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日本の詩を読む IV   


7月29日(金)は「日本の詩を読む」シリーズIVの5回目、1990年代の詩人たちについての講義でした。

現代に近づいてきて、私にとっては古典や近代より馴染みのある詩人たちが多い現代詩の世界ですが、誰を読むのかと思って楽しみにしていたら、なんと城戸朱理さん(「非鉄」)、小池昌代さん(「空豆がのこる」)、野村喜和夫さん(「デジャヴュ街道」)の作品を読んだので、私にとっては嬉しい講義でした。

吉岡実に私淑していたという城戸朱理さんですが、城戸さんの「非鉄」と吉岡実の「青海波」を比較検討、小池昌代さんの「空豆がのこる」は伊藤比呂美さんの「歪ませないように」の“盗作”と訴えられたということで、こちらも比較検討、野村さんの「デジャヴュ街道」は野村さん自ら解説され、受講生全員から活発な意見や感想が述べられ、いつもより濃い講義になりました。

8月5日(金)は最終回の講義で、ゼロ年代の詩人たちに焦点を当てて読みます。
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by hannah5 | 2011-07-30 18:53 | 詩のイベント | Comments(0)

日本の詩を読む IV   


7月22日(金)の「日本の詩を読む」は1980年代の詩人たちに焦点を当てました。

70年代までと80年代に入ってからでははっきりとした違いがあること、70年代まではいわゆる言語の時代で、発信者はある意味特権的なエリートであり、一部の知的エリートが発信する文化を多くの受信者が享受していたこと、発信者と受信者の間にはヒエラルキーが存在していたこと、「教養」が重みをもっていたこと、しかし、80年代に入り、情報が重要になり(情報社会の始まり)、発信者と受信者は「ぼく」「私」など個人として等価になったこと、教養より「知」が重んじられるようになったこと、80年代の終わりにバブルが崩壊したこと、また、80年代の詩人のグループとして「麒麟」(松浦寿輝、朝吹亮二、吉田文憲、松本邦吉、林浩平)と「菊屋」(瀬尾育生、北川透)が創刊されたこと、伊藤比呂美や井坂洋子に代表される「女性詩」の登場など、時代感覚や言語感覚がより一層現代に近く、興味深い講義でした。読んだ詩人と作品は藤井貞和の「哀傷」、「石語」、井坂洋子の「朝礼」、「GIGI」、松浦寿輝の「不寝番」でした。

次回は7月29日(金)、読むのは1990年代の詩人たちです。
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by hannah5 | 2011-07-23 17:21 | 詩のイベント | Comments(0)

あわい   

 
 布団の中でぼんやりと暖かさにくるまりながら空洞のような不安定が徐々に膨らんでいくのを見ている 薄ら寒い期待と不安 膨らみは一層増して見上げればわたしの頭上を乳白色の雲が覆っている 雲を突き抜けることができれば前に進める 突き抜けることができなければ冬に逆戻りするのだと布団の中でなんとなく思っている 
 (でもそれは憂鬱な予測)
 何度もつまずいては転んだけれどそれでもなんとか起き上がってこられたから今さら冬に逆戻りすることなど考えるのも馬鹿げている 冬の次は春が来る 暦の上でも季節の上でも 逆戻りすることができるのは壊れた時計だけだ
 首の長いバネの猫の時計 買ってから半年もたたないうちに秒針がイカレテしまった 六時三十分からなんとか六時四十五分まで上がった途端に一気に六時三十分に戻る そこからまた六時四十五分目指して上がろうとして上がった途端にストンと落ちる かわいい猫の時計だからまだ許せるけど
 考え事をしているうちに眠ってしまった 長針と短針がストンストンと落ちる夢を見た
 現実感のない空気のような落下 不安も期待もどこか遠い国の出来事のようで痛みを感じない 胸の中が膨らんでやわらかいものに触れる 奥の方に棲んでいた不安がもそもそと立ち上がる 出て行きそうな気配だ 戸口まで行くとふと立ち止まって振り返る
 (現実の世界が笑ってしまうくらい夢の中って痛くないんだよね)

(階音8号掲載)
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by hannah5 | 2011-07-20 00:41 | 投稿・同人誌など

