2006年 04月 02日 ( 1 )   

私の好きな詩・言葉(70) 「創世記-次女・万奈に」(吉野 弘)   


「お嬢さんですよ」
両掌の上にお前をのせて
産婆さんは私の顔に近づけた

お前のおなかから
ふとい紐が垂れ下がり
母親につながっていた

半透明・乳白色の紐の中心を
鮮烈な赤い血管が走っていた
お前が、ぐんと身体をそらし
ふとい紐はブルンと揺れた

あれは、たのもしい命綱で
多分
母親の気持を伝える電話のコードだったろう

母親の期待や心配りはすべて
このコードの中を走り
お前の眠りに届いていたにちがいない

母親の日々の呟きと憂いを伝えていた
そのコードの切れ端は
今、ひからびて
「万奈臍帯納」と記された桐の小箱の中にある

小箱を開くたびに私は思いえがく
ちいいさな創世記の雲の中
母親から伸びたコードの端で
空を漂っていたお前を


(『新選 吉野弘詩集』より)

私の好きな詩・言葉(69) 「早春のバスの中で」(吉野 弘)

他2篇
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by hannah5 | 2006-04-02 23:14 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)