カテゴリ:私の好きな詩・言葉( 175 )   

私の好きな詩・言葉(172)   


貝のために


(うすあおと
うすみどりがながれている)

大切なものを手渡してから
ここからはもう出会えなくなったひとが
いつまでもゆられていた
あのちいさな舟のゆくえ
午睡にひらかれた窓からは
宛名のない手紙が幾片も舞い込み
だれもいない画布に影を落としては
なつかしいかたちをつくる
たえまなく身を攫う白い泡の素描
(わたしたちのことばのかたち)
耳飾りに繋留した
透けてゆく水の譜を
ここで鳴らせ、
流れる空の静脈のうえに
いまもアルファルドの椅子が見える
ここからは

(ここからは、ゆうぐれ
ここからは、影)

胡弓するたびに血を流す
輪郭のない
ちいさな熱のゆりかご
ゆれるそのかたわらを
失語した予言者が影の身で横切る
去ってゆく時の速度に
顔をしかめて
立ち止まるものみな
撒き散らされた記憶の修辞に暗み
過ぎてしまうことさえもとおくふりきれば
なだれる空白が撃ち落とす紙の鳥
撃ち落とされてゆくわたしたちの身体

(まどろむ地形をたどり
呼ばれた名を思い出そうとして)

夜明けまえに
消えてゆく寺院
群青の壁に額をあずけて
耳許で翻る誕生の合図は
だれに呼ばれここへきたのか
生きているものたちのかたちに沿い
泣き声は夏のようにゆらめきたつ
このささやかな丘に立ち
見渡すすべてはそこにあるままに
ここからは見えないものとなるだろう
毀れる時のうえを流れるように往き
ふるえながら点描する
たずさえて歩くことも
置き去りにすることもかなわない波の庭

(ここで貝が鳴る、
貝が泣いている)

幾度も
そのときがきて
あなたはこの空の色に消失しつづけるのだと
鳥の目で思った
悲しみだけが深く目覚めている
わたしたちの風景と呼べるものは
夢の浅瀬で青い影を踏んで
閉じたドームの中をさまようばかりだ
描かれた宙の瞼が瞬くたび
あなたのかたちはすべり落ちて
いま
そんなふうにしか
この不在にはたえられない

(目をつむるたび、まなざし
目をひらくたび、遠ざかる)

ゆっくりと
終わってゆく春の座標は
やがて対の曲線を描きはじめる
綴じ合わされたまま
ひらかれることなく
睡りの波形へと静かに押し出されてゆく
(わたしたちのなきがらのようなことば)
もう呼ぶこともない
あの名前だけが
ふいにくちびるの岸によせ
紛れてゆく音の気配に
耳を寄せるひとのせつない仕草を思い出す
(言えることばをさがしていた)
こころをあふれて落ちるものに
遠くでだれかが応えている
ふしぎな和音の光る内部へと
身体は白く暮れてゆき

(たえまなく
耳の奥にこだまするあの声とともに)
ただ、ただ感じている
ここに在るのだということを
もうだれの目にもうつらない
あなたの目の奥にのこる
ひと刷きの濁りによろめきながら
(こうして瞬くことの永さよ)
寒さと眠気が導いてゆく
夜明けまでの宿りへと
いつしか歩きはじめている
むこう岸にあかるい踊り場が見え
焚き火を飛び越えて遊ぶ子どもたちに混じって
わたしの影がそっとうごいていた

(ひとつの空白が奏でられていたここから
はりめぐらされた暗渠はどこへつづくか)

とおざかる
親しいものたちの影が
静かにのどを燃やしてゆく
いまこの瞬間にも
あなたとわたしの見たものが
こうして名付けられてしまうのならば
あなたが暗闇と怖れるものさえ
わたしは見たいと叫ぶだろう
(そしてひとり目をひらくだろう)
伏せられてゆくほの白い瞼を
拾い集めた光で満たす
この指先から
祈りのように落とされるため息で
わたしたちの記憶が息をふきかえすことを
ふりかえる道のどこかで
いつか
(希った
     me
la           to
      n

