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詩と思想   


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詩と思想1・2月号の「2013ベスト・コレクション」に拙作「そろそろねぐらに帰ります」を掲載していただきました。この作品は詩集『あ、』に収めた作品です。



そろそろねぐらに帰ります


ゆっくり歩いていると
早く行けと言う
走りだすと
止まれユーターンしろと言う
引き返すと
ダメじゃないか右へ曲がれと言う
たぶん今度も怒られるから左へ曲がるよ
するとどこからともなくぶぉぶぉっという音がしたかと思ったら
上下斜め左右そこらじゅうから声が吹き出してくる
そうなんだよそうなんだよと反応していると
いちいち反応するなと言う
黙っていると
少しは言葉をしゃべろと言う
ひと言ふた言しゃべると
そんな寡黙でどうする今は多弁の時代だと言う
少ししゃべりすぎではありませんかと言うと
いやもっと長くしゃべろと言う
思いつくまま流していると
言葉は簡潔に短い方がいいと言う
そうですねと短く言うと
いつになったらお前は納得するんだと言う

少々退屈していたからあちこち駆け回ってきたが
錯綜と混乱が混ざり合ってそろそろ時間切れだ
もう帰るよと言うと
お前の家はどこなんだと聞く
ここをまっすぐ行くと右に折れる道があるから道なりにしばらく行くと三叉路になっているので真ん中の道を行くと突き当たりになるから左に曲がり一つ目を右に行くとぼんやりした空き地があってそれを突っ切ってさらに進み家が一軒見えてきたらまっすぐ進んで家の反対側まで行くと庭があって小さな灯りが灯っているのでそこで小さくぶぉぶぉっと言うのが玄関のチャイム代わりでそれが私への合図になりますと言うと
相変わらずわかりにくいやつだなそれでどうするんだと聞く
帰る支度をしますと言うと
どこへ行くんだと聞く
長すぎず短すぎず早すぎず遅すぎず右にも左にもそれず寡黙にもならず饒舌でもなく理解と納得が交差したあたりです
と答えておいた
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by hannah5 | 2013-12-30 17:37 | 投稿・同人誌など | Comments(0)

詩の文庫・譚詩舎文学サロン   


12月も終盤に向かってようやく一息つけた先日、久しぶりに詩の講演会へ出かけました。21日(土)、日本近代文学館で、譚詩舎主催による平林敏彦さんの講演と座談会「立原道造から現代詩へ―通りぬける詩の道」がありました。平林さんのお話は大変面白かったです。立原道造のことはもとより、田村隆一とか鮎川信夫とか、平林さんが直接関わられた今は亡き詩人の名前が次々と出てきて、ふだん話にしか聞くことができない詩人たちが生きて現れるようでした。二部の座談会では、聴講者から質問やコメントがあり、その中には著名な詩人や文学者、研究者の方たちが大勢見えていました。

立原道造は高村光太郎に次いで私が若い時に感化を受けた詩人で、道造の詩を何度もノートに書き写しては書き方を真似たりしていたことがあります。今は道造の詩を読むことはほとんどなくなりましたが、道造を愛する人たちの話は今でも新鮮な気持ちで聞くことができます。

平林敏彦さんプロフィール
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by hannah5 | 2013-12-27 18:03 | 詩のイベント | Comments(0)

メリークリスマス   



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ひとりのみどり子が、私たちのために生まれる。
ひとりの男の子が、私たちに与えられる。
主権はその肩にあり、
その名は、「不思議な助言者、力ある神、
永遠の父、平和の君」と呼ばれる。
(イザヤ書9:6)




あたたかい祝福されたクリスマスをお迎えください


はんな

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by hannah5 | 2013-12-25 23:59 | イエス・キリスト | Comments(0)

日本の詩を読む X 「日本の訳詩集を読む その6」   


12月16日(月)は「日本の訳詩集を読む」の6回目の講義でした。前回に引き続き、折口信夫の「詩語としての日本語」(後半)を読みました。

「われわれの詩が、当然未来を対象とせなければならない所に、重点を置いて考へれば、詩に於ては、未来語の開拓発見を疎にしてはならない。古典派である私なども、現在語ばかりを以てする詩の稽古もするが、時としてさうして出来た作物が、まるで裸虫である様な気がする事がある。おそらく多くの場合、現実の観察や批評に過ぎなくて、それにつゞく未来を、その文体から展き出さうとしてゐない点に、詩の喪失があるのであろう。私の話は、詩語としての古語を肯定した。然しこれは、最近までの歴史上の事実の肯定に過ぎない。そしてつづいて、詩に於ける現在語並びにその文体を悲観して来た。併しこれは、未来語発想と言ふことを土台として考へる時、もつと意義を持って来る。単なる現代語は、現代の生活を構成するに適してゐる、と言ふ様な理論に満足出来ぬのである。未来語の出て来る土台として現在語を考へるのである。未来詩語、未来文体はどうして現れて来るか。…(中略)…..詩の原語の持つている国境性を、完全に理会させながら、原詩の意義を会得する事を以て我われは足るとしなければならぬ。……(中略)……上田敏さんの技術は感服に堪へぬが、文学を翻訳して、文学を生み出した所に問題がある。われわれは外国詩を理会するための翻訳は別として、今の場合日本の詩の新しい発想法を発見するために、新しい文体を築く手段として、さうした完全な翻訳文の多くを得て、それらの模型によつて、多くの詩を作り、その結果新しい詩を築いて行くと言ふことを考えてゐるのである。」(折口信夫「詩語としての日本語」