Full Life Study Bible   


Full Life Study Bibleという聖書の注解書の翻訳が始まってからしばらく経ちますが、今回の私の担当はマタイの福音書のStudy Notes(注解)とHeadings(梗概)でした。依頼を受けたのが去年の10月。12週間で完成させてくださいという依頼でしたが、さまざまな雑用に阻まれてなかなか進まず、1月の終わり頃には出せますが2月になり、5月の終わり頃にはがたぶん6月初めにはなんとかとなり、このままではいつ終わるかわからない、アメリカからの版権の期限はたしか3年だからもうそろそろ出さないと全体の予定が大幅に遅れるぞ・・・と、最後は朝までの徹夜が数日という美貌の維持には困難な状況の中で、今日やっと全部提出することができました。ハレルヤ!あとは編集の先生方が言葉の不揃いな所を訂正したり、全体の校正をしたりしてくださって(そちらの方が私よりはるかに大変です)、印刷に回します。本当はもうそろそろ新約聖書に入っていないといけないのに、翻訳に携わる先生方(牧師がほとんどです)は超多忙の方が多いため、今のところまだゼパニア書(旧訳)だそうです。

なぜかこの翻訳作業は非常に苦しかったです。1週間に1章しか訳せない日もずいぶんありました。翻訳者としての名前は出ませんが、この聖書が出たら日本で初めてのペンテコステ系の聖書ということになり、苦しかったけれど翻訳作業の一旦を担わせていただいた幸せを感じます。

長かった翻訳がやっと終わったので、これから長いこと放置してあった部屋の掃除をします(たぶん明日かあさって)。あとはおいしい物でも食べて、読みたい本もたくさんあるし、それから、しばらく遊んでやってなかったみーにゃとぎゃんぎゃんと遊ぶことにします(^^)/

Congratulations to me!

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追伸(7/13)-その後担当者から連絡があり、引き続き翻訳スケジュールを送ってくれるそうで、しばらくFull Life Study Bible の翻訳は続きそうです。マタイの福音書がかなりしんどかったので、せめて今月いっぱいは翻訳はお休みしたいところですが、さてどうなることやら。あまりに暑くて掃除もだれ気味。このままクーラーの利いた部屋で本でも読んでじっとしていたい気分です。暑い夏は思考停止、身体衰弱、上の血圧が100あるかないかの私にとっては、酷暑はひたすらじっとして耐えるしかないです。
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by hannah5 | 2011-07-12 12:42 | イエス・キリスト | Comments(0)

日本の詩を読む IV   


7月8日(金)は「日本の詩を読む」シリーズIVの講義でした。3回目のこの日は「1970年代の詩人たち」、読んだ詩人たちは粕谷栄市(「水仙」「「世界の構造」」「悪霊」)、辻征夫(「春の問題」「落日-対話篇」)でした。(6月24日は野村さんがベネズエラの詩祭に参加されるということで、休講になりました。詩祭の様子は野村さんのブログpoesieに掲載されています。)

この2人の中で、どちらかというと粕谷栄市の作品に惹かれました。R. ブリュット(outsider art)に関心を寄せているという粕谷栄市の作品は、野村さんの言葉を引用させていただくと、「真に孤高の詩人・・・みずから生み出したところの、独特のリズムと統治をもつ散文詩型を唯一の形式として遵守し、そこに反世界ともいうべき幻想的な生のリアリティーを盛り込みつづける」(『戦後名詩選II』、「粕谷栄市」)ということになるのでしょうが、実際に読んだ作品の印象は美しく妖しく危うく、一度踏み込んだら最後、正常な状態では2度と戻って来られない世界が描かれているように思いました。青白い空気、他者不在、正常の仮面をつけた狂気-「水仙」を読んだ印象です。


                          *****


水仙


 私以外には、誰も知らない。遥かに、夥しい水仙の咲くところを、私は知っている。無数の水仙が、常に咲き乱れる、恐怖のようなところだ。
 湿原と呼ぶのであろう。暗く、寒く、絶えて人々はやって来ない。しかし、花々は、限りなく闇を彩る。微風が吹くと、絶叫のような美しさが、一齊に翻る。
 僅かに、偽りの暗示のように、白い月と断崖のみが、うっすらと見えるのだ。
 或いは、生まれる以前、私は、そこに立っていたのかも知れぬ。私の肉体は無能だったが、同じものを、何度か、私はどこかで見た記憶がある。病気のような高熱のなかで、私の知る全ての都市の窓に、そして、全ての人人の顔に、私は、それが映っていたと思うのだ。
 全ての葉は、天を指し、目を瞑ると、どの水仙も、私より巨大である。死と快楽が、同時に、ひとつの月であり、不安と歓喜が、同時に、一本の縄である事実を、そこにいると、私は感じるのだ。
 その煌く露のようなものを、妻にだけ、私は、秘かに教えた。睡っている彼女を抱いて、私は、そこに行く。そこでは、私も妻も、そのまま水仙で、永遠に、無名の夜に所属できるのだ。
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by hannah5 | 2011-07-11 13:40 | 詩のイベント | Comments(0)