冷たい潮騒の祝福に
目をあげるとき
睡りの裾を波の綾がぬらし
かたちなく打ち上げられたものが
足裏でちいさな音をたてる
生まれかわるために燃え尽きてゆくここで
いま言葉は光のようにまぶしい
(そうわたしたちは、いつもこの次元に降りた)
光を洗う光に
かならずここで射抜かれてゆく
届くはずのない声に導かれ
わたしたちは
みずからの名を思い出したように転調するだろう
避けようもなく
翳ってゆく祈りの場所
寄りそうことをゆるされて
ぬくもりに盲いてゆく
やがて新しく描きだされるすべてのものに
わたしたちの静かな闇が希われるときまで

(平田詩織詩集 『歌う人』 より)

ひと言
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by hannah5 | 2017-07-24 19:33 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(171)   


雪わりのバラライカ  菅啓次郎さんに


さっきの蚤の市で 六百ルーブルで買った
ミリタリーブーツをさわる
羊歯がその凍った波音で ぼくを
地面に呼びもどそうとする
見たこともない小鳥たちが鼓動一回分だけ
たちどまり 雪道のうえにも
蜃気楼をつないだ 森には
いつだって 極微の伝説が生まれる
北極星の星穴 雪をかぶったマイヅルソウの
まさにいまこれから
舞いあがろうとする銀の葉のうえに見つけた
タケネズミ一家の
移動の足あと 森は静けさの喉の奥で
かたちのない変身への第一声をあげる
留学生だったサーシャは自然観察用とおぼしき
古びた露日辞書のページを
鹿皮の手袋をはめた無骨な指先でめくる
彼女はいま言葉のハンター
ロシア人特有の やや度がすぎた几帳面さで
辞書の銃眼から森をゆっくりにらみ
ページをわたる風を計測し あれは モミ です
とおごそかにトリガーをひく たしかに
トドマツはモミ属 これは
ホボーシュ イノシシがよく食べています
トクサはロシア語でホボーシュ
東北の水辺でよく見かけた頭のないアスパラガス
ムーミンのニョロニョロに似た青臭い茎が
耳もとに浮かぶ ぼくはなんだかうれしくなって
道々 ホボーシュ ホボーシュ と口ずさみ
やがてうたいだしながら 歩いていく
じゃあ この胡桃は?
ええ それは マンジェルノ
マンジェルノ マンジェルノ
なんだかおいしそうな名前だね
はい ウオトカに三年漬けると
ふわふわのお餅になっておいしく食べられます
森の奥底から通奏低音のような
ボォホウ ボォホウ という鳴声が聴こえる
あれはなに? あれは ええと
鳴かないウグイス ですね
こんどは 鳴かないウグイス! ぼくはその
日本語には存在しないじつに詩的な鳥名に
びっくりしてしまう
いいえ いいえ 待ってください
やっぱりカッコウ カッコウ です?
断言と疑念がいりまじる 八割方は幽霊的な構文が
日本語だとすんなり意味がとおって
聴こえてしまうのだから なんだかおかしい
カッコウはそんな声では鳴かないよ
そういえば昨日 赤の広場からの帰り
湖畔のサウナ小屋(バニヤ)で地平線を刻々きざんでゆく
黒い太陽を見つめながら 長い睫毛を伏せがちに
きみはこんな話をしてくれたっけ
わたしたちロシア系ユダヤ人は
伝統として物や樹や雲や 小石の物語を
聴くのです ですからクラースナヤ
プローシシャチを訪れると
ついあの あざやかな朱の壁たちに
どんな音を聴いたことが
あるのか 尋ねてみたくなります
ぼくはといえば そのバスタオルのしたで
大きくふくらんだ きみの乳房と
寒さでそり返り 怨ずるようにとがったものが
どんな音を発させるのか 気が気じゃなかったけど
ねえ サーシャ 音というものは
いつだって ぼろぼろの幻をはりつけた
魂の内壁にすぎない それでも
ぼくの耳の外にあるやわらかい月
そのオウム貝のうえで
鳴かないウグイスたちが
ここでも彼方でもなく
つぎつぎ孵化し 羽ばたきはじめている
詩人としてのぼくの祈りは
言葉が裸にされてしまうこと
文字が音符にまで解凍され 奇妙にまぶしい
無音の国際音標文字であること
括弧だらけの枯れ草のうえにちらばった
スグリの紅い実と折れ枝の通信録 突風のごとく
上昇するオオアジサシの群れが巻きあげた
粉雪は 森の十字架に見える杣道の十字路でぶつかり
七色に音声変化する でもさ
鳴かないウグイスって ほんとうに
ロシア語にいるの? 彼女は雪水の清流につかった
ヘビイチゴを思わせる 冷たく熟れた唇を
とがらしていう
だって 辞書にそう書いてあるけん!

