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レールの終着点   


ひと山のズボンが改札口から絞り出される

ぐわり
ぐわり

黒々とズボンが歩く
バス停に並び始める
列が出来る
列からこぼれたズボンが
スーパーの向こうの暗がりに吸い込まれる

ひと山のブーツが改札口から絞り出される

くわり
くわり

細々とブーツが現れる
バス停の列に加えられる
列が出来る
列から漏れたブーツが
スーパーの向こうの暗がりに吸い込まれる

タッ タッ タッ タッ タッ

無言の靴音が舗道を鳴らす
ズボンが次々と歩く
ブーツが細々と歩く

タッ タッ タッ タッ タッ

働くために存在する足
歩くために存在する労働

バス停の列が膨れる
暗がりが吸い込む

寡黙なレールから降りる

今日という終着点


(詩と思想7月号 佳作)
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by hannah5 | 2009-06-28 13:56 | 投稿・同人誌など

私の好きな詩・言葉(133) 「百年」 (杉本 真維子)   


百年


しずくの先を
しぼると
引き攣ってくる胸の
芯から
おもいだす

この風は
だれだったろう
澄みきった翌日は
だれかが
息切れのまま風になる
バス停が一本
枯れ木のように
ゆれて

テレビの灯りと
ひくい話声が
漏れてくる部屋で
枕の下には
ふかい
夜の海があった
細いくだで
ふるえている
ひとは泣くことも
できる

わたしたちの雨は
あがる
忘れないように
肌をくるんだ
樹皮がすこしずつ
ほどける


(杉本真維子詩集 『点火期』 より)

ひと言
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by hannah5 | 2009-06-27 23:30 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

詩と思想   


詩と思想7月号2作品ともに佳作でした。
「失敗しない笑い方」(海埜今日子選)
「レールの終着点」(井元霧彦選)

ひたすら前進、がんばりませう。

というより、
あんまり垂直に熱くならない程度に精進します。
です。
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by hannah5 | 2009-06-27 22:43 | 投稿・同人誌など | Comments(0)

眠れない夜に   


ずっとわたしを
見ていてほしかった

忘却のわずかな隙間に潜んでいる
小さな望み

しあわせってなんだろう

魂の一番ふかいところに
火の粉のように降ってきた
混ぜ物なしの直感
わき目もふらずにしっかり握っていれば
どこかでしあわせになれたかもしれない

泥にまみれるのが怖かったのか
心が信じられなかったのか
自分を頼りきることができなかったのか
たぶんどれもが正解で
どれもが当たっていない

死ぬということは
ある日突然
今まで大切にしてきたものが
小枝をぽきりと折るように
わたしの心とは無関係になるということだ
そこから先はいくら考えてみても
思い出のつづきはつくってはくれない

あれからわたしは
折れ曲がったり千切れたり
切り傷をつくったりしながら
あなたの知らない夢をいくつも見てきました

理性とか常識とか世間体とか
そんなものが何になるでしょう

ずっと
ずっと
あなたの心の中で
遊んでいたかった


(抒情文芸131号 佳作)
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by hannah5 | 2009-06-23 13:30 | 投稿・同人誌など

現代詩手帖創刊50周年祭 「これからの詩どうなる」   


6月20日(土)午後12時30分から新宿明治安田生命ホールで、現代詩手帖創刊50周年を祝うイベントがあり、行ってきました。

プログラム

◆第Ⅰ部◆

12.30 開会挨拶 小田久郎
12:40 【対話】 谷川俊太郎+谷川賢作 「詩ってなんだろう」
13:30 【パフォーマンス】 吉増剛造 「gozoCiné、そして」
14:20 【シンポジウムⅠ】 「アジアの詩とは何か」
      辻井喬+高橋睦郎+佐々木幹郎+平田俊子+田原(司会)

15:10-15:30 休憩

◆第Ⅱ部◆

15:30 【講演】 吉本隆明(ききて・瀬尾育生) 「詩論について」
16:30 【シンポジウムⅡ】 「詩の現在をめぐって」
      北川透+藤井貞和+荒川洋治+稲川方人+井坂洋子+松浦寿輝
     +野村喜和夫+城戸朱理+和合亮一(司会)
18:00 【朗読・トーク】
      小池昌代、高貝弘也、田口犬男、小笠原鳥類、蜂飼耳、中尾太一、三角みづ紀
19:30 閉会挨拶

                          ******

7時間半という長丁場のセッションでした。Ⅰ部とⅡ部の間に20分の休憩があっただけで、午後は休憩なしで夜まで続き、結局終わったのは午後8時をまわっていました。

一人一人の言葉にボリュームがあり、すべてを書くことは無理ですが、いくつか興味のある言葉を拾いましたので、ここに記しておきます。(敬称略)

