カテゴリ:詩のイベント( 235 )   

Pegasus vol. 2  颯木あやこ朗読会   


10月30日(日)、颯木あやこさんの第三詩集 『七番目の鉱石』 が第26回日本詩人クラブ新人賞を受賞したことを記念して、朗読会が行われました(於阿佐ヶ谷ネクストサンデー)。颯木さんの朗読には長谷川健治朗さんのピアノ伴奏と三上その子さんのダンスがコラボされました。ピアノもダンスも詩のイメージとモチーフをよく生かして創作され、三者が時に激しく時に優しく絡み合い、言葉を超えた深みと広がりが醸し出されていたと思います。朗読は 『七番目の鉱石』 の作品の他に、第一、第二詩集から一篇ずつと新作四編も含まれていて、『七番目の鉱石』 の作品しか知らなかった私にはとても新鮮でした。


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朗読中の颯木あやこさん



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長谷川健治朗さんのピアノと三上その子さんのダンスと



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対談中の颯木あやこさんと山田篤朗さん




【プログラム】

一部  朗読と共演  颯木あやこ(朗読)、長谷川健次郎(ピアノ)、三上その子(ダンス)
二部  トーク「鉱石のゆくえ」 山田篤朗、颯木あやこ
(敬称略)

                                颯木あやこ・長谷川健治朗共同プロデュース
                                葛原りょう監修
                                協賛 思潮社、丘のうえ工房ムジカ




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by hannah5 | 2016-11-02 21:20 | 詩のイベント | Comments(0)

現代詩研究会シンポジウム   


10月15日(土)、詩と思想編集委員会主催による現代詩研究会のシンポジウムがありました(於早稲田奉仕園スコットホール)。シンポジウムは詩と思想の初代編集長から現在の編集長に至る4名の方がパネラーとして登場し、詩と思想における戦後詩から現代詩への継承と発展など、編集長としてかかわった時の体験や苦労、発見、自分が始めた特集やもっとも強く印象に残った出来事等が語られ、かなり内容の濃いシンポジウムでした。

詩と思想はとかく現代詩手帖を対抗馬のように意識することが多いのですが、どのパネラーの方からも伺えたのは、詩と思想に対する思い入れと深い愛着です。詩と思想は優れた詩人を数多く輩出している出版社であり、現代詩手帖とは一味もふた味も違う詩と思想にしか持ちえない視点や特色があり、そのことを大事にしていけばよいと私は常に思っています。


【現代詩研究会プログラム】
~「詩と思想」歴代編集長が語る「戦後詩の継承と発展」~

開会の言葉  中村不二夫

来賓挨拶    麻生直子、太田雅孝

シンポジウム
  パネラー:  高良留美子、葵生川玲、森田進一、一色真理
           中村不二夫(コーディネーター)

開会の言葉   高木祐子
(敬称略)

主催: 詩と思想編集委員会




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by hannah5 | 2016-10-22 21:16 | 詩のイベント | Comments(0)

声ノマ 全身詩人、吉増剛造展   


現在、東京国立近代美術館で吉増剛造展が開かれている(6月7日~8月7日)。若い時からの日誌や自筆原稿、写真、覚書、銅板、カセットテープ、映像作品、大野一雄とのコラボレーション、怪物君の制作風景や実際の制作物、写真、カセットテープに吹き込まれたさまざまな声を実際に天上から吊り下げたスピーカーから流す<声ノート>など、吉増剛造さんの作品と資料がワンフロア―全体を使って展示されている。タイトルの「声ノマ」の「マ」には魔、間、真、目、待、蒔、磨、交、舞、摩、増など様々な意味が込められていて、「漢字をカタカナに置き換えることで、言葉(音)が本来もっていた多義性を回復させる」意味があるそうだ(東京国立近代美術館吉増剛造展HPより)。私自身は吉増さんのファンではないが、展示された詩や芸術作品を通して吉増さん自身の精神世界に触れ、圧倒される思いだった。ひとつひとつゆっくり見ているうちに閉館時間になってしまい、最後の大野一雄とのコラボレーションはほとんど見ることができなかった。時間があれば再度見たいが、7日で終わるので行けるかどうか。展覧会のチラシをかいつまんでご紹介するので、少しでもGozoワールドに触れていただければと思う(0から9の番号は部屋番号)。尚、写真撮影が許可されている部屋があり、ここに掲載したものはその部屋で撮ったものである。