(石田瑞穂詩集 『耳の笹舟』 より)

ひと言
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by hannah5 | 2017-01-05 19:48 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(170)   


手術台にて


朝から手術着に着替えて 待ちくたびれて 夕方
半分寝ているところに 運搬車が来た
膀胱がんの手術だ
広々とした空洞の中に 白装束の人間が三人
それぞれが手に何か持って待ち構えていた
腹部の真ん中にカーテンが下ろされた

 麻酔医のなんとかです 半身麻酔です
 背中が少しチクリとします だんだん熱くなります
 それから何にも感じられなくなります

下半身が外されたみたい
少し離れたところで 女医さんらしい人が
コンピューター見ながら何本ものパイプを
入れたり 出したりしている

あの下半身は とても迷惑なやつだった
「ついでだから 取り換えられませんかね」
そばにいた男が応じた
「交換ですか そういう方が結構いらっしゃいますよ」
若い背広の男がパソコン持ってすぐに来た
「毎度有難う御座います カタログです ご希望は
 スタイルですか カラーですか それとも機能ですか」
「それは機能ですよ」
「じゃー馬力の強いのにしますか」
「いやー馬力より燃費だね」
「お客さんズバリです 今ならいい出物がありますよ」
「で もしかして わたしの 下取りになりますか」
「はい で何年物でしたっけ あっ 結構年代もののようですけど
 それはそれで 値打ちがありまして 大事にお使いのようですから」

そのとき突然 ライトが明るくなった
「終わりましたよ 成功です」
弾んだソプラノで カーテンが開いた
女優さんみたいな 若い女医さん
「これが 膀胱がんです 全部取りました」
ガラスの瓶にイカの皮みたいな白と黒の ヒラヒラ
どこも切らないで内臓手術なんて 凄い
コンピューター男は消えている
ガシャン
下半身が繋がったのかな
恐る恐る触って 驚いた
元からあるはずの脚の下に
見覚えのない冷たい脚が 真っ直ぐに二本付いている
合計四本になってるみたい
あのコンピューター男 慌てて下取りしないで逃げちゃったんだ
身元の分からない変な あし 余分に貰ってどうする

「先生 あし が四本あるみたい」
「ええっ ああ うん それは麻酔のせいです 脳が手術前の脚を覚え
 ているのよ 三時間したら麻酔は消えます 脚は二本です」

マスイ か
運搬車が動き始めた
とても幸せな感じに浸って

(高平よしあき詩集 『わたくしたちの 列車』 より)


.

ひと言
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by hannah5 | 2016-03-11 23:36 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(169)   