◇谷川俊太郎

終始一貫して詩に疑いをもっていたが、今は自分の要領が大きくなったので詩を書くのが楽しい。
これからの詩がどうなるか、詩人には答えられない。
世界は言語と存在とに分けられる。
詩は言語であり、肉体は存在である。
言葉は存在にあこがれ、肉体は言葉にならない。
音楽は存在の側にある。
世界はビックバンで始まっているから、肉体には意味がない。

● 吉本隆明の「詩論について」

詩を書き始めた頃、教科書を立てて、詩を書いていることを隠して詩を書いた。
高村光太郎など、敬意を表している詩人の詩を模倣してその詩人の書き方を覚えこんだ。
毎日少しずつ詩を書いていくうちに、自分らしい詩が書けるようになった。
詩を文学にしたいと思うようになった。
言語芸術/芸術言語について。
-芸術という考え方を拡張していけば、文学とは違う言語の芸術が無限に広がるのではないか。
-人間として生きる固有の何かが開拓できるのではないか。

● 田原の「アジアの現代詩はこれからどうなると思うか」という問いに対して。

◇佐々木幹郎

縦書きと横書きについて。
現代の中国語はすべて横書き、簡略体で書かれている。
古典さえも横書き、簡略体で書かれているので驚いた。
若い中国人は古い漢字が読めない。したがって、漢字で書かれた古典が読めない。
日本語も横書きがふえているが、日本の詩歌を横書きにしていいのか。
中国は1945年以前は縦書きだった。

◇平田俊子

最初、中国語に翻訳されて横書きに書かれた自分の詩を見て、行儀が悪いように思えた。
(日本の)若い人は横書きに抵抗がないのではないか。
最近は横書きにショックを受けるのは繊細すぎるのではないかと思うようになった。

◇辻井喬

アジアの詩は動いていると感じている。
アジアには歴史に向かって心を開いている詩人がいる。
日本には歴史に向かって心を開いている詩人、すなわち挫折を味わった詩人がいるのを感じない。

◇田原

中国の詩人は年を取れば取るほど、詩が書けなくなる。
日本の詩人は年を取れば取るほど、良い詩を書くようになる。

● 和合亮一の「詩についてどんなことを思っているか」の問いに対して。

◇北川透

「これからの詩どうなる」のタイトルには希望が込められていないように思う。
10年たったら詩はなくなってしまうのではないか。
詩の孤立について。
-詩の言語は目に見える相手ではなく、目に見えない相手に届く
-詩の言語の生命力が自分に乗り移ってくる
-孤立は恐れるに足りない
-詩の言語は擁護されるべきである

◇藤井貞和

ポストモダンが終結し、ポストモダンに取って代わるものが見えない。
ぽっかりと穴のあいた90年代。
思想家がやらないのなら、詩の言葉がやるべきである。

◇荒川洋治

詩の世界が元気で活発にやってくれればいい。
詩の世界がガヤガヤやるといい。
いろいろな詩論があっていい。
詩論の書き方に疑問をもっている。
戦後の文壇は閉鎖的だが、豊穣で独自の実がある。

◇稲川方人

詩的言語は現実世界への抵抗、脅威としてある。
詩的感性には悲しみが露呈している。
詩は不安を引き受けなければならない。

◇井坂洋子

1968年の「詩に何ができるか」に出席した(学生運動の盛んな頃)。
富岡多恵子の「詩人は革命を起こさなければならない」という言葉と、天沢退二郎の「詩人は詩を書かない人に向かって書かなければならない」という言葉が印象に残っている。
詩人は外の世界に向き合っていない。
ということは、詩は柔らかくて壊れやすいものなのか。
良い仕事をしている女性の書き手が増えている。

◇松浦寿輝

詩と散文を対比。詩は凝縮である。
すぐれた詩にはひとつの世界が立ち表れている(ひとつの世界が凝縮されている)。
誰かに読まれなければ、そこに立ち表れた世界は広がらない。
誰かに送り届けられた手紙があるとして、詩は切手のようなもの。詩を読む行為は、封筒をあけて中を読む行為である。
お金を払って切手を買い、切手を貼るのは信頼の行為である。

◇城戸朱理

日々私たちが読むものは99.9%が散文。
50年代~60年代に前衛短歌・俳句が出た。
特定の年代はないが、私たちの書く詩は前衛詩だったのではないか。
ゼロ年代の詩人たちは「希望」を語らなくなっている。