【声ノマ 全身詩人、吉増剛造展 The Voice Between: The Art and Poetry of Yoshimasu Gozo】


0. イントロダクション Introduction

展覧会は詩人の吉増剛造と「声」とのかかわりをさまざまな角度から紹介している。9つの部屋は黒い紗の幕で分けられており、吉増が農具の箕や「U」の字など、空間がゆるやかにうまれつつあるような形体に関心を持ち続け、そこからあるようでない、ないようである境界線を生み出していることを表している。紗の境界線は見方によってはほとんどないものとして感じられ、吉増における各ジャンル間の深いつながりを意味している。


1. 日誌・覚書 Diaries and Memos

1961年1月(22歳になる直前)から2012年までの日誌や覚書が展示されている。若い頃の「内なる声の吐露」から年を経て「外の声を聞き、内なる声を蓄えるためのメモ」へと変化している。


2. 写真 Photography

離れた二つの場所を重ね合わせる多重露光という手法で撮られた写真が展示されている。多重露光により、夢現の景色と独特の静けさが生まれている。萩原朔太郎の作品も紹介されている。


3. 銅板 Copper Sheets

彫刻家の若林奮から送られてきた薄い銅板に、彼からもらったハンマーと鏨(たがね)で言葉を打ち込んだもの。言葉を打ち込んだ銅板はさまざまな所へ持ち歩き、写真に撮っている。

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この銅板は実際に手で持ってもよい



4. <声ノート>等 Voice Notebooks, etc.

吉増自身の声をカセットテープに録音してメモを取った「声ノート」や、瞽女(ごぜ)や恐山のイタコ、相撲甚句、歌謡曲の歌手などの声が録音されたものなど、約1000本のカセットテープが展示されている。また、天井からは10本のスピーカーが吊り下げられていて、<声ノート>や録音されたさまざまな声が流れている。

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1000本のカセットテープ

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天井から吊り下げられたスピーカ―からは常時録音された声が聞こえてくる


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5. 自筆原稿 Manuscripts

詩やエッセイのための自筆原稿が展示されている。吉本隆明の詩の原稿や中上健次の原稿も展示されている。


6. <gozoCinè>

無編集のロードムービー的な映像が映されていて、吉増自身の声の解説がついている。「まいまいず井戸」は井戸そのものより、吉増自身の解説が面白かった。



7. 怪物君 Dear Monster

2011年の東日本大震災後の1年後に制作を開始した作品で、前半は吉増による朗読、後半は吉増の制作風景を吉増が自撮りした映像を見ることができる。


8.

演出家、飴屋法水による<怪物君>をモチーフにした空間。


9. コラボレーション Collaborations

大野一雄の舞踏と吉増の詩の朗読のコラボレーション。パフォーマンスは釧路湿原で行われた。




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by hannah5 | 2016-08-01 22:42 | 詩のイベント | Comments(0)

野川朗読会7   


昨日は午後から成城ホールで野川朗読会が催されました。毎回「ひとことテーマ」が決まっていて今回は「私はみんなにこう呼ばれたい」で、出演者各人がどのように呼ばれたいかを朗読の前に言い、会場の聴衆が「○○さ~ん」と呼んでから始めるもので、ニックネームや急遽考案したものやずっとそう呼ばれてきたものなどいろいろでした。また、今回の対談はいつもの長野まゆみさんと田野倉康一さんにそらしといろさんと三角みづ紀さんが加わって、宮澤賢治と稲垣足穂についての思いや知識や発見など、かなり突っ込んだ対談でよかったです。野川朗読会は今回で7回目ですが、思い入れたっぷりの派手なパフォーマンスはなく、詩の朗読と対談に限定して淡々と続けていくのはよいと思います。


【プログラム】

<ひとことテーマ>私の名前・・・・私はみんなにこう呼ばれたい

● 一部
[朗読]
伊藤浩子、生野毅、渡辺めぐみ、そらしといろ、三角みづ紀、長野まゆみ、田野倉康一

[対談]
長野まゆみ、田野倉康一、そらしといろ、三角みづ紀

● 二部
[朗読]
長野まゆみ、田野倉康一、新井高子、樋口良澄、杉本真維子、一色真理、岡島弘子

(司会)一色真理
(敬称略)