小さきものをそっと抱く


「おれは戦場で太郎と花子を育てたよ」突然父はかすれた声でそう言いました。私はその時まだ子どもで、ただ子犬を飼いたいと思っているだけでした。

 初めは遠くからおびえる目で野営地を見ているだけだが、兵隊が乾パンを投げてやると、争うように飛びついてカシカシ食っていた。
 もちろん体は泥だらけさ、時々河にでも入っていたのだろうけど、あとで、体を洗ってやったらシラミだらけ、傷だらけ、可哀そうにずいぶん野生に耐えていたのだろうな、
 家族を国に残した古参の兵隊が何度も声をかけてやった。残飯をそっと隠れて取りに来る。「こわくないぞ」といっても言葉が分からない。
 ある日、小さい方が鉄条網に絡まっていた。解いてやり兵隊の飯食わせたら真黒顔で笑ったよ。それからもう一方も来た。何かもらえると思ったのだろうな。
 若い兵隊が覚えやすい名前を付けてやった。「太郎と花子」呼べば飛んでくるようになった。みんな可愛がったさ。あんなところに小さいものなんかないのだから。
 戦が始まると、あいつら何処かへうまく隠れていた。部隊が移動すると、少し距離を置いて黙黙とついて来る。親なんかいなかったろうな。遊んでやると本当に喜んでいた。二年ぐらいたって、ある時大きな作戦があったのだよ。俺たちはタコツボでドンドン落ちる弾に耐えていた。やられたものもいる。けがにんばかりになっていた。両方が引いて終わった戦だが、厳しかったな、あれは。
 そう、河のそばで見つけた。小さい少年の方、うつ伏せに倒れていた。かおは覚えていない。そっと抱いたが覚える顔がなかったのさ。少女の方は、それからまだ会ってない。
 みんな夜には目を凝らして、ずっとずっと震えながら寝た。もう遠くのものしか見られなくなっていた。

(花潜幸詩集 『初めの頃であれば』 より)

ひと言
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by hannah5 | 2015-10-07 21:18 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(168)   


矜持


タイトルクレジットの
名前の一文字を

たわいないシーンの
傍らに置かれている小物に

俳優たちが着ている
衣装の一部に

もしくは
台詞やト書きの
狭間にも

監督は
赤、を置いた。

目立ちすぎない、赤
アクセントのような
色合い。

白黒スタンダード作品に
最後までこだわった監督だった。
律儀な物語を撮り続けた。

カラー作品に移行してのち
その律儀さに
柔らかな赤が加わった。

たとえば
きりりと晴れた
二月の朝

まだ人の少ない都心のベンチに
新鮮なリンゴを
ひとつ置いてみる。

時は遡り
あたり一面、白黒の光景である。

(長谷川忍詩集 『女坂まで』 より)

ひと言
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by hannah5 | 2015-09-23 18:11 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

『ひよこの空想力飛行ゲーム』 追記   


追記

照明の消えた部屋で蛍光灯のスタンドのスイッチを入れようとして、ふとこの詩集に目が行った。すると、そこに黄色く光るものが見えた。灯りをつけて見ると、それは表紙に描かれたかごの鳥だった。背表紙の鳥にも蛍光塗料が塗ってある。

「天井のない階段があって、その先には青空。階段のいちばん上に鳥かごが置かれている。ひよこが一羽棲んでいる。ひよこを乗せたまま、鳥かごが宙に浮く。鳥かごには風船がいくつもつけられている。宙に浮いた鳥かごにスポットライトが当てられる。客席から見上げると、ひよこだけが青空に光っている。そのとき少女は観客だろうか。いや、一羽のひよこである。ステージの上で踊りつづけるひとりのバレリーナである。青空は黒い。」

蛍光塗料の鳥は暗がりの中でいつまでも光っている。
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by hannah5 | 2015-09-17 23:37 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(167)   


ひよこの空想力飛行ゲーム


少女と長いキスをして、やがて舌はくちびるを割って口内をまさぐる。少女のその部屋はいつも、同じ香りのような、かすかな味がした。唾液で湿った上あごのひだからは、薬の匂いというか、消毒液みたいな、化学が生みだしたような甘さと、すこしく苦みを、わたしの舌の先は感じていた。あ。あれは、少女の体内をなんどもまわっていたセルシンの、毛細血管からの匂いだったんだね。と、四〇年も過ぎて、キスの味の仕掛けに気がつく。

