カテゴリ:私の好きな詩・言葉( 175 )   

私の好きな詩・言葉(134) 「プロポーズ。」 (りす)   


プロポーズ。


歩道橋が長すぎるので途中で諦めて、壊れた洗濯機の話をする。眼下を灯りのない貨物列車がいつまでも通り過ぎて行く。君は厚い眼鏡をハンカチで拭きながら熱心に相槌を打ってくれる。君の相槌の品揃えは、帝国ホテルのコンシェルジュみたいに完璧だ。僕の言葉は砂漠に降る雨のように、君の相槌に吸収されてしまう。だから僕は君の体内のどこかに、僕の名前を冠した瑞々しいオアシスがあるんじゃないかと常々思っているんだ。それにしても、今日に限ってどうも会話が食い違う。どうやら、僕は二槽式洗濯機について話しているのに、君の頭には全自動洗濯機しか浮かんでいないようなのだ。脱水槽が回転しない、という状況を理解させるのに、貨物列車が五本も通過していった。でもこの程度の食い違いは、君が眉間に皺を寄せて器量を損なうほど、深刻なことではないんだ。マーガリンとバターのように、片方を知らなければ、どっちがどっちでもいいような代物だ。そんな些細な錯誤はこの、長すぎる歩道橋に比べればたいした問題ではない。シェイプアップしたいの、と君が言うから、わざわざ歩道橋なんて前近代的な迂回路を選んだのはいいが、どうにも階段の数が多すぎはしないか。歩道橋の途中に自販機を置けばいいのに、という君の本末転倒な提案にも、そこそこの市場価値はあると思うよ。だけど、最初から踏切を渡れば良かった、なんて愚痴を言うつもりはない。君を見習って、これからは提案型の人生を送ろうと思ってるんだ。君は今、二槽式洗濯機の説明を求めている。説明なんて回りくどいことはやめにして、この際、結婚しようじゃないか。結婚して僕の洗濯機で、君が自分の下着を洗ってみれば、すべては一瞬に了解されるんじゃないか?だからさ、結婚しよう。僕が二槽式洗濯機の柔軟な使い勝手についてくどくど説明すれば、へえ、とか、ふーん、とか、むむむ、とか、君の相槌の訓練にはなるかもしれないが、最近わざわざ全自動洗濯機から二槽式洗濯機に買い換えた、うちの母親の気持ちは一生理解できないだろう。いや別に母親と同居してほしいと言ってるわけじゃないし、安易な文明化に警鐘を鳴らしているわけでもない。ましてや、洗濯と選択の掛詞で恋のボディーブローを狙ってる訳でもない。文明化、大いに結構。スローライフ、断固反対。ところで最近、やけに貨物列車が増えたと思わないか?気のせいなんかじゃなくて、実際に増えてるんだよ。この理由をくどくど説明すると、君のオアシスが溢れてしまうから止めておくけど、ほら、あそこに見えるのが越谷ターミナルだよ。あそこは、たくさんのコンテナがお迎えを待っている幼稚園みたいな所だ。そんな切ない場所だから、人目につかない田舎に貨物ターミナルはあるんだ。結局、僕が言いたいのは、この際、君の心を脱水槽に放り込んでしまったらいい、ってことなんだ。いつまで君は洗濯槽の中でぐるぐる回ってるんだ、ってことなんだ。そういえばこの間、眼鏡を縁なしに変えようか、なんて悩んでたよね。そんなの結婚しちゃえば、すぐ解決することだよ。ウェディングドレスに眼鏡は似合わないから、コンタクトにするしかないだろう?だから二人で二槽式洗濯機のある生活をしてみようじゃないか。踏切より歩道橋を選んでしまう君は、きっとすぐに気に入ると思うよ。でも、さっきも話したように、肝心の脱水槽が壊れているんだ。だから今しばらくは、君の体内のオアシスが枯れてしまわないように、遠回りするデートをこのまま、続けていくしかないと思ってるんだよ。


( 『文学極道』 所収、文学極道2006年創造大賞受賞)

ひと言
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by hannah5 | 2009-07-17 23:29 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(133) 「百年」 (杉本 真維子)   


