2005年 01月 30日 ( 1 )   

私の好きな詩・言葉(26) 「若い母親から子どもたちへの遺言」   

今日は詩ではなく、言葉のご紹介です。

人はどのようにして死を迎えるのでしょうか。私の両親はともに80歳を過ぎ、呆けの進んだ母はほとんど寝たきりの状態です。父は今年になってから2回、脳梗塞で倒れました。日一日と体力が衰えていくのがわかります。弟も私もそんな両親を見守りながら、胸が詰まるような思いでいます。

呆けて行動がおかしくなってきた母とどう付き合ったらいいのか。年を取るということは、いつ呆けがくるとかどのように癌になるとか、予測がつくものではありません。頭の回転が速かった母は考え方も柔らかく、よく本を読んでいましたが、呆けてまともな話ができなくなり、その上おかしな行動を取るようになりました。

そんな折に日野原重明さんの『テンダー・ラブ』という本に出会いました。日野原さんは現在94歳、聖路加病院の理事長を努めています。

「母親から子どもたちへの遺言」は、乳がんに冒され、余命いくばくもない若い母親が、あとに残る7歳と9歳の息子達のことを思って綴った手紙です。手紙は彼女のお葬式の日に読まれました。乳がんの診断を受けた彼女は息子達のために童話を出版し、誕生日や中学入学祝い、高校入学祝いの日が来たときのために送るメッセージの入った封筒を用意しました。

日野原重明さんは最後にこう結んでいます。「私はこの訣(わか)れのメッセージを目をつむって聴き、彼女の壮烈な死のなかに、二人の子どもたちへのメッセージが読まれる日の情景を心のなかに描きました。彼女は死後も子どもたちといっしょに成長していくんだと、分身としての子どもたちへの母親の愛の連続性を強く感じるのでした。」

本の帯に「愛しなさい。限りなく、悔いのないように愛しなさい」という言葉が書かれています。老いていく両親を見ることは辛いことです。けれど、最後まで精一杯愛することによって、悔いのない別れ方ができるのではないかと思います。

『テンダー・ラブ』にはこの他に、年を取ってから芽生えた恋の話や長らく暮らした夫婦の愛、愛する家族からのがんの告知など、心あたたまる愛の話が収められています。機会があったら一度読んでみてください。


「若い母親から子どもたちへの遺言」

「大好きな皆様へ
 私は、病に罹ってからのほうが、それ以前よりも自分らしさが表現でき、自然な姿の私でいられました。療養中はいつも大勢の方々に囲まれて、家族に愛されていることを体いっぱいに感じ、幸せな日々でした。
 健康で活動している頃は、他人と自分を比較し、高い目標をもってそれに向かうように努め、余裕もなく、忙しく、自分のおかれている状況に満足することなく、日々を過ごしていました。自分に咲いている花には気がつきませんでした。
 病になってから、やっと私にとって何が大切かわかりました。
 ありのままの私でいればいいということ。
 友人と語り合うこと、交わり合うこと、お互いを思いやることが、私の心をほっこりと温め、生きることが楽しいと思えること。
 ときには耐えることも必要であること。
 心配の先取りはしないで、神様のご計画に従っていればよかったということ。そのために、週にたった一度の平安な神様との時間を必ずもてばよかった。
 力を入れる必要はなにもなかったのです。
 私がこの短い人生のなかで、神様を忘れて、自分の道をいこうとしているときがありました。でも神様は、いつ、どんなときでも私を見つめ、見守ってくださり、こんな私の罪もすべて許してくださいました。
 小さい子どもを二人残すことは、やはり悔やまれてなりませんが、私の思いは彼らに届いていると思います。子どもたちは母親がいなくても、神様の守りのなかで、強く優しく育つと信じ、心配しておりません。
 しかし、もし聖と基が困っていることがありましたら、言葉をかけていただけたら幸いです。もし、聖と基にうれしいことがありましたら、ともに心から喜んでやってください。彼らの目には皆さんのなかに母親がたぶって見えてくると思います。
 楽しい思い出をたくさんありがとうございました。
 また、おしゃべりをしたいですね。
 いつでも私のことを思い出してください。
 すぐに心のそばに飛んでいきます。
 最後に、神様のもとに帰ることができることを喜んでいます。だから、どうぞ寂しがらないでください。私はいつまでも家族や皆様とともに生きています。
 どうぞお元気で、私の分まで長生きしてください。
 本当にありがとうございました。」

(日野原重明著『テンダー・ラブ』、第一章「訣れのときでさえ、人は、愛を交わすことができます」より)

天然の中で

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by hannah5 | 2005-01-30 15:20 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(8)