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私の好きな詩・言葉(154)  「緑の焔」 (佐川 ちか)   


緑の焔


私は最初に見る 賑やかに近づいて来る彼らを 緑の階段をいくつも降りて 其処を通つて あちらを向いて 狭いところに詰つてゐる 途中少しづつかたまつて山になり 動く時には麦の畑を光の波が畝になつて続く 森林地帯は濃い水液が溢れてかきまぜることが出来ない 髪の毛の短い落葉松 ていねいにペンキを塗る蝸牛 蜘蛛は霧のやうに電線を張つてゐる 総ては緑から深い緑へと廻転してゐる 彼らは食卓の上の牛乳壜の中にゐる 顔をつぶして身を屈めて映つてゐる 林檎のまはりを滑つてゐる 時々光線をさへぎる毎に砕けるやうに見える 街路では太陽の環の影をくぐつて遊んでゐる盲目の少女である。

私はあわてて窓を閉ぢる 危険は私まで来てゐる 外では火災が起こつてゐる 美しく燃えてゐる緑の焔は地球の外側をめぐりながら高く拡がり そしてしまひには細い一本の地平線にちぢめられて消えてしまふ

体温は私を離れ 忘却の穴の中へつれもどす ここでは人々は狂つてゐる 悲しむことも話しかけることも意味がない 眼は緑色に染まつてゐる 信じることが不確になり見ることは私をいらだたせる

私の後から目かくしをしてゐるのは誰か? 私を睡眠へ突き堕せ。


( 『佐川ちか全詩集』 より)

ひとこと
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by hannah5 | 2013-08-20 18:04 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(4)

キム・ナムギル   


少し前にNHKで 『赤と黒』 という韓国のドラマを放映していましたが、その中で主人公のシム・ゴヌクを演じたのがキム・ナムギルという若手の俳優でした。韓流に興味のない私はこの俳優のことを知りませんでしたが、ドラマを観ているうちに彼の演技力の凄さに魅了されました。

物語の内容は両親に捨てられ、孤児院で育った男の子が成長して家族に復讐をするというものですが、孤独や復讐心はもとより、甘え、ずるさ、巧妙な嘘、素直さ、切なさなど、顔の表情だけでそれらを演じ分けるキム・ナムギルの演技力には目を見張るものがありました。

甘いマスクの韓流スターが多い中で、キム・ナムギルは辛口な骨っぽさが魅力と言えます。


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by hannah5 | 2013-08-17 15:54 | Music | Comments(0)

猫のイロハ   


猫、前向きの



後ろ向きの過去

前向きの先の方に触れる
そこは後ろ向きを入れる余地がないほど忙しく
ささくれ立たないほどぬるく

荷造りをそろそろ始めようかと思っていた
そこらじゅうにはびこってしまった後ろ向きをこそげ落として拾い集め
荷物の中にひとかけらずつ押し込もうと思っていた
(本当はどこからこそげ落としたらいいか迷っていたのだが)
プラスとマイナスの思案がぶつかって目の奥がしびれ出すころ
掌が荷造りよりもっといい感触になり
もっとすべすべして優しくなるような
言ってみれば
悲しい眼をして呟いてみる感傷よりずっと現実的な
脳みその表面で知る冷たさではなく
胃袋の中で溶け出すクリームのような感じが本当は好きだったんだ
と発見するような
そんな感じが急に広がった

体の奥が深々と呼吸(いき)をしていて、けれど
今日好きなものが明日は嫌いになるかもしれないという予測不可能ではなく
今日も明日もあさっても、その先も、
ずっと好きだよと言って毎日その通りになり

前向きの今が
精いっぱいの空間を占領している

(旋律30号掲載)
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by hannah5 | 2013-08-13 18:39 | 投稿・同人誌など

日本の詩を読む IX その6   


8月5日(月)は「日本の詩を読むIX」の6回目の講義でした。5回目から始まった「現代詩の最前線」についての講義は、野村喜和夫さんの『現代詩作マニュアル』の「詩学キーワード」を参考にしながら、隠喩と換喩について行われました。講義内容の詳細は省くとして、印象に残った言葉を列記しておきます。

隠喩は詩的であり言語原理、換喩は散文的であり世界原理、隣接性をもつ、アリストテレス「隠喩を作り出すには才能が必要である」、堀口大學訳『月下の一群』、後近代(ポストモダン)、近代、想起→パロデイ→模作(パステイシュ)へのグラデーション、相互(間)テクスト性、換骨奪胎。