百年


しずくの先を
しぼると
引き攣ってくる胸の
芯から
おもいだす

この風は
だれだったろう
澄みきった翌日は
だれかが
息切れのまま風になる
バス停が一本
枯れ木のように
ゆれて

テレビの灯りと
ひくい話声が
漏れてくる部屋で
枕の下には
ふかい
夜の海があった
細いくだで
ふるえている
ひとは泣くことも
できる

わたしたちの雨は
あがる
忘れないように
肌をくるんだ
樹皮がすこしずつ
ほどける


(杉本真維子詩集 『点火期』 より)

ひと言
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by hannah5 | 2009-06-27 23:30 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(132) 「詩を書くということ」 (ヴォイスラブ・カラノヴィッチ)   


詩を書くということ


これからの詩の言葉は
林檎の皮に書こう
紅や金の詩の言葉を
先の尖ったひと筋の光で
果物のつややかな皮膚をすべり
甘く瑞々しい言葉を繋げよう

鉛筆はいらない 鋭いナイフも
紙の白い皮も
意味のむこうの梢に
さしのべる手もいらない
もぎたての果物を
しっかりつかむ指も

空気の見えない肌に
詩をつくろう 羽毛のような
産毛が 光にさわって震える
詩の言葉で
美しい林檎を書こう
手のひらの この詩のような


(原題 ‘O pisanju poezje’)
(詩集 『躍る光 (Svetlost u naletu)』 より 山崎佳代子訳)

他1篇
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by hannah5 | 2009-05-04 23:48 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(131) 「光の塔」 (杉本 真維子)   


光の塔


わたしは誰かのために
洗われるからだを持つ
ひたいに緑色のマジックで
数字を書きこまれ
ころされるための順番を待っていた
にんげんは言葉を持たない
ただ迷いのないうでがわたしにのしかかり
すばやく脚を折り、痙攣が待たれる
水を掃く音、尻を冷やすコンクリート、
霧のなかで
空高く衣類だけが積み上げられていたことも
覚えている
(眩しい塔を見たのだ

光は波のように寄せ
あの塔がなんども現れてくる
そこは
様々な体温が甘く蒸れ
いつかだれかの暗い舌に溶けたが
指先を切ったあなたの顔のまえで
血のように出会う


(杉本真維子詩集 『袖口の動物』 より)
(初出 詩学2006年7・8号)

ひと言
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by hannah5 | 2009-04-17 23:11 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

抒情文芸 ~ 詩に出会う ~   


しばらく前から「抒情文芸」という詩の投稿誌に作品を投稿しています。
今回、残念ながら入選せず佳作でしたが、
今回投稿した作品は、私が最近出会った詩集の詩に感じて書いた作品です。
出会って心に深く感じて詩を書くことになったもとの作品はあとでご紹介するとして、
まずは私の作品からです。



小箱の中で


小箱を開ける
何かに会えるように
何かを見つけることができるように

ことばの粒たちが静かに置かれている
長い時間をかけて拾い集められた粒たちだ
粒たちは片隅でちいさくうなずいて
そっと目を伏せた
それからおそるおそる差し出したわたしの手の中に
うつむいたままいくつもいくつも落ちてきた

(見えることは罪ではなく)
(見えないことも罪ではなく)

粒たちはわたしの手の中で丁寧におじぎをすると
恥ずかしそうな笑みを送ってきた

誰かに見せるわけではなく
思い出の一枚にするでもなく
遠ざかってしまった時の奥に隠れるように置かれたまま
いつまでも風化しない出来事が
突然わたしの前に現われて
わたしは思わずたじろいだ

粒たちは動揺して早鐘のように鼓動を打った
鼓動は空気を振動させ
わたしの中でも早鐘を打ちはじめた
本当は開けてはいけなかったのかもしれなかったのに
むやみに立ち入り
見てはいけないものを見てしまったバツの悪さが
申し訳ない気持ちで流れこんできた

大事にしますとも
丁寧に扱いますとも言えないまま
わたしはそこに立ち尽くしていた



                        ********


そして、私が出会って感銘を受けた詩です。
震えるように繊細で美しい言葉が置かれていて、読みながら優しい気持になりました。
この詩は去年の12月23日に、
秩父のポエトリーカフェ武甲書店で行われた詩誌「スーハ!」の朗読会
「それぞれの、善き人への冬の歌」で朗読された佐藤恵さんの作品です。