鳥はね
鳥になるために
たまごの殻を自分で壊すのさ

殻を壊すことができなければ
誕生することができない

あたしたちはこれからだね
自分で自分の殻を破るのは
ふたりはまだ生まれていないんだね

学生の頃、わたしはバレリーナをめざす少女に恋をしていた。わたしは少女をひよこと呼んでいた。バレリーナになれることを信じて、ひよこは夢中で練習をつづけた。いっしょにいるときも、抱擁から離れれば踊り、踊り終えれば微笑みが、わたしの口もとに帰ってきた。年月がすこし過ぎてそうして、思うようになる。もしバレリーナになることができなかったなら……。もし……。少女のこれまでの人生は、どこにいってしまうのだろう。

飛びかう飛びつく飛び込み自殺
飛び板飛び込み飛ばっちり
歌え酔いどれ天までとどろ
飛ぶな妹よ、妹よ飛ぶな
飛べば幼いふたりして
夕焼け捨てたかいがない

新宿二丁目を歩いていると「黒魔術」という、ちょっと胡散臭い看板をあげた老女がいた。ブレスをしないでいっきに歌えと、老女はわたしにいうのだった。飛びかう飛びつく飛び込み自殺飛び板飛び込み飛ばっちり歌え酔いどれ天までとどろ飛ぶな妹よ妹よ飛ぶな飛べば幼いふたりして夕焼け捨てたかいがない。メロディがあるような、ないような声で息つぎをせずに、最後までわたしは歌った。学生の頃、わたしはなにを呪いたかったのだろう。

ただ、こんなことを考えていた。想像力は権力を奪う、というけれど、かごのなかの鳥が想像力で青空を飛ぶことに、なんの意味があるだろうか。死装束で踊り続ける少女とわたしは、ジゼルとアルブレヒトではなかった。

かごを壊せ!
かごを壊せ!

黒魔術のおばさん
飛んでいる紙飛行機に火をつけるまじないを
知っていますか

あの世には燃えるものなどなにもない
この世に燃えないものなんてなにもないさ

飛びながら燃える紙飛行機が地に堕ちるまで
ふたりはいっしょだから

それから?

喉が渇いたね
水をください却下します
致死量の雨水黙殺します

もし、殻を破れなかったら?

あたしの部屋には、このまえのお祭りで買ったひよこが一羽いるの。夜寝るとき、あたしをおかあさんと思っているのか、ぴよ。ぴよ。近づいてきてあたしのお布団に入ってくる。ひよこは鳥なので、将来青空を飛ぶ予感を持っている。あたしのお布団のなかで、宙を羽ばたいている夢を見ているのでしょう。うれしそうな表情で、肩甲骨のところを震わしているの。

いいほやが手に入ったから、さ
ビールでも飲もうよ
ほかにはなんにもないからさ
即興で詩を詠むからさ
詩とほやを肴に、さ

なにをしてるの
海は朝焼け

ねずみしたい
サイコロかじりたい

わたし、さよなら
さよなら、みんな

サイコロのゆくえは
吹く風にまかせちゃえ

なにをしてるの
ほやだほやだ

ビールしたい
青空かじりたい

わたし、さよなら
さよなら、みんな

青空のゆくえは
吹く風にまかせちゃえ

ほやだほやだ
きょうのビールはうまいぞ
あなたは生まれつきほやだ
ひとに見つかって食われるなんて
なんて運のいいほやだ
海の底にずっといたはずだったのに

さあ楽しいか苦しいか
つまらないかおもしろいか
自分は動物か植物か
草食系か肉食系か
そんなこと考えたりしない

ほやにはほやの実存論があってさ
刺身も美味だぞ
重要参考ほやの身柄は確保したぞ

だけれど、おとなになってニワトリになった時、ひよこは自分が空を飛べないことを知るのです。空を飛ぶだろう予感と、飛べないことを知る絶望。それが、ひよこの宿命なのです。飛ぶことをあきらめるときが、ひよこがおとなになれるときです。

鳥が鳥かごに飼われるのは
鳥は空を飛べるからだ

鳥が飛ぶことをやめてしまえば
だれも鳥かごに閉じ込めたりはしない

飛ぶことをあきらめてしまえば
そこには、自由が待っている!