このくそ暑いのに   


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どこもかしこも暑い空気がもや~っと覆っているのに、わざわざ日向で寝るみけちゃん。これはいったいなんにゃのか。猫はよくわかりませんな。で、この子はいたって元気。あっついお外でぐぅぐぅ寝るし、蚊に刺されても平気だし、ごはんはよく食べるし。暑くなると食欲減退するみーにゃとは大違いです。(みーにゃはね、ほんと食べなくなるんですよ。心配して、いつもカリカリフードを手で掬って口元まで持っていってやると、やっとなんとかポリポリ食べます。)野良猫はやっぱり強いですね。

きのうと今日はみけちゃんの2匹の夫zの去勢手術の日でした。(正確には1匹は明日。)捕獲は比較的簡単で、大きめのネズミ捕りみたいな捕獲器でつかまえます。中に仕掛けた好い匂いのエサにつられて中に入った途端に入り口がバタン!と閉まる仕組み。びっくりした猫は中で暴れますが、すかさず覆いのきれを被せると静かになります。それを動物病院まで運んで手術してもらいます。それにしても、きのう手術した夫No.1(白に黒の斑点のどろ~んとした猫)は体中ノミだらけ、目は結膜炎だし、口の中はひどい歯周病、猫風が治らないまま生活しているので青汁の鼻水が止まらず、回虫もけっこうたくさん持っているみたいです。ぞっとするくらい体中蝕まれていて、もっと早く助けられていたらこんなに病気やら虫やらに襲われなくてもすんだだろうに。。。とちょっと不憫になりました。

この捕獲を指導してお手伝いくださったのがSLPという野良猫ボランテイア。猫についていろいろ教えていただきました。
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by hannah5 | 2011-07-07 21:49 | 猫かわいがり | Comments(0)

かげろう   


ため息をひとつ
目の前に小さく落としてその先をじっと見つめる
ため息はいくつもの気泡となって
やがて薄くなり始めた表面がくるりくるりと向きを変え
ついにはぽつぽつと穴があいて風通しがよくなる頃
ひっそりと消え入るように溶けていく

風をまたいで歩いていた足が
速度をゆるめ始める
何かを思い出したようにふと立ち止まる
うしろを振り返り
眉間に小さな皺をいくつも寄せ
それから前を向いてふたたび歩き始める
通り過ぎていく風景の中に皺をひとつずつ落としていく
最後の皺を落とすころには
うしろにあったものは霧のように薄くまばらになっていて
やがてそれらもぼんやりと消えていく

始まりをいくら捜しても見つけることができない
二、三日前通った時にはたしかにあったはずなのに
どこかに紛れてしまったか
ぼんやりと消えてしまったか

解決策は霧のようにあいまいなまま
ゆっくりと先へ行く

小さいころからいつも触ってきた街の匂いと音
季節の変わり目ごとに拾い集めた約束のことば
地中深くに突き立てた流れ星
それぞれがかげろうのようにぼんやりと立ち上がり
時間の裏側へ落ちていく

歩いた後から足跡が消える
積み上げた思い出がひとつずつ砕けていく

扉を小さく開いてきれいな色とりどりの石を
わたしの手の中に置いてくれた
わたしは手を握りしめて石の感触を確かめたかった

握りしめた手の中で石が消えていた

(新現代詩13号掲載)
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by hannah5 | 2011-07-04 15:22 | 投稿・同人誌など

新現代詩合評会   


7月3日午後1時半から新現代詩13号の合評会がありました(場所は内神田の文藝学校)。出席者は中川敏、川原よしひさ、松本恭輔、宗美津子、工藤富貴子、市川つた、中原かな、富永たか子、みやざきことよ、はんなでした(敬称略)。

それにしても、一つの作品を真面目に書こうとすると、ぼんやりとした日常の灰汁やら霞だけ書いていたのでは読み応えのある作品は書けないのだと思ったのが、中川敏さんの「琵琶童子」が読まれた時でした。1ページ上下段組みで4ページある作品は、徹夜続きのくたびれた頭では平家物語や鴨長明を読み込んで書かれたであろう作品は頭上を滑っていくばかりで、私の番にまわってきた時、評を言うことすらできませんでした。(それにしても平家物語も鴨長明も、いつ読んだか記憶に定かでないほど遠ざかってしまいましたが。)

この合評会の模様は詩と思想10月号に掲載される予定です。
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by hannah5 | 2011-07-04 15:17 | 投稿・同人誌など | Comments(0)