乾電池


故郷から離れるというその朝
家族の寝息がこもる家を抜け出た
山裾の村から海辺の町へ
夜明け前のうすぐらい山道を抜け
車でさえ上る時には息切れする長い長い坂を
自転車で走り下りた
急な坂の大きなカーブをブレーキの音させて曲がる
雪さえ融けきらずに残る早春のつめたい風に打たれて
わたしのはなやほおは、どんなに赤かったことだろう
始発の電車に乗るその人を駅で待ち
偶然をよそおって顔をあわせた
かじかむ両手で火照るほおをかくして、おはよう、と声をかけたわたしに
まだ眠そうな顔でやってきたその人は、ぎょっとした様子で
ひふを切るようにつめたかった風よりも、もっともっとつめたい声で
なにしに来たんだよ、ときつく言った
わたしはあわてて「ああ、乾電池を買いに。じゃあ」と言ってすれちがった
四キロの道のりを、自転車に乗って風を受けつづけた目は
あつくうるんでとけて
いなか町で、駅前といっても店さえまばらで、こんな早朝から開いている店などないのに
とっさに出た言い訳が、乾電池だったなんて、なんだかおかしくて
始発のバスもまだ動き出さない駅前のバス停でひとり
わらいながらカタカタとふるえはじめたからだを押さえて泣いた

人はなぜくちづけなどするのだろう
缶ビールを片手に恋愛ドラマを観てはやれやれと
腕を引き抱きよせる場面などあらあらと
ひとりつぶやいてしまうちかごろのわたしが
くちづけもしなかったその人を思い出す
こごえて帰った日に
両手でつつんだお茶から吹きかかる熱い湯気で
はなのあたまをしめらせるように

その人がたった一度だけ
長い坂を自転車で上って
会いに来てくれたこと
おどろいた顔のわたしを見て
うれしそうに笑ってくれたこと


(佐藤恵詩集 『きおくだま』 より)(七月堂より出版)




作者プロフィール

佐藤 恵(さとう めぐみ)

1961年 秋田県象潟町生まれ。
詩誌「スーハ!」同人。
佐藤恵さんのブログ: 銀葉の舟
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by hannah5 | 2009-03-12 23:31 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)

私の好きな詩・言葉(130) 「踏切」 (西原 正)   


踏切


朝は遺跡、踏切こそ
繰り返し踏み固められた重さに
時間が破れている
静かな二筋の鉄の板、日々は
落ちてこない空とレイルの間の
いちまいの版画
削られる時間は赤い鉄粉に染まり、人の
眼を鎮めては立ち尽くさせて、鳥が
いちばんに切る、踏切の朝
緑の滴が落ちて鉄の眼が開いた


(西原正作品集 『音函』 所収)

ひと言
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by hannah5 | 2009-03-05 16:38 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)

私の好きな詩・言葉(129) 「鳥の言葉は」 (新井 豊美)   


「鳥の言葉は」


飛びたつ鳥を追ってゆく
はいいろの雲のさけめ
そこだけが澄んだ淵のような
いっそう蒼みを帯びてくる少女の怒りの眼のような

   鳥よ おまえの
   ゆくところはどこか

あの街の高い塔の上にも鳥は群れていた
変わらぬうたを愛語のようにかわしながら
微風にも揺れるしなやかなゆうかりの葉群れに抱かれて
彼らはなにをうたっていたのか
なにを思い なにを悲しんだのか
海峡と岬をへだて 山襞は幾重にも険しく迫って
あれははるかな調べだが
生まれるまえに聴いた誰もが知っているうただから
わたしはその意味を思い出せるはずだ

   鳥よ おまえが
   かえってゆくところはどこか

塔は崩れ 木は倒され
ゆくところなく
かえるところなく
とどかぬところ ゆきつけぬところ

   ゆえに非在の場処であるかのような ここ 唯一の場処で
               問うことの無意味によってわたしの問いは 忘れられ

北北西を指す風見の針
沈黙の石は磁気を帯びてかすかに震え
それらの上におおいかぶさってくる 冬の重力

錆びた滑車が
ギリリと 軋み



(「現代詩手帖」(2009年1月号)掲載)

