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中村梨々さんの詩集   



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中村梨々さんが第一詩集『たくさんの窓から手を振る』(ふらんす堂)を出されました。詩集の装丁といい、添えられたポストカードといい、川口晴美さんと杉本真維子さんが言葉を寄せられた栞といい、出版社といい、どこを取ってもとてもりりさんらしい詩集です。届いたばかりでまだ読んでいませんが、今からどきどきしています。(本当はきちんと作品を読んでからご紹介するべきですが、とても素敵な詩集なので先にご紹介することにしました。)

りりさんの詩集が出るのを心待ちにしていました。りりさん、詩集出版おめでとう!

中村梨々さんのブログ: nasi-no-hibi
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by hannah5 | 2012-05-26 20:02 | 詩のイベント | Comments(2)

日本の詩を読む VII その4   


5月21日(月)は「日本の詩を読む」の4回目の講義がありました(講師は野村喜和夫さん、教室は池袋の淑徳大学サテライトキャンパス)。今回は「詩人の変容」と題して、萩原朔太郎と西脇順三郎がそれまでのスタイルをまったく変えてしまったこと、いわゆるターニング・ポイントとなった作品とその背景、第三者からの批判などを学びました。読んだ作品は萩原朔太郎の 『氷島』 から「漂白者の歌」と自序、西脇順三郎の 『旅人かへらず』 から5篇の作品とはしがきでした。(現代では行われていませんが、昔の詩集には詩集の冒頭に「自序」を入れることが多かったそうです。朔太郎の自序と西脇のはしがきはともに両者の変化を知る上で興味深いものです。)

日本で初めての口語自由詩の確立者として評価を得ていた萩原朔太郎は、後年伝統的詩歌に傾倒し、それまでの口語自由詩から漢語を中心とした漢文訓読調による作品へと変化していきます。しかし、朔太郎の一番弟子だった三好達治は、この漢文調の文語は文法が正しくないとして猛烈に批判をします。那珂太郎からも批判が出るなど、詩人の世界では批判が続出しました。しかし、芥川龍之介や寺田透など、詩以外の世界では絶賛を受けるなど、大変好意的に受け入れられたようです。

戦争期をいかに過ごしたか。戦前から戦中戦後へと時代が変わり、それまで西洋崇拝一辺倒だった詩人たちが、ある者は戦争協力詩へ、またある者は反戦詩へと移る中、西脇順三郎は沈黙を通しました。そして、戦時中に育んだものを10年近くかけて準備、『旅人かへらず』を発表しましした。しかし、この詩集は西脇の一番弟子だった北園克衛が批判、西脇を「風邪を引いた牧人」であるとまで言わせました。



                                *****


漂白者の歌

       萩原朔太郎


日は斷崖の上に登り
憂ひは陸橋の下を低く歩めり。
無限に遠き空の彼方
續ける鐵路の柵の背後(うしろ)に
一つの寂しき影は漂ふ。

ああ汝 漂白者!
過去より來りて未來を過ぎ
久遠の郷愁を追ひ行くもの。
いかなれば蹌爾として
時計の如くに憂ひ步むぞ。
石もて蛇を殺すごとく
一つの輪廻を斷絶して
意志なき寂寥を踏み切れかし。

ああ 惡魔よりも孤獨にして
汝は氷霜の冬に耐へたるかな!
かつて何物をも信ずることなく
汝の信ずるところに憤怒を知れり。
かつて欲情の否定を知らず
汝の欲情するものを彈劾せり。
いかなればまた愁ひ疲れて
やさしく抱かれ接吻(きす)する者の家に歸らん。
かつて何物をも汝は愛せず
何物もまたかつて汝を愛せざるべし。

ああ汝 寂寥の人
悲しき落日の坂を登りて
意志なき斷崖を漂白(さまよ)ひ行けど
いづこに家郷はあらざるべし。
汝の家郷はあらざるべし!