折口信夫は「翻訳詩が新しい未来語を開拓する」と言っています。もちろんすぐれた翻訳詩の価値や必然性は今更言うまでもありません。しかし、どうして未来語を開拓するのに翻訳詩でなければならないのでしょうか。新しい詩語は日本語の中から構築されないのでしょうか。


*******



今年の講義はこれで終わりです。次回は1月6日からで、ベンヤミンの詩論を読みます。
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by hannah5 | 2013-12-20 23:32 | 詩のイベント | Comments(0)

日本の詩を読む X 「日本の訳詩集を読む その5」   



「われわれにとって現代文が一番意味のある訣は、われわれが生存の手段として生命を懸けてをり、又それを生しも滅しもする程の関聯を持つてゐる言葉は、現代語以外にはない。だからわれわれが生命を以てうちかゝつてゆく詩語は、現代語であるわけなのである。これは単なる論理ではない。われわれの事実であり、われわれの生命である。」(折口信夫「詩語としての日本語」序文)


12月2日(月)は「日本の訳詩集を読む」の5回目の講義でした。今回は折口信夫の詩論「詩語としての日本語」を読みました。

一見難解な詩論ですが、繰り返して読んでみると、西洋の象徴詩の翻訳に始まった日本語の特異性と功罪、和語や日常語とは違う日本語の創造と構築など、詩としての日本語の孕む問題や可能性が浮かび上がってきます。1950年に発表されたこの詩論は、引用された詩人たちやその作品等、古い感じは否めませんが、その問題提起は日本の詩、殊に現代詩に通じるものがあり、今詩を書いている私たちにも十分参考になるものだと思います。

高校生の頃だったか、大学生になっていたか、そのあたりは記憶が曖昧ですが、若い頃日本文学より翻訳物ばかり読んでいた時期がありました。日本の文学書にはないあの一種独特な雰囲気は、外国への憧れと相まって、翻訳調の日本語に強く惹かれたのです。後年、実際に外国に出てみると翻訳を通して感じた外国はそこにはなく、翻訳文と原語(私の場合は英語)との落差にある種の失望感というか、憧れていたものが剥離していくのを感じました。その時初めて翻訳の功罪のようなものを感じたのです。

翻訳されなければ知る事もなかった外国の詩は、その背景にある思想や哲学等、日本の詩人のみならず、日本人の物の考え方や感じ方に与えた影響ははからずも大であったと思います。

折口信夫の詩論の講義は、次回も続きます。
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by hannah5 | 2013-12-09 17:34 | 詩のイベント | Comments(0)

日本の詩を読む X 「日本の訳詩集を読む その4」   


11月25日(月)は「日本の訳詩集を読む」の4回目の講義でした。(講師は野村喜和夫さん。)今回は第二次世界大戦後に焦点を当てて講義が行われました。中桐雅夫、鮎川信夫、田村隆一らに代表される荒地派、野間宏、関根弘らに代表される列島派、フランスのドイツ占領時代(1940-1944)、エリュアールを翻訳した安藤次男、パウル・ツェランの話などを中心に講義が進められました。

こうして見ると、詩壇の中央で活躍する詩人たちがいかに西洋の詩から影響を受けてきたか、西洋の風土の中で育った詩からいかに貪欲に新しいものを吸収しようとしたか、そしていかにそれを日本の風土になじませようとしたかがうかがわれます。

読んだ作品はポール・エリュアールの「自由」、パウル・ツェランの「ストレッタ」、野村さんが現代詩手帖に寄稿された「ハイデガー/シャール/ツェランその2」でした。読んだ作品の数は少なかったですが、中身の濃い講義でした。(戦後詩はもちろんフランスの詩だけではありませんが、英語や独語などフランス語圏以外の詩があまり登場しないのは野村さんの専門外なため。)



自由

   ポール・エリュアール
   (安東次男訳)