主催 そうかわせみ、の会
後援 思潮社、土曜美術社出版販売



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朗読する渡辺めぐみさん



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三角みづ紀さん



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by hannah5 | 2016-07-19 13:41 | 詩のイベント | Comments(0)

日本の詩を読む X ~ 四季派の時代(第7回)   


「四季派の時代」の最終講義は伊藤静雄についてでした(講義のタイトルは「「コギト」と伊藤静雄」)(7/11)。堀口大学の 『月下の一群』、上田敏の 『海潮音』、永井荷風の 『珊瑚集』 など、日本の近代詩は西洋の詩、特にフランス文学の詩を学ぶことから始まりましたが、伊藤静雄はドイツのヘルダーリンから強い影響を受けたと言われています。20代半ばで抒情詩の同人誌「コギト」に参加、伊藤静雄の詩の難解さ、日本浪漫派への参加、第一詩集 『わがひとに与ふる哀歌』 が萩原朔太郎から絶賛されたことなどが講義の中心でした。読んだ作品は詩集 『わがひとに与ふる哀歌』 から「晴れた日に」、「曠野の歌」、「わがひとに与ふる哀歌」、「水中花」、「春の雪」、大岡信の「抒情の行方 伊藤静雄と三好達治」(一部)、萩原朔太郎の「わがひとに與ふる哀歌 伊藤静雄の詩について」でした。



わがひとに与ふる哀歌


太陽は美しく輝き
あるひは 太陽の美しく輝くことを希(ねが)ひ
手をかたくくみあはせ
しづかに私たちは歩いて行った
かく誘ふものの何であらうとも
私たちの内の
誘はるる清らかさを私は信ずる
無縁のひとはたとへ
鳥々は恒(つね)に変らず鳴き
草木の囁きは時をわかたずとするとも
いま私たちは聴く
私たちの意志の姿勢で
それらの無辺な広大の賛歌を
あゝ わがひと
輝くこの日光の中に忍びこんでゐる
音なき空虚を
歴然と見わくる目の発明の
何にならう
如(し)かない 人気ない山に上り
切に希はれた太陽をして
殆ど死した湖の一面に遍照さするのに




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by hannah5 | 2016-07-15 22:54 | 詩のイベント | Comments(0)

国際現代詩シンポジウム ―「詩と幼年時代」―   


7月1日(金)、「詩と幼年時代」と題して日中の詩人たちによるシンポジウムがありました(於城西大学)。午前中は中国人民大学の教授で魯迅の研究者、高旭東さんの魯迅に関する講演があり、午後は日中の現代詩人たちによる朗読会と座談会がありました。高旭東さんの講演は時間の関係で行けませんでしたが、午後からの朗読会と座談会を聴講しました。

最初に座談会があり、各詩人が自分の幼年時代はどのようなものだったか、それは現在の詩作にどのような影響を与えているか、また自分にとって幼年時代は何を意味しているかなどを述べた後、それに対する応答や感想が各詩人から述べられました。興味深かったのは幼年時代は自分の人生の原風景であるとする意見や、幼年時代は物事をありのままに受けているため、それが現在の創作のもっとも大きな原点になっているという認識を日中両方の詩人たちの多くが共通してもっていることでした。(通訳がひどくて、中国人の詩人たちの言っていることが全部伝わらなかったのはちょっと残念でした。)座談会の後は、各詩人がそれぞれ1篇ずつ自分の詩を朗読しました。参加した詩人は中国から楊克(Yang Ke)、梁暁明(Liang Xiao Ming)、樹才(Shu Cai)、華清(Hua Qing)、从容(Cong Rong)、田原(Tian Yuan)、日本からは宇佐美孝二、竹内新、新延拳、野村喜和夫、三角みづ紀、水田宗子でした。(敬称略)

印象に残った詩を日中それぞれから1篇ずつ。




あまのがわ

   三角みづ紀


わたしには
世界が足りないと
示された午後
錠剤が友達でした
お母さん、
それが毒だと
あなたは何故云えるのか

おいてかれたくないんだ
って
呟いたサカイメのひと
わたしも
って
云えなかったのは
別の船を選択していたから
お母さん、
あなたは
何色の船に乗るのか

お母さん、
あなたが隠した
ヒントはいまでも
島に埋まっている
ことを
知っていますか
あなたの娘は
インクに血液を
忍ばせている
わたしの意志ではない
血がそうさせるのだ