旅人かへらず

       西脇順三郎




旅人は待てよ
このかすかな泉に
舌を濡らす前に
考へよ人生の旅人
汝もまた岩間からしみ出た
水霊にすぎない
この考へる水も永劫には流れない
永劫の或時にひからびる
ああかけすが鳴いてやかましい
時々この水の中から
花をかざした幻影の人が出る
永遠の生命を求めるは夢
流れ去る生命のせせらぎに
思ひを捨て遂に
永劫の断崖より落ちて
消え失せんと望むはうつつ
さう言ふはこの幻影の河童
村や町へ水から出て遊びに来る
浮雲の影に水草ののびる頃




窓に
うす明りのつく
人の世の淋しき




自然の世の淋しき
睡眠の淋しき




かたい庭




やぶからし
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by hannah5 | 2012-05-22 16:54 | 詩のイベント | Comments(0)

さくら散る   


いつまでも
いつまでも花が散る
肩の上に
頬に
風に流されていく花びらの記憶の中に

歩いてみる
うす桃いろの花びらが
ぽってりと息苦しく重なり合う下を
どこまでも
どこまでもこれが最後というふうに

降り落ちる花びらを
しずかに
しずかに掬っては風に流し
その先に
小さな刻印を押してみる

小さな隔たりが
無言の言葉を風の中に舞いあげ
川面を見つめていた後ろ姿の向こう側に
落ちていく

途切れ途切れに
話が送り出され
このままずっと ひらひらと
漂い 流れ



(最初に書いた「さくら散る」です。)
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by hannah5 | 2012-05-16 16:24 | 作品(2009~)

日本の詩を読む VII その3   


5月7日(月)は「日本の詩を読む」の講義の日でした。今回取り上げている詩人は萩原朔太郎と西脇順三郎で、7日は萩原朔太郎と西脇順三郎がお互いをどう見ていたか、二人のエッセイからそれを探りました。

西脇順三郎は萩原朔太郎より8歳年下で、西脇にとって朔太郎は先輩詩人に当たります。西脇は朔太郎を先生とかMaisterなどと呼んで敬意を評していたようですが(「MAISTER 萩原と僕 朔太郎からの出発」、『椎の木』(1937.2))、朔太郎は西脇の実力を認めこそすれ、かなり辛辣に西脇批判を繰り広げました(「西脇順三郎氏の詩論 純正詩論とソフィスト的詩論」、『詩人の使命』(1937.3))。朔太郎の西脇批判は辛辣といえば辛辣ですが、朔太郎ほどの人がこれだけ大真面目に批判を展開した背景には、朔太郎自身、西脇派の春山行夫からかなりの批判を受けたことがあったようです。今なら、これほど生な批判をするだろうか、仮にこういう批判をしたとして、批判された相手は果たしてどのような受け取り方をするだろうか。現代はあまりひどい批判はしなくなっているのではないかという気がします。

読んだ詩は萩原朔太郎の「荒寥地方」、西脇順三郎の「旅人」でした。



                              *****



荒寥地方

      萩原朔太郎


散歩者のうろうろと歩いてゐる
十八世紀頃の物さびしい裏街の通りがあるではないか
青や赤や黄色の旗がびらびらして
むかしの出窓に鐵葉(ぶりき)の帽子が飾ってある。
どうしてこんな情感のふかい市街があるのだらう!
日時計の時刻はとまり
どこに買物をする店や市場もありはしない。
古い砲弾の破片(かけ)などが掘り出されて
それが要塞區域の砂の中で まっくろに錆ついてゐたではないか。
どうすれば好いのか知らない
かうして人間どもの生活する 荒寥の地方ばかりを歩いてゐよう。
年をとった婦人のすがたは
家鴨(あひる)や鶏(にわとり)によく似てゐて
網膜の映るとろこに真紅(しんく)の布(きれ)がひらひらする。
なんたるかなしげな黄昏だらう!
象のやうなものが群がつてゐて
郵便局の前をあちこちと彷徨してゐる。
「ああどこに 私の音づれの手紙を書かう!」





旅人

      西脇順三郎


汝カンシャクもちの旅人よ
汝の糞は流れて、ヒベルニヤの海
北海、アトランチス、地中海を汚した
汝は汝の村へ帰れ
郷里の崖を祝福せよ
その裸の土は汝の夜明だ
あけびの実は汝の霊魂の如く
夏中ぶらさがつてゐる
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by hannah5 | 2012-05-11 14:44 | 詩のイベント | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(149) 「一枚の写真」 (島田 奈都子)   


