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私の好きな詩・言葉(168)   


矜持


タイトルクレジットの
名前の一文字を

たわいないシーンの
傍らに置かれている小物に

俳優たちが着ている
衣装の一部に

もしくは
台詞やト書きの
狭間にも

監督は
赤、を置いた。

目立ちすぎない、赤
アクセントのような
色合い。

白黒スタンダード作品に
最後までこだわった監督だった。
律儀な物語を撮り続けた。

カラー作品に移行してのち
その律儀さに
柔らかな赤が加わった。

たとえば
きりりと晴れた
二月の朝

まだ人の少ない都心のベンチに
新鮮なリンゴを
ひとつ置いてみる。

時は遡り
あたり一面、白黒の光景である。

(長谷川忍詩集 『女坂まで』 より)

ひと言
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by hannah5 | 2015-09-23 18:11 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

『ひよこの空想力飛行ゲーム』 追記   


追記

照明の消えた部屋で蛍光灯のスタンドのスイッチを入れようとして、ふとこの詩集に目が行った。すると、そこに黄色く光るものが見えた。灯りをつけて見ると、それは表紙に描かれたかごの鳥だった。背表紙の鳥にも蛍光塗料が塗ってある。

「天井のない階段があって、その先には青空。階段のいちばん上に鳥かごが置かれている。ひよこが一羽棲んでいる。ひよこを乗せたまま、鳥かごが宙に浮く。鳥かごには風船がいくつもつけられている。宙に浮いた鳥かごにスポットライトが当てられる。客席から見上げると、ひよこだけが青空に光っている。そのとき少女は観客だろうか。いや、一羽のひよこである。ステージの上で踊りつづけるひとりのバレリーナである。青空は黒い。」

蛍光塗料の鳥は暗がりの中でいつまでも光っている。
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by hannah5 | 2015-09-17 23:37 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(167)   


ひよこの空想力飛行ゲーム


少女と長いキスをして、やがて舌はくちびるを割って口内をまさぐる。少女のその部屋はいつも、同じ香りのような、かすかな味がした。唾液で湿った上あごのひだからは、薬の匂いというか、消毒液みたいな、化学が生みだしたような甘さと、すこしく苦みを、わたしの舌の先は感じていた。あ。あれは、少女の体内をなんどもまわっていたセルシンの、毛細血管からの匂いだったんだね。と、四〇年も過ぎて、キスの味の仕掛けに気がつく。

鳥はね
鳥になるために
たまごの殻を自分で壊すのさ

殻を壊すことができなければ
誕生することができない

あたしたちはこれからだね
自分で自分の殻を破るのは
ふたりはまだ生まれていないんだね

学生の頃、わたしはバレリーナをめざす少女に恋をしていた。わたしは少女をひよこと呼んでいた。バレリーナになれることを信じて、ひよこは夢中で練習をつづけた。いっしょにいるときも、抱擁から離れれば踊り、踊り終えれば微笑みが、わたしの口もとに帰ってきた。年月がすこし過ぎてそうして、思うようになる。もしバレリーナになることができなかったなら……。もし……。少女のこれまでの人生は、どこにいってしまうのだろう。

飛びかう飛びつく飛び込み自殺
飛び板飛び込み飛ばっちり
歌え酔いどれ天までとどろ
飛ぶな妹よ、妹よ飛ぶな
飛べば幼いふたりして
夕焼け捨てたかいがない

新宿二丁目を歩いていると「黒魔術」という、ちょっと胡散臭い看板をあげた老女がいた。ブレスをしないでいっきに歌えと、老女はわたしにいうのだった。飛びかう飛びつく飛び込み自殺飛び板飛び込み飛ばっちり歌え酔いどれ天までとどろ飛ぶな妹よ妹よ飛ぶな飛べば幼いふたりして夕焼け捨てたかいがない。メロディがあるような、ないような声で息つぎをせずに、最後までわたしは歌った。学生の頃、わたしはなにを呪いたかったのだろう。

ただ、こんなことを考えていた。想像力は権力を奪う、というけれど、かごのなかの鳥が想像力で青空を飛ぶことに、なんの意味があるだろうか。死装束で踊り続ける少女とわたしは、ジゼルとアルブレヒトではなかった。

かごを壊せ!
かごを壊せ!

黒魔術のおばさん
飛んでいる紙飛行機に火をつけるまじないを
知っていますか

あの世には燃えるものなどなにもない
この世に燃えないものなんてなにもないさ

飛びながら燃える紙飛行機が地に堕ちるまで
ふたりはいっしょだから

それから?