お母さん、
わたしはもう
果ての果てまできてしまって
あなたの織りかけの布だけが
到達しているのだと
おもう

わたしには世界が足りない
世界が足りないことを
産まれながらに知った
わたしには
錠剤が必要で
それが毒だと
手足ができるより先に
知ってはいたのだ





1990年9月15日 (竹内新訳)

   樹才


私には空の庭があるのだから
どうして地上に住まう必要があろう?
9月 それは林檎の木に 熟れ 腐乱して……

季節は瀑布 9月よ!
9月はすべてを暗示してしまっている
だがプロセスを踏まなければならない まだ途中なのだ

何故ならいつか必ず起こることであり 私以前にも
すでに発生していたことだからだ
生は命じている 悲嘆にくれて頭を垂れよと
見よ 私たちは畢竟粘土から成る人間なのだ!

星がもし光を発しないなら 空は安らかだろうか?
私は悲劇の信条のなかでしか
空を祝福することができない

空よ 空 おまえは私を
思う存分に舞い上がらせる
私は この肉体が落下したとしても惜しくはない

魂がもし光を発しないなら 肉体は安らかだろうか?



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by hannah5 | 2016-07-12 20:31 | 詩のイベント | Comments(0)

日本の詩を読む X ~ 四季派の時代(第6回)   


6回目の「四季派の時代」の講義は立原道造の晩年を中心に行われました(6/27)。晩年と言っても道造は25歳で亡くなっていますから、最後の1年半ほどの話ですが、堀辰雄への訣別を著した「堀辰雄の風立ちぬ論」や、東北や長崎を旅した時に書いた「盛岡ノート」、「長崎ノート」、日本浪漫派の芳賀檀(はが まゆみ)への献辞として書かれた「何處へ?」など、信濃追分の高原を詠った頃に現れていた抒情的な部分とは異なる方向へ行き始めていた道造について、講義が進められました。教室で読んだ作品は「石柱の歌」、「晩秋」、「何處へ?」、12月6日付の日記(一部)、野村喜和夫さんが「道造ベース」として書かれた「ヒアシンスハウスまで アリュージョン立原道造」と「のちのおもひに パラフレーズ立原道造」、吉本隆明が道造について触れている詩集『固有時との対話』(一部)でした。



何處へ?
      Herrn Haga Mayumi gewidmet


深夜 もう眠れない
寝床のなかに 私は聞く
大きな鳥が 飛び立つのを
――どこへ?・・・・

吼えるやうな 羽搏きは
私の心のへりを 縫ひながら
眞暗に凍つた 大氣に
ジグザグな罅をいらす

優しい夕ぐれとする對話を
鳥は 夙(とう)に拒んでしまつた――
夜は眼が見えないといふのに

星すらが すでに光らない深い淵を
鳥は旅立つ――(耳をそばたてた私の魂は
答のない問ひだ)――どこへ?




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            『暁と夕の詩』復刻版





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by hannah5 | 2016-07-04 20:11 | 詩のイベント | Comments(0)

日本の詩を読む X ~ 四季派の時代(第5回)   


「四季派の時代」の5回目は立原道造が詩集を刊行し始めた頃の23歳までを中心に講義が行われました(6/20)。この23歳までの時期は、堀辰雄と出会ったことにより 『四季』 の同人となって詩人としての活動場所を得たことや、立て続けに2冊の詩集 『萱草に寄す』、『暁と夕の詩』 を刊行したこと、さらに東大の建築科に入学し、小住宅の設計で3年連続して辰野賞を受賞するなど、詩人としても建築家としても将来に向かって大きな礎を築いた時期でした。教室では 『萱草に寄す』 から「はじめてのものに」、「またある夜に」、「晩き日の夕べに」、「わかれる昼に」、「のちのおもひに」、野村喜和夫さんが「近未来近代」に発表された「ヒヤシンスハウスまで アリュージョン立原道造」と「のちのおもひに パラフレーズ立原道造」、吉本隆明の道造論「固有時との対話」(一部)を読みました。

立原道造は高村光太郎と並んで、若い頃、大人の人生が今まさに始まろうとしていた時期に私がもっとも強く影響を受けた詩人です。教室で道造の詩を読みながら、あの頃の孤独や痛み、哀しみやある運命的な出会いなどが一気に甦ってきて、心臓がどきどきしっぱなしでした。




のちのおもひに


夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を

うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
――そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた…..

