私の好きな詩・言葉(125) 「ある種類の瞳孔」 (田村 隆一)   


五感が命じるままに
どこにもない場所まで歩いて行ってみたら
いいじゃないか

どこにもない場所が
空想社会主義者の頭のなかにしかないというのは
偏見もはなはだしい

五感が命じるままに
生きてみたまえ
指は泉を探りあてる
土からエロスと灰の有機物をつくり出す
あのいかがわしい聖なる秘密を
嗅ぎつける
血の匂いのする細い線
雪の上の汚れた部分
砂の上の単純な表音文字 波に洗われて
劇的な表意文字の消えさる一瞬に
どこにもない場所が
かろうじて存在する

消え失せない足跡や言葉を
信じないほうがいい
眼に見えないものを見る
あれは撃鉄をひいたことのない
群小詩人の戯言(たわごと)だ
眼に見えないものは
存在しないのだ

五感が命じるままに
ためしに歩いて行ってごらん
針の穴のように小さくなったきみの瞳孔が
きみの沈黙をまるごと受けいれてくれる
どこにもない場所なのだ



(詩集 『新年の手紙』、『続田村隆一詩集』 所収)






ひと言

そのとおり、そのとおり、そのとおり、、、
と思う言葉が並んでいる。

才能が走っていく。
人々が振り向く前に。


「昭和10年、小学校を卒業。深川にあった東京府立第三商業学校(現 東京都立第三商業高等学校)に入学。国語教師に、後に「いぬのおまわりさん」を作詞する詩人の佐藤義美、同級生に北村太郎(本名 松村文雄)、加島祥造らがいた。教師や友人らの影響で、抒情を否定して感覚に重きを置くモダニズムの詩に興味を持ち、春山行夫編集の詩誌「詩と詩論」などを読みあさり、やがて詩を書くようになる。15歳の春、モダニズムの詩人 西脇順三郎の詩集 『Ambarbalia』 を購入。秋には同級生の佐々木萬晋とガリ版刷りの詩誌「エルム」をつくる。この年、詩誌「新領土」にT.S.エリオットの詩「荒地」の第一部が上田保訳により掲載された。掲載から2年後、はじめて詩「荒地」を英文で読んだ田村は、「日本語では経験できない、語の使用法をぼくは知った」(「10から数えて」『田村隆一詩集』)という。(「田村隆一 詩人の航海日誌」図録より)

現代詩の発端であり、出発点である田村隆一。今回、少しじっくり読んでみたが、その言葉は、案外違和感がなかった。私の中へすっと染み込んでくる。流れがいいというか、私の中で同化しやすい言葉が多かったのはちょっとした驚きだった。私の言語感覚が抒情的な言葉よりも「感覚に重きを置く」詩に似ているからなのだろうか。あるいは東京に生まれ育ったことが起因しているのだろうか。(田村隆一の詩に触発されて書いたのが、「わたしの中のあなたの中のわたしの中のようなもの」。)それにしても、詩集と著作の多さには驚かされる。



田村 隆一 (たむら りゅういち)

1923年(大正12年)3月、東京府北豊島郡巣鴨村に田村友次郎、ぬいの長男として生まれる。
1938年(昭和13年)、西脇順三郎の詩集 『Ambarbalia』 を購入。秋、佐々木萬晋と詩誌「エルム」創刊。詩誌「新領土」に上田保訳による「荒地」の第一部が掲載。
1939年(昭14)、「新領土」第5巻25号に作品を発表。詩誌「LE BAL」に参加。
1940年(昭15)、T.S.エリオットの「荒地」の原文を注釈本で読む。
1945年(昭20)8月15日、終戦。
1947年(昭22)、第一回純粋詩人賞受賞。9月、詩誌「荒地」創刊。11月、初めて西脇順三郎を訪ねる。
1948年(昭23)、「荒地」終刊。11月、結婚。
1955年(昭30)、離婚。
1956年(昭31)、『四千の日と夜』 出版。
1957年(昭32)、2度目の結婚。
1961年(昭36)、離婚。
1963年(昭38)、『言葉のない世界』 で高村光太郎賞受賞。6月、岸田衿子と結婚。
1966年(昭41)、ビートルズ来日。
1967年(昭42)、アイオワ州立大学に客員詩人として招かれる。
1969年(昭44)、7月、離婚。8月、4度目の結婚。『詩と批評A』 出版。(後、『詩と批評B』 (1970)、『詩と批評C』 (1972)、『詩と批評D』 (1973)、『詩と批評E』 (1978)。)
1971年(昭46)、アメリカ詩人アカデミーの招きで片桐ユズル、谷川俊太郎とともに渡米。ニューヨーク滞在中、W.H.オーデンを訪ねる。
1978年(昭53)、『詩集1946~1976』 で第5回無限賞を受賞。
1985年(昭69)、『奴隷の歓び』 で読売文学賞を受賞。
1988年(昭63)、離婚。
1989年(平成元年)、佐藤悦子と結婚。
1993年(平5)、詩集 『ハミングバード』 で第11回現代詩人賞受賞。
1997年(平9)、食道がんのため国立東京第二病院に入院。
1998(平10)8月、死去。享年75



追記

久しぶりの更新です。3週間ほどかなりハードでイレギュラーなスケジュールが続いた後、疲労困憊し、本も読めず詩作もままならずという状態が続きましたが、今日やっと体調が回復しました。そんな中にあって、ちょっと嬉しいことがありました。6月16日発刊、第127号の「抒情文芸」に初めて投稿した作品が選外佳作で通過していました。
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by hannah5 | 2008-06-17 23:39 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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