薄暗い病棟の一室。わたしがドアから入ると、長い時間をひとりで待っていた少女は、ラブレターという名の一通の遺書を詠みはじめた。それは少女がついに自由を選んだ、おとなの呪い。迷路から逃げない、自由。不敵で、かわいい呪いだった。

あたしのそばにいてください
あなたのそばにいてあげるから

おしゃべりなんて嫌いだから
だからいっしょにいましょう

読んでほしくないので
長い手紙を書きましょう

塩をいっぱいふりかけられて
ふたりいっしょに溶けちゃいましょう

ふたりで迷路に迷い込んでしまったら
出口にカギをかけちゃいましょう

あなたと何度も日が暮れていく
一心同体と一進一退が暮れていく

あたしのこころでしか溶けない
あなただけのチョコレートをあげます

あなたの口のなかで
チョコレートは溶けていくでしょう

ハートではなくて
心臓をあげます

あたしをいますぐ死刑にしないと
あなたは世界でいちばん愛されてしまうでしょう

うそです
こころをこめて
うそです

天井のない階段があって、その先には青空。階段のいちばん上に鳥かごが置かれている。ひよこが一羽棲んでいる。ひよこを乗せたまま、鳥かごが宙に浮く。鳥かごには風船がいくつもつけられている。宙に浮いた鳥かごにスポットライトが当てられる。客席から見上げると、ひよこだけが青空に光っている。そのとき少女は観客だろうか。いや、一羽のひよこである。ステージの上で踊りつづけるひとりのバレリーナである。青空は黒い。

いいほやが手に入ったから、さ
ビールでも飲もうよ
ほかにはなんにもないからさ
即興で詩を詠むからさ
詩とほやを肴に、さ

ひよこは
鳥かごを背負って生れてきた鳥である
おとなになってニワトリになっても
空を飛ぶことができないのである

踊りつづけることしかできない
かごのなかを
遠近法のない映画を
水平線のない海を
風が吹くステージを
割れたコップが散らばるベンチを
朝焼けに光るアスファルトを

ひまわり畑の迷路には
出口がひとつずつ仕組まれている

記憶にも未来形があってね
紙飛行機になってそこから飛んでくる

波間から
照明がまだ消えない駅が視える
静寂はすこしばかりうるさい
風の粒子が鋭くなる
発着ベルは幻聴じゃないとおもう
終電車は何台も頭上を過ぎ
暗闇には救急車のサイレンと無線の音
自分の影に案内されるまま
夜はひとりっきりなので暗い
ベッドから落ちた腕時計の音は
人差し指をくわえたプロンプターだ
就寝時刻までのタイムテーブルに正誤表はなく
傷で掻き消した記憶は痛い

はしゃいでわたしの影を踏んだよね
あなたの憎悪はわたしに投与されなかった

いまなら好きになれるかもしれないね
わたしを殺せるかもしれないね

なぜあなたはあなたで
わたしはわたしだったのか

わたしはわたしのなかの
あなたをあなたは

濡れたひざ枕

孤独と約束が
沈黙と狂気と

あなたはひとり
わたしはあなたと
ひとり

青空のゆくえは
吹く風にまかせちゃえ

傷で掻き消した記憶は痛いけど
痛いのは鳥かごじゃない

痛いのは
ひとつの肉体に閉じ込められた
ふたつの魂じゃないか

ひろこ

(秋亜綺羅詩集 『ひよこの空想力飛行ゲーム』 より)

ひと言
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by hannah5 | 2015-09-16 21:39 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(166)   


観客席にいたのではなく

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震災があった夜
まるで映画のようだと、だれもが言った
映画館の客席よりはるかに暗く
はるかに冷たい
だけど映画を観ていたのではなく
わたしたちはスクリーンの中にいたんだ

