私の好きな詩・言葉(127) 「かみさまの匂い」 (三角 みづ紀)   


かみさまの匂い


かみさまの匂いがする夜は
どうやっても眠れない
晒されているのだ、わたしの
愚かさや拙さが

クローゼットには
脱皮したわたしの産物が
きれいに整列していて
幼い。
そう云っておとこは
いつも笑った
わたしも笑った
笑いながら
また産まれつつある
細胞を
くまなく撫でた

かみさまの匂いがする夜は
たいてい、過去に引き戻される
手をつなぐ重要さを
惰性にしている罪は
どこからやってきたのだろうか?
今夜も産まれるというのに
わたし
は髪さえ容易に切る

おとことの一センチの隙間に
見知らぬおんながさらりと入った
新しく産まれた
わたしだった
ならば
このわたしは廃棄物
業務用のゴミ袋でなければ
はいらないの

あまりにも
産まれすぎて、
かみさま
あなたの匂いを
わたしは手のひらにまるめるのです


(三角みづ紀詩集 『錯覚しなければ』 より)






他1篇


幸福論


わたしをみている得体のしれない歪な模様は、あれはなに、無口の部屋と寝息はいつだって寒々しい色を主張しています

わたしだっておさないころ
ことばを紡ぐこともせず
必死で
温度を求めて
それは
羊水から脱出した後悔にも
ひとしく

いまだに必死ではありますが
あいしてるあいしていないなどとののしっては
冷蔵庫に住む
みすぼらしいおんな

憐れむことだけを生業にしてきました
白々しいいたみが好きでした
すべての憂鬱はわたしから生じわたしへ消え
わたしはどこかで
期待していたのでしょう

わたしをみている得体のしれない歪な模様は、おそらく「しあわせ」とかいうもので、いつしか身を委ねる恐怖にとりつかれてアイスクリームばかりを食べています

夫のことだけを感動の対象にして
それいがいを排除してしまい
盲目故、ことばを実感し
なにが楽しくて紡いでいるのか、
問うことさえやめにして
ただ、
あたたかい腕はなにより大切なのだろうとおもう

二歳にもならない娘が
あらゆるものを可愛いと述べ
その理解に足らない表情で
放置されていたシリカゲルを
「可愛い」
と、にぎりしめていた
あの、
えがおにとどかない。

たとえばそれを(こうふく)とよぶのであれば
呟いて

そうやって今日も
夫にいだかれながら
捨てあぐねた
乾燥剤のことだけを考えている




ひと言

三角みづ紀さんの詩には「死ぬ」とか「出刃包丁」とか「血にまみれる」といった過激な言葉が出てくる。けれど、みづ紀さんの詩を読んでいると、言葉の奥に品格とか明るさのようなものが感じられて、ただ思いを吐き出して書いているだけではないことがわかる。品格は彼女の詩人としての品性なのだろう。

題名の 『錯覚しなければ』 は、そのあとにどんな言葉が続いているかを考えさせられる。「錯覚しなければ、しあわせな人生を送っていただろう」かもれしれないし、「錯覚しなければ、不幸な人生を送っていただろう」かもしれない。あるいは他の「~だろう」もありうる。いろいろな「~だろう」が可能だろうし、読み手の想像とか理解とか人生観によっていろいろな読み方ができるだろう。

『錯覚しなければ』 を読んでいて生まれたのが、「産まれたばかりの卵ひとつ」です。




三角 みづ紀 (みすみ みづき)

1981年  鹿児島県生まれ
2004年  現代詩手帖賞受賞
2005年  『オウバアキル』 にて第10回中原中也賞受賞
2006年  『カナシヤル』 にて第18回歴程新鋭賞受賞、2006年度南日本文学賞受賞

三角みづ紀さんのHP: オウバキアル社
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by hannah5 | 2008-09-07 23:41 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

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