一枚の写真


別れて 暮らしはじめた部屋が
やっと落ち付き始めたとき
アルバムをなにげなく手にとると
一枚の写真が はらり と落ちる

貧しき ひかり 降る 日々
赤ちゃんの服は
町外れの小さなリサイクルショップで買い

小さな旅行と言えば
中古車に乗って
犀川の河川敷まで出かけていった
目元がどちらに似ているか議論しながら

赤ちゃんを抱きかかえ
川風に吹かれながら
わたしたちは家族という形をした
石ころのひとつだった

ぼんやりとしているうちに
外は雨が降りはじめた
あの日の 川がすぐ近くを流れていくみたいに思え
一枚の写真を飽きずに眺めている
激しく過ぎた争いの毎日
身を縮めて 耳を塞いでいる子どもの
まるまった輪郭が
しずかな部屋にいつも 影を落とした

ふっくらと太った赤ちゃん
つつましい身なりのわたしたちの笑顔に
木漏れ日が燦燦とふりそそいでいた
  何見ているの?

夫ゆずりの 細い目をした子供が
傍らで覗き込んできた
一枚の写真が
忘れかけた初夏の木洩れ陽で
夕暮れの部屋をいっぱいに照らす


(島田奈都子詩集『恥部』 より)



ひと言


笑顔をつくり、日々の雑用を片付け、時間が来れば食事の支度をし、やがて休む。その繰り返しの中で、もう当分癒えないだろうと思っていた傷は笑顔の後ろに隠し、そこに傷のあることは知っていても思い出すこともやめてしまっていた。けれど、時には傷を振り返り、傷があった時の柔らかな感触にもう一度触れることも必要かもしれない。哀しみは時間とともに薄れて小さくなっていくような気がしているけれど、本当は記憶の中で癒えずに永遠に残っているのかもしれない。

島田奈都子さんの詩集 『恥部』 を読んだ。さっさと読み急ぎそうになる言葉の前で立ち止まり、何度か読み返すうちに、日常の生活の中に埋没させていた傷みが徐々に浮かび上がってくる。あの時、どんなふうに傷の中でもがいていたか、どんなふうに息をこらして歩いていたか、どんなふうに懸命に傷みに鈍感になろうとしていたか、どんなふうに傷つけた相手のすべてを記憶から消し去ろうとしていたか。薄皮を剥ぐように、それらが私の前にゆっくりと立ち現れてくる。「一枚の写真」を読んだ時、あ、と思った。出会い、結婚、慣れない土地での生活、馴染めない土地柄、出産、健康な赤ちゃんの悦びと病んでいく心、子育て、離婚、一人で生活を支える-それらがぼんやりと浮かび上がってくる。そこから詩集の冒頭に置かれている「恥部」に戻った時、初めてこの詩集の核心に触れたと思った。「ははの恥部 を 見た とき/原生林のねっきをかんじた」で始まるこの作品は、一人の人間の生命力と、同時に太古から現在まで連綿と続いてきた生命の営みを感じさせる。母の恥部を見た時の原生林のような熱気-胎児がへその緒を通して母親と繋がっているように、現在の自分が太古の人類まで繋がっている。この詩集を読みながら、私の中で、日々の平坦な営みを押しのけ、言葉が静かに立ち上がるのを感じた。

著者プロフィール
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by hannah5 | 2012-05-07 15:34 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(2)

詩画展   


4月30日から横浜で詩画展が始まりました。


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私の作品「さくら散る」は中村温子さんの「花のかげ」という素敵な作品とコラボされていました。両者の内容はまったく違いますが、中村温子さんの絵の色使いとか全体のやわらかい雰囲気が私の気持ちと合って、両方がうまく溶け合っていると思いました。


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第2回詩画展
日時: 4月30日(月)~5月6日(日) 11a.m.~6.00 p.m.(最終日は4.00 p.m.まで)
会場: 画廊 楽I
    〒231-0028 横浜市中区翁町1-3 小原ビル
    Tel (045)681-7255
テーマ: 「花」からうまれた情景(絵画)と心情(詩)」
      ※ 絵と詩のコラボです。
主催: 横浜詩人会



                                *****



さくら散る


いつまでも
いつまでも花が散る
肩の上に 頬に
風に流れていく花びらの記憶の中に

歩いてみる
うす桃いろにぽってりと重なり合う下を
どこまでも
どこまでもこれが最後というふうに

降り落ちる花びらを
しずかに
しずかに掬っては風に流し

切れ切れに話が送り出され
このままずっと ひらひらと
漂い 流れ
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by hannah5 | 2012-05-03 12:15 | 詩のイベント | Comments(0)