ぼくの生徒の日のノートの上に
ぼくの学校机と樹々の上に
砂の上に 雪の上に
ぼくは書く おまえの名を

読まれた 全(すべ)ての頁(ページ)の上に
書かれてない 全ての頁の上に
石 血 紙あるいは灰に
ぼくは書く おまえの名を

金色に塗られた絵本の上に
騎士たちの甲胄の上に
王たちの冠(かんむり)の上に
ぼくは書く おまえの名を

密林の 砂漠の 上に
巣の上に えにしだの上に
ぼくの幼年の日のこだまの上に
ぼくは書く おまえの名を

夜々の奇蹟の上に
日々の白いパンの上に
婚約の季節の上に
ぼくは書く おまえの名を

青空のようなぼくの襤褸(ぼろ)の上に
くすんだ日の映る 池の上に
月のかがやく 湖の上に
ぼくは書く おまえの名を

野の上に 地平線に
小鳥たちの翼の上に
影たちの粉挽き場の上に
ぼくは書く おまえの名を

夜明けの一息ごとの息吹(いぶき)の上に
海の上に そこに泛ぶ船の上に
そびえる山の上に
ぼくは書く おまえの名を

雲たちの泡立てクリームの上に
嵐の汗たちの上に
垂れこめる気抜け雨の上に
ぼくは書く おまえの名を

きらめく形象の上に
色彩のクローシュの上に
物理の真理の上に
ぼくは書く おまえの名を

めざめた森の小径(こみち)の上に
展開する道路の上に
あふれる広場の上に
ぼくは書く おまえの名を

点(つ)くともし灯の上に
消えるともし灯の上に
集められたぼくの家たちの上に
ぼくは書く おまえの名を

二つに切られたくだもののような
ぼくの部屋のひらき鏡の上に
虚(うつ)ろな貝殻であるぼくのベッドの上に
ぼくは書く おまえの名を

大食いでやさしいぼくの犬の上に
そのぴんと立てた耳の上に
ぶきっちょな脚の上に
ぼくは書く おまえの名を

扉のトランプランの上に
家具たちの上に
祝福された焔(ほ)むらの上に
ぼくは書く おまえの名を

とけあった肉体の上に
友たちの額の上に
差し伸べられる手のそれぞれに
ぼくは書く おまえの名を

驚いた女たちの顔が映る窓硝子の上に
沈黙の向うに
待ち受ける彼女たちの唇の上に
ぼくは書く おまえの名を

破壊された ぼくの隠れ家たちの上に
崩れおちた ぼくの燈台たちの上に
ぼくの無聊(ぶりょう)の壁たちの上に
ぼくは書く おまえの名を

欲望もない不在の上に
裸の孤独の上に
死の足どりの上に
ぼくは書く おまえの名を

戻ってきた健康の上に
消え去った危険の上に
記憶のない希望の上に
ぼくは おまえの 名を書く

そしてただ一つの語の力をかりて
ぼくはもう一度人生を始める
ぼくは生れた おまえを知るために
おまえに名づけるために

自由(リベルテ) と。



LIBERTÉ

Sur mes cahiers d’écolier
Sur mon pupitre et les arbres
Sur le sable sur la neige
J’ écris ton nom

Sur toutes les pages lues
Sur toutes les pages blanches
Pierre sang papier ou cendre
J’ écris ton nom

Sur les images dorées
Sur les armes des guerriers
Sur la couronne des rois
J’ écris ton nom

Sur la jungle et le désert
Sur les nids sur les genêts
Sur l’echo de mon enfance
J’ écris ton nom

Sur les merveilles des nuits
Sur le pain blanc des journées
Sur les saisons fiancées
J’ écris ton nom

Sur tous mes chiffons d’azur
Sur l’étang soleil moisi
Sur le lac lune vivante
J’ écris ton nom

Sur les champs sur l’horizon
Sur les ailes des oiseaux
Et sur le moulin des ombres
J’ écris ton nom

Sur chaque bouffée d’aurore
Sur la mer sur les bateux
Sur la montagne démente
J’ écris ton nom

Sur la mousse des nuages
Sur les sueurs de l’orage
Sur la pluie épaisse et fade
J’ écris ton nom

Sur les formes scintillantes
Sur les cloches des couleurs
Sur la vérité physique
J’ écris ton nom

Sur les sentiers éveillés
Sur les routes déployées
Sur les places qui débordent
J’ écris ton nom

Sur la lampe qui s’allume
Sur la lampe qui s’éteint
Sur mes maisons réunies
J’ écris ton nom

Sur le fruit coupé en deux
Du miroir et de ma chambre
Sur mon lit coquille vide
J’ écris ton nom

Sur mon chien gourmand et tendre
Sur ses oreilles dressées
Sur sa patte maladroite
J’ écris ton nom

Sur le tremplin de ma porte
Sur les objets familiers
Sur le flot du feu béni
J’ écris ton nom

Sur toute chair accordée
Sur le front de mes amis
Sur chaque main qui se tend
J’ écris ton nom

Sur la vitre des surprises
Sur les lèvres attentives
Bien au-dessus du silence
J’ écris ton nom

Sur mes refuges détruits
Sur mes phares écroulés
Sur les murs de mon ennui
J’ écris ton nom

Sur l’absence sans désirs
Sur la solitude nue
Sur les marches de la mort
J’ écris ton nom

Sur la santé revenue
Sur le risque disparu
Sur l’espoir sans souvenir
J’ écris ton nom

Et par le pouvoir d’un mot
Je recommence ma vie
Je suis né pour te connaître
Pour te nommer

Liberté.
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by hannah5 | 2013-12-01 23:34 | 詩のイベント | Comments(0)