読んだ詩は野村さんの「(そして豚小屋)」でした。(この詩は斎藤茂吉の「死にたまふ母」のパロデイだそうです。)


(そして豚小屋)


私は豚小屋が
ひとはひと星は星にうんざりして
いま異様に飴のように伸びてくる闇その闇かも

私は豚小屋が
その闇のなかをぽつぽつと光の染みさながらに
回帰する豚よあわれ

母の病んだ松果体の下の
私は豚小屋が
その永劫の梁から洩れる闇に溺れている叫び

私は豚小屋が
その叫びをなおも聴き取ろうとするとき
私より五倍も私なるべし

母の病んだ松果体の下の
私は豚小屋が
その永劫の梁に陽が糞尿のように激しく降る

あるいは糞尿が陽のように
私は豚小屋が
湯気を立てて笑う沈黙の土豊かならしむ

たがいに内に曲がり外に曲がり
たがいに促され誘惑されまたゆるやかに拘束され
私は豚小屋が

私は豚小屋が
眩暈とは全体が中心となることである
と知りコナラの葉むらひるがえるうつつ

毎日が眩暈だその縁から泡のように吹きこぼれて
私は豚小屋が
惑乱の私のかけらをさがす変かしら

私は豚小屋が
おお板々しい隙間から燃える頭蓋骨が見える
鹿色のオオスミハルカが流れ込んでくる

おお板々しい眠りの暑い壁
みつめているとぷつぷつと穴があき
私は豚小屋が

私は豚小屋が
なおも穴があき這い出てくる喃語の虫よ
私はやや肌に粟粒を生じをり

私は豚小屋が
死に給いゆく母よ私を嚥下せよ嚥下せよ
そうして二度ともう私をひりだすな

二度ともう私をひりだすな母よ
私は豚小屋が
このむずがゆい身熱にすぎぬこのかたまりを

私は豚小屋が
いくつかの顔を浮かべてもみなまぼろし
その下から溶けた若い娘のような飢餓よあわれ

永遠が馬のかたちをして走り去ってゆくとき
私は豚小屋が
回帰してくるのは豚だいつも豚だ

私は豚小屋が
運んでいる不穏な筋肉隠れている
よい孤独わるい孤独朽ちかけの朽ちかけの

私は豚小屋が
ぬかるんでいる通路をどのように豚小屋へ
接続されるのかを知らず冬の夕ぐれ

私は豚小屋が
この地上わけもなくコンビニに火をつけたくなり
筋肉がひかり豚小屋がうごめく
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by hannah5 | 2013-08-08 15:51 | 詩のイベント | Comments(0)

旋律終刊   


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1999年、新川和江さんが長崎を訪問されたことを記念して創刊された旋律が、この夏の30号をもって終刊となりました。巻頭には新川和江さんの自筆の作品が掲載されています。

30号に参加された方たちとその作品です。

新川和江・・・・・十の指
高橋純子・・・・・夜 大雨
野木京子・・・・・傍らの海
長谷川忍・・・・・あわい
高橋かず子・・・ケリケリナ・コンストリクタ
はんな・・・・・・・・猫のイロハ、未満
秋山喜文・・・・・今は今の夜を、出しそびれたままの弔電、(エッセイ)「数独」というゲーム
浦一俊・・・・・・・風の駅(二)
木村俊弘・・・・・記憶の推敲
丸田一美・・・・・はっぱ、こうかがくすもっぐ、汚染の話
志田昌教・・・・・消えた渚、宮ノ浦から、肥薩線慕情
水無月科子・・・三月の母、五月
表紙は志久浩介
(敬称略)

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私が初めて同人誌というものに参加させていただいたのが旋律でした。好きなように書かせていただいたことを感謝しています。

主催されていた水無月さん、それから印刷の原田さん、お世話になりました。参加された皆様もお元気で。どうか健筆でいらしてください。また、どこかで作品にお目にかかれることを願っております。
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by hannah5 | 2013-08-02 17:56 | 投稿・同人誌など | Comments(0)

詩と思想詩人集2013   


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詩人456人による大アンソロジー『詩と思想詩人集2013』(土曜美術社出版販売)が出版されました。
私は「曇り空の下の点点点」という作品で参加させていただいています。
よろしければお手に取ってご覧ください。
定価5000円。
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by hannah5 | 2013-08-01 19:35 | 投稿・同人誌など | Comments(0)