◇野村喜和夫

詩的言語は見直さなければならないのではないか。
詩的言語はここ20年くらいの間に変容したのではないか。

◇稲川方人

敵対すべきは敵対し、解体すべきは解体し、批評すべきは批評する意志をもつ詩人が一人でもいれば、詩は続いていく

◇井坂洋子

詩人格というのがあると思う。
詩は次の世代のための言葉であるかもしれない。
詩はたくさん読んでも取りすぎ感がない。
詩は清潔である。

◇荒川洋治

文章の99.9%は散文であり、散文の中で暮らす率が高くなっている。
散文は人工的に作られた言語、異常な言語である。
散文は身を屈めて表面的に社会に合わせた言葉。
詩は個人の内発的なもの、個人を守り残そうとするものである。
詩の言語は私たちの近くにある。
書きたい詩、書くべき詩を書き、詩の魅力を示すべきである。

◇城戸朱理

金子光晴の言葉を引用-「個人個人の革命が必要」「流されない個人の確立が必要」
散文は約束された言葉である。
詩は世界と契約を結び直して、読者が自分の世界を建て直す助けをする。

● 和合亮一の「現代詩手帖50年を振り返って、詩はどうなると思うか」の問いに対して。

◇北川透

「今どうしたらいいか」が詩の未来に反映する。
詩は散文の法則に則っていない。
詩の言語は定型の意識から逸脱している。
詩の言語は金銭に背いている。
詩は伝統からはずれている。
宗教詩人、道徳詩人は成り立たない。
自由詩は一見弱そうで、裸であるが、言語がノイズに近いほど遠くに届くことがありうる。
詩はすべてから自由であり、すべてから自由ではない。
詩が自由になるためには、包囲しているものを読み込む必要がある。
散文、権力、国家をどれくらい読み込めるかが問題であり、読み込んでからでないと詩は自由にならないし、豊かになれない。

◇小田久郎

詩は常に未知の世界への越境である。
後退は許されない。


                           ******

詳細はいずれ現代詩手帖に掲載されると思うので、そちらをご覧ください。
ここで書いたのは、あくまでも私のメモ書きです。
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by hannah5 | 2009-06-22 00:41 | 詩のイベント | Comments(9)

呼吸   


息をするのがひさしぶり
みたいな感じで息を吸いこむ
胸の奥で硬くなっていた空気が
ゴムまりのようにふくらむ
ひび割れた感触が
つ、
と広がった

同じ方向に回転する日々があり
回転速度に合わせてなんとか乗れた日は
神経を逆なでしないように
息をこらしてじっと回転している
初めはばらばらになりそうだった細胞たちが
やがて上手に整列して
回転している日々に乗れるようになり
流れていく一部になる
流れていく細胞たちの群落が
今日の表面に浮かんでこないように
我を忘れて流れていく
(今日を見つけないように)
(今日に見つからないように)

冬の午後のゆるんだ空の下

陽にあたる細胞たちの流れが緩慢になる
眠気が紡ぎだされてあたたまったころ
深く息を吸いこむ細胞があり
ふ、と、
流れることを忘れて歩きだす 立ち止まる

欠伸をひとつ
 ひとつ
  ひとつ
   ひとつ
    ひとつ
     ひとつ

次々に共鳴していく欠伸のいちばん奥ふかくで
息をするのは久しぶり

みたいな


(詩と思想 6月入選・佳作)
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by hannah5 | 2009-06-20 13:53 | 投稿・同人誌など

こんな日。   





世界のどこにも
自分の涙を落とす場所が
見つからないとき。
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by hannah5 | 2009-06-18 14:44 | ご挨拶

現代詩の合評会 ~ みんなで読み解きをしてみよう その2   


6月14日(日)、秩父のポエトリーカフェ武甲書店で、現代詩の合評会がありました。講師は光富いくやさん。

合評会のメニューは前回のように秩父市内の散策は含まず、坂本さんご夫妻の手料理の昼食からスタートしました。昼食後に始められた合評会は初めに現代詩の読み解きがあり、その後、参加者の作品の合評会が行われました。参加者は8名でした。

メニューA: 現代詩の読み解き

あらかじめ講師の光富さんが用意した作品を、光富さん自身が朗読した後、解説を加え、参加者が自由に意見や感想を述べ合いました。作品は前田利夫さんの「蒼い微光」(『虚空に繁る木の歌』所収)と高岡力さんの「構造」(『新型』所収)を読み解きました(『虚空に繁る木の歌』と『新型』は詩と思想の「現代詩の新鋭シリーズ」です)。どちらも何ともいえない喪失感のようなものがあって、なかなか読み応えのある作品でした。(高岡力さんの『新型』は中原中也賞候補になりました。)

メニューB: 参加者の作品の合評会

現代詩の読み解きの後は、参加者の作品8篇の合評会でした。初めに参加者が自分の作品を朗読、その後光富さんが作品の解説と感想を述べ、それから参加者が自由に意見を述べ合いました。作品はしたらきよしさんの「少年時代」、はんなの「集約」、今井多紀子さんの「豊穣」、さとう真生さんの作品3編(3編とも無題)、石川厚志さんの「あなたが望む機械は動く」でした。

