんは谷川俊太郎さんと一緒に仕事をすることがあり、舞台の上の光の中にいる谷川さんと、舞台の袖の暗い所で谷川さんを見ている自分との差が強い印象となって残り、できた詩だそうです。谷川さん、最後に死んじゃうんですけどね(笑)



小池 昌代 (こいけ まさよ)

1959年東京・深川埋まれ。幼年時より、詩という概念に心惹かれ、いつか言葉によって、詩を書きたいと切望した。第一詩集『水の町から歩きだして』以後、『青果祭』、『永遠に来ないバス』(現代詩花椿賞)、『もっとも官能的な部屋』(高見順賞)、『夜明け前十分』、『雨男、山男、豆をひく男』(新潮社)。エッセイ集には『屋上への誘惑』(講談社エッセイ賞)、『井戸の底に落ちた星』(みすず書房)、『絵本 かがやけ詩』5巻本(あかね書房)の他、数冊の絵本の翻訳がある。

1995年、「音響家族」創刊。1989年~1999年にかけて、林浩平、渡邊十絲子とともに、詩誌「Mignon」を作り、2002年からは、石井辰彦、四方田犬彦をメンバーとする「三鷹2」に参加した。
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by hannah5 | 2008-04-23 12:28 | 詩のイベント | Comments(0)

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