震災があった夜
星々だけが、暗闇に輝いていた
停電で暗黒の都会をさまよって
信号がつかない夜空を
わずかなガソリンにすがりながら
軌道はすでに、はずれはじめていた

震災があった夜
蝶が一匹、海面を舞っていた
流される一本の木につかまって
凍えるのを知りながら
カラフルな上着を一枚脱いで
少女は見えない船に助けを仰いだ

震災があった夜
ホタルがひとつ、遠くで揺れていた
ひとりだけ地上に取り残され
家族が流された海を
壊れたビルの屋上から眺めていた男が
十年ぶりに吸ったタバコの灯り


(秋亜綺羅・柏木美奈子 詩の絵本『ひらめきと、ときめきと。』より)

この詩の絵本からもう一篇
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by hannah5 | 2015-08-29 18:31 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(165)   


きれいに食べている


宝石を見つけるように、きれいな言葉がひとつ見つかりました。
瓦礫の中から、母親が見つけたのでした。

「毎日新聞のニュースサイトに4月、東日本大震災で亡くなった息子の弁当箱を、かれきの中から発見した両親の記事が掲載された。母親は弁当箱が空なのを確認し、『きれいに食べている』と嗚咽したという。」*

母親は、子どもが持って帰るお弁当箱を洗うとき、開けてみて中身が
「空っぽ」だったら、うれしい。

「あ、ぜんぶ食べてくれてる」という、一つは作り手の嬉しさと
「全部食べて、栄養になってる」きょうも元気に育ってくれているという
親ごころの嬉しさの二つで
からっぽのべんとうばこは、ははおやを幸せにする。

がれきの中から、見つけた弁当箱が、その「空っぽ」が、
いっしゅん普段の「しあわせ」を母親によびもどしてくれたのだと、おもう。
――ちいさな奇跡が、母親の暗い心に、ひかりをまぜた。

「きれいに食べている」ひとつめで、母親は、うれしくて。
「きれいに食べている」ふたつめで、母親は、おえつした。

台所で、いつでもそばにあった、ことば。
お弁当箱を開けるだけで、いつも出てきた、ことば。
「あ、きれいに食べている」

胸の中で、くりかえし、つかった、普段のことば。
瓦礫の中から、弁当箱いっしょに出てきた、わたしのことば。
「きれいに食べている」

責めも、うらみも、悲しみもの、何にもつかまっていない
――何もはいっていない

空っぽの「きれいな弁当箱」が、
まるで、息子の開けてくれた、きれいな気持ちのように、見える。

――「きれいに食べている」

この母親の「きれいな言葉」に、
きれいに食べて、「空っぽの弁当箱」に、
わたしは、今回の震災で、

いちばん、ないて
しまいました。

それは、いっしゅん、陽が射すように、深い悲しみの中に
つかの間、うれしさが、混ざり込んで、くれた

ありがたさから
だったとおもいます。

*引用部分

(宮尾節子詩集 『明日戦争がはじまる』 より)

ひと言
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by hannah5 | 2015-07-11 21:05 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(164)   


琴爪橋


貨物列車がコンテナを載せず通り過ぎて
風だけが残った
踏切が上がると
どくたみの花の茂みがひっそりと明るく揺れている

我が家の庭も
春から雑草摘みをしてきたのに
まっすぐ茎を伸ばした十字の白い花で埋まっている
強めの匂いがあっても
空気を清らかにする力があると聞いて
頂き物の祝祭日には部屋いっぱいに花を飾る
煎じてお茶にすれば毒気も洗い流せると

部屋の模様替えは郷愁がして
無花果を買いに行く
熟さない知恵の木の実は摘まず
棕櫚の葉を避けて
退色した空の橋 踏み外さないよう
気をつけて渡る
樹々の爪弾きが行き止まりの木戸を開けてくれた
苔路に
置き去りにした
雑草を抜き取るように
別れ話をしたひとの背中は

ひっそりと明るくその花が揺れている

(宗田とも子詩集 『時を運ぶ折り舟のように』 より)

もう一篇
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by hannah5 | 2015-01-10 19:12 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)