合評会の後しばらく、詩とは何か、どのように詩を書けばよいかなど、一人一人が詩を書きながらふだん悩んだり感じたりしていることを率直に述べ合いました。

                          ****************************

合評会に参加するたびに、詩や詩作について新しい発見があります。また詩を書き始めた方たちの迷いや悩みを聞きながら、自分も同じように悩んだり迷ったりしながら今日まで書いてきたことを思っていました。私の他にも前回に引き続いて参加された方が2名あり、その時の作品を思い出しながら、作品から感じられる作者の人となりをもう少し深く知ることができたこともよかったと思います。

講師の光富さん、武甲書店の坂本さんご夫妻、参加者の皆様、おつかれさまでした。楽しかったです。

光冨(みつとみ)いくやさんのプロフィール
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by hannah5 | 2009-06-14 23:30 | 詩のイベント | Comments(2)

あんど出版トークイベント「詩を書く若い人のために」   


今日は午後からあんど出版主催のトークイベントがありました。出演は三角みづ紀さんと杉本真維子さん、司会はあんど出版の森川雅美さん。場所は文京区白山にある白山ジャズ喫茶「映画館」という所でした。

ジャズ喫茶「映画館」はふだんジャズも聴けるし、映画も上映するそうですが、店内は古い映写機(映画を上映する時に使用)や時代物のレジ(アメリカ製のでっかいレジで、今も使っているそうです。レジをあけるとチャリン!という昔のレジの音がしました。修理に出すと3万円もかかるそうで、滅多に修理に出せないと店長さんがおっしゃってました)、古い足踏みミシンを改造したテーブル、ドーナツ盤のレコード等々、アンティークな品物がたくさんあって、ここでコーヒーを飲みながらジャズを聴いたり映画を観たりしたらさぞ雰囲気があるだろうなと思いました。

三角みづ紀さんと杉本真維子さんのトークから、印象に残ったお話を少し。(敬称略)

作品を推敲するか。
三角みづ紀: 作品は一気に書き、推敲しない。書き上げた後は見ない。
杉本真維子: 心の溝にきちんとはまるように、かなり推敲する。婦人公論に投稿していた頃、作品がかなり長く、評者の井坂洋子さんに言葉を刈り込むように言われたため、以後、なるべく言葉を刈り込み、少ない言葉で書くようにしている。

詩を書き始めた時に他者をどう意識していたか。
三角みづ紀: 意識していなかった。「新世界」を書いた頃、他者を意識した。同時代の読者を意識しない。
杉本真維子: 目に見える具体的な他者はいなかったが、自分の中に他者がいた。誰かに向けて書いたことはなく、自分の中の他者を意識して書いている。

自分が書いた詩はいとしいか。
三角みづ紀: 書き上がった瞬間はいとしいかもしれないが、あとから読み返してみるといとしくない。その時の感情が思い起こされるといとしい。
杉本真維子: 自分の詩はいとしいが、心の溝にぴったりはまった詩でない時はいとしくない。

その他
三角みづ紀: 毎日誰かに会っている。人間は共有できないから好き。動物は興味ない。植物は無愛想なので好き。裏表のない人が好き。語らない人が好き。
杉本真維子: 動物が好き(犬と猫を飼っている)。自分とは遠い場所、違和感があり、矛盾するものの中で生活してきた。詩と関係のない所で詩ができる。違和感のある矛盾する場所だと、個性がこすられて作品が書ける。自己愛を肯定する(誰でも自己愛があるから)。

詩の書き方も生き方も嗜好も交差するところがほとんどなくて、まったく対照的な2人ですが、三角みづ紀さんも杉本真維子さんも生き生きとしていて、美しい人魚のようだと思いました。

今、もしかしたら男性詩人よりも女性詩人の方が面白いという印象があって、同じような感想を、偶然真向かいに座っていらした岩切正一郎さん(フランス文学者で詩人)も述べていらっしゃいました。(もちろん、男性詩人の中にも面白い方はいらっしゃいます。念のため。)

三角さんも杉本さんもお疲れさまでした。
楽しかったです。
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by hannah5 | 2009-06-13 22:09 | 詩のイベント | Comments(0)

6月4日午前0時30分   



(上のが消されてしまったので、代わりにこちらを置いておきます。
こちらの方が若いときのえいちゃんですね。7/21)



6月4日午前0時30分、父が亡くなりました。
直前まで聴いていました。
弟から電話を受け取ったとき、ちょうどダイヤモンドの雨のあたりだったと思います。

たぶん、ずっと忘れない。
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by hannah5 | 2009-06-10 23:35 | ご挨拶