ひと言
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by hannah5 | 2009-01-18 23:42 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(128) 「ひとつひとり」 (石畑 由紀子)   


ひとつひとり


十六歳だった
終わったあと
ひとつになったんだね、と囁かれ
雑誌の読みすぎだとおもった
このベッドの下に隠れてるなにかかしら、とか
制服がしわしわになっちゃった、とか
私ははじめてで
彼とは付きあっていたけれど
そんなことをぼんやり考えることもできるような
状態でもあったわけで


ひとつになったんだね
この言葉を最初に考えたひとは
なんにも知らないひとだ

想うより想われたほうがしあわせよ、とあの日
私を祝ったひとも
なんにも知らないひとだ

それとも
重ねすぎて
目をふせる
ほかなかったのか



    *


国際中継で
片足ずつ分けあって
ベトちゃんとドクちゃんが引き離されたとき
私は涙があふれた

ひとりだね
これからはひとり同士だね


恋をするたびに
私は彼じゃなくて
どうしても
誰も私になれなくて
くもった窓の内と、外
ふりつもる痛みを
あの日ドクちゃんは片足で飛び越えた
自分の一部 じゃなくなった
ベトちゃんの手をとって



    *


私たちが皮膚ごしに灯をともしていたころ
ベトちゃんは静かに灰になった
ドクちゃんは大声でさびしい、さびしいと号泣したそうだ
本当に
ひとりになってしまったね
送りだした足は
もう片方の記憶は
どんなふうに残っていますか



    *


ひとつになったんだね

卒業前に別れたあと
その彼はトーキョーへ行ってしまい
しばらく同窓会もないので
もう十年以上会っていない
最後に会ったときはたしか互いに笑ったはずだ
こどもだったよね、でも
こどもなりに、だったよね、と

そんな昔ばなし

私たちが
出会うずっとまえの



    *


こどもなりに、だった私は
おとなと呼ばれる歳になって今
それでもなお
重ねても目をふせることはできずにいる

それでも私たちが互いの
その片足であったならどうだったろう
窓を越え、なにもかもに
気づいて

さびしいときは
大声で泣ける

そんなことを浮かべては
ちいさく笑う


もしもはない
もしもは
ない



私たちは
ひとりだ
かなしいほど

遠ざかる
そのいのちが
かなしいほど
愛しくて
おかしい


                 (「狼」16号(光富いくや編集発行)所収)

ひと言
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by hannah5 | 2008-12-02 12:47 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(127) 「かみさまの匂い」 (三角 みづ紀)   


かみさまの匂い


かみさまの匂いがする夜は
どうやっても眠れない
晒されているのだ、わたしの
愚かさや拙さが

クローゼットには
脱皮したわたしの産物が
きれいに整列していて
幼い。
そう云っておとこは
いつも笑った
わたしも笑った
笑いながら
また産まれつつある
細胞を
くまなく撫でた

かみさまの匂いがする夜は
たいてい、過去に引き戻される
手をつなぐ重要さを
惰性にしている罪は
どこからやってきたのだろうか?
今夜も産まれるというのに
わたし
は髪さえ容易に切る

おとことの一センチの隙間に
見知らぬおんながさらりと入った
新しく産まれた
わたしだった
ならば
このわたしは廃棄物
業務用のゴミ袋でなければ
はいらないの

あまりにも
産まれすぎて、
かみさま
あなたの匂いを
わたしは手のひらにまるめるのです


(三角みづ紀詩集 『錯覚しなければ』 より)

他1篇
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by hannah5 | 2008-09-07 23:41 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(126) 「愛」 (高階 杞一)   





こどもがはじめて笑った日
ぼくの暗がりに
ひとすじの強いひかりがさしこんだ
生まれてはじめて見るような
澄んだあかるいひかり
その時
ぼくの手の中で

という形のないものが
はじめて<愛>という形になった

そして
ぼくの<愛>はまだ病んでいる
病院の小さなベッドで
「苦しい」とか「痛い」とか
そんな簡単な言葉さえ
いまだ知らずに


                        (『高階杞一詩集』『早く家へ帰りたい』より)

ひと言
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by hannah5 | 2008-08-14 18:50 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)