私の好きな詩・言葉(123) 「起きる」 (寺西 幹仁)   


朝 起きる
まず そこから 始める ことに した

朝 起き 夜 寝る
その 単調な 貴い 繰り返し

その 繰り返しの 貴さを 置き 忘れ
夜 起き 朝 寝ていた

朝 起きる
この 単純な ここから 始め 直す


(寺西幹仁さん遺稿)






ひと言

詩誌「ガーネット」54号は、詩学社の代表を努められていた故寺西幹仁さんの追悼特集号でした。突然、プチンと糸が切れてしまったようにして終わってしまった詩学社と「詩学」。最近、「詩学」が無性に懐かしくなることがあり、もう二度と「詩学」には会えないなぁと思っていたところでした。

寺西さんが亡くなられた後、自宅の部屋から三篇の書きかけと思われる詩が発見されたそうですが、「起きる」はその中の一篇です。「ガーネット」の編集発行者の高階杞一さんのご厚意により、詩織にお借りしました。

私が寺西さんにお会いしたのは詩学社が閉鎖されることになり、後1、2ヶ月で事務所がたたまれるという時でした。健康がすぐれなくて、本当はすぐにでも事務所をたたんで郷里の鳥取へ引き上げ養生されたかったようで、顔色も冴えず、どことなくつらそうでした。なんとか詩学社を建て直そうとあちこち奔走された後、どうにも身動きが取れなくなり、寺西さんは詩学社を閉鎖する決心をされました。私はそんな寺西さんの苦労などつゆ知らず、冗談めかして「だからダメなんですよ」と言っていました。寺西さんはムキになるでもなく、「経営者失格ですか?」とさりげなく言われました。その時はなんとも思わなかったその言葉が日を経るうちに重みを増し、今はその時のことを思い出すたびに心が痛みます。この詩を書いた時、寺西さんはどんな状況の中にいらしたのだろうか、と思います。





寺西 幹仁 (てらにし みきひろ)

1960年 鳥取県鳥取市に生まれる。十代後半から詩を読み始める。大学卒業後、「東京詩学の会」に通い、詩を書き始める。荒川洋二氏の詩の教室に通う。同人誌「フラスコ」に参加。1989年、同人誌「♯♯♯(シャープシャープシャープ)」を主宰。1995年、大阪文学学校に入学、高階杞一氏クラスに3年間在籍。同人誌「FYYO(ふよ)」、「あ」の号発行。1997年10月、第1回「詩マーケット」開催。2001年、有限会社詩学社に入社。2003年、詩学社の代表取締役に就任。2007年、詩学社、自主廃業。2007年10月、脳内出血により事務所兼住居で逝去。享年47。詩集『副題 太陽の花』。(「ガーネット」より引用)

寺西さんのHP: 泣きじゃくり部屋
[PR]

by hannah5 | 2008-05-09 23:40 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

<< 言葉 Complete Night >>