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう




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by hannah5 | 2016-06-28 20:56 | 詩のイベント | Comments(0)

日本の詩を読む X ~ 四季派の時代(第4回)   


「四季派の時代」の4回目は当初の予定を少し変更し、三好達治の戦後詩と丸山薫の詩について講義が行われました(「三好達治-戦後の詩/丸山薫」)(6/13)。三好達治も丸山薫も四季派を代表する詩人ですが、二人を比較するとその作風にはかなりの違いがあります。三好達治は「半紙に墨を落とすとじわーっと広がっていく感じ」、丸山薫は「くっきりとペン書きした感じ」と、野村喜和夫さんはわかりやすく説明されましたが、読んでみるとなるほどと思いました。船員になることを夢見ていた丸山薫でしたが、病気のためその夢をあきらめざるを得ませんでした。そのせいか、丸山薫の詩には船や海が多く登場します。読んだ作品は三好達治の「落葉つきて」、丸山薫の「河口」、「錨」、「帆が歌つた」、「ランプが歌つた」、「鴎が歌つた」、「離愁」、「砲塁」、「幼年」、「海暮れる」でした。



海暮れる

    丸山薫


 僕は水葬礼の話をした。帆布の柩を軋らせておろし、散髪の銃音(つつおと)を放つ間を船は三繞(みめぐ)りの墓標を波に描いて去る、あの弔ひの話を――。
 僕はまた天の高い季節風に逆らつて異土の岬を指して翔(と)んでゆく、ロマンチツクな鶴の話をした。

 また練習船の日課操練に聴く奇妙な号令の抑揚と、永く余韻をひく喇叭(らっぱ)の口真似をして、二人掛りで回はす船尾の大舵輪の話をした。

 年少の友は卓の輝きに頬を染めてゐた。僕はもう黙つて杯の手を動かすばかりだつた。
 遂げ得なかつた婚約の希(のぞ)みを思ふと僕は悲しかつた。彼女こそいまもあの日の青春(わかさ)を乳房に抱きしめてゐる! しかも僕の背後(うしろ)に垂れる窓の帳(とばり)のむかふで、飾りをはづし、髪を解き、衣装をすべらし、沖の碇泊燈の一つだけを消し忘れて、言葉もなく暮れていつた。




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by hannah5 | 2016-06-18 20:56 | 詩のイベント | Comments(0)

日本の詩祭2016 ~起ちあがれ、わがミューズたちよ~   


6月12日(日)、日本現代詩人会主催による日本の詩祭がありました(場所は飯田橋のホテル・メトロポリタンエドモント)。第一部ではH氏賞と現代詩人賞の選考経過報告と賞の贈呈、先達詩人の顕彰で選ばれたお二人の方への記念品贈呈がありました。今年のH氏賞は森本光徳さんの『零余子回報』、現代詩人賞は尾花仙朔さんの『晩鐘』、先達詩人の顕彰は田中清光さんと田村のり子さんが受賞されました。第二部では新倉俊一先生による西脇順三郎についての講演と友部正人さんのフォーク演奏がありました。新倉先生の西脇順三郎の話は大変面白く、機会があれば新倉先生の講義を聴講したいものだと思いました。

【プログラム】

[Ⅰ部]

開会のことば                 理事長    新延拳
★第66回H氏賞贈呈
  選考経過報告               選考委員長  郷原宏
  H氏賞贈呈                 会長      以倉絋平
  受賞詩集『零余子回報』について             白鳥央堂
  受賞のことば                         森本光徳
★第34回現代詩人賞贈呈
  選考経過報告選考委員長                川中子義勝
  現代詩人賞贈呈             会長      以倉絋平
  受賞詩集『晩鐘』について                原田勇男
  受賞のことば                        尾花仙朔
★先達詩人の顕彰
  先達詩人への敬意・記念品贈呈   会長      以倉絋平
  田中清光氏について                   鶴岡善久
  田村のり子氏について                  清岳こう
  先達詩人のことば                     田中清光
                                   田村のり子
★詩の朗読                           森本光徳
                                   尾花仙朔
司会 黒岩隆、斉藤貢、須永紀子

[Ⅱ部]
★講演                              新倉俊一
                                   聞き手 八木幹夫
★フォーク演奏                         友部正人
(敬称略)


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西脇順三郎について講演される新倉俊一先生



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by hannah5 | 2016-06-14 20:46 | 詩のイベント | Comments(0)