喉が渇いたね
水をください却下します
致死量の雨水黙殺します

もし、殻を破れなかったら?

あたしの部屋には、このまえのお祭りで買ったひよこが一羽いるの。夜寝るとき、あたしをおかあさんと思っているのか、ぴよ。ぴよ。近づいてきてあたしのお布団に入ってくる。ひよこは鳥なので、将来青空を飛ぶ予感を持っている。あたしのお布団のなかで、宙を羽ばたいている夢を見ているのでしょう。うれしそうな表情で、肩甲骨のところを震わしているの。

いいほやが手に入ったから、さ
ビールでも飲もうよ
ほかにはなんにもないからさ
即興で詩を詠むからさ
詩とほやを肴に、さ

なにをしてるの
海は朝焼け

ねずみしたい
サイコロかじりたい

わたし、さよなら
さよなら、みんな

サイコロのゆくえは
吹く風にまかせちゃえ

なにをしてるの
ほやだほやだ

ビールしたい
青空かじりたい

わたし、さよなら
さよなら、みんな

青空のゆくえは
吹く風にまかせちゃえ

ほやだほやだ
きょうのビールはうまいぞ
あなたは生まれつきほやだ
ひとに見つかって食われるなんて
なんて運のいいほやだ
海の底にずっといたはずだったのに

さあ楽しいか苦しいか
つまらないかおもしろいか
自分は動物か植物か
草食系か肉食系か
そんなこと考えたりしない

ほやにはほやの実存論があってさ
刺身も美味だぞ
重要参考ほやの身柄は確保したぞ

だけれど、おとなになってニワトリになった時、ひよこは自分が空を飛べないことを知るのです。空を飛ぶだろう予感と、飛べないことを知る絶望。それが、ひよこの宿命なのです。飛ぶことをあきらめるときが、ひよこがおとなになれるときです。

鳥が鳥かごに飼われるのは
鳥は空を飛べるからだ

鳥が飛ぶことをやめてしまえば
だれも鳥かごに閉じ込めたりはしない

飛ぶことをあきらめてしまえば
そこには、自由が待っている!

薄暗い病棟の一室。わたしがドアから入ると、長い時間をひとりで待っていた少女は、ラブレターという名の一通の遺書を詠みはじめた。それは少女がついに自由を選んだ、おとなの呪い。迷路から逃げない、自由。不敵で、かわいい呪いだった。

あたしのそばにいてください
あなたのそばにいてあげるから

おしゃべりなんて嫌いだから
だからいっしょにいましょう

読んでほしくないので
長い手紙を書きましょう

塩をいっぱいふりかけられて
ふたりいっしょに溶けちゃいましょう

ふたりで迷路に迷い込んでしまったら
出口にカギをかけちゃいましょう

あなたと何度も日が暮れていく
一心同体と一進一退が暮れていく

あたしのこころでしか溶けない
あなただけのチョコレートをあげます

あなたの口のなかで
チョコレートは溶けていくでしょう

ハートではなくて
心臓をあげます

あたしをいますぐ死刑にしないと
あなたは世界でいちばん愛されてしまうでしょう

うそです
こころをこめて
うそです

天井のない階段があって、その先には青空。階段のいちばん上に鳥かごが置かれている。ひよこが一羽棲んでいる。ひよこを乗せたまま、鳥かごが宙に浮く。鳥かごには風船がいくつもつけられている。宙に浮いた鳥かごにスポットライトが当てられる。客席から見上げると、ひよこだけが青空に光っている。そのとき少女は観客だろうか。いや、一羽のひよこである。ステージの上で踊りつづけるひとりのバレリーナである。青空は黒い。

いいほやが手に入ったから、さ
ビールでも飲もうよ
ほかにはなんにもないからさ
即興で詩を詠むからさ
詩とほやを肴に、さ

ひよこは
鳥かごを背負って生れてきた鳥である
おとなになってニワトリになっても
空を飛ぶことができないのである

踊りつづけることしかできない
かごのなかを
遠近法のない映画を
水平線のない海を
風が吹くステージを
割れたコップが散らばるベンチを
朝焼けに光るアスファルトを

ひまわり畑の迷路には
出口がひとつずつ仕組まれている

記憶にも未来形があってね
紙飛行機になってそこから飛んでくる

波間から
照明がまだ消えない駅が視える
静寂はすこしばかりうるさい
風の粒子が鋭くなる
発着ベルは幻聴じゃないとおもう
終電車は何台も頭上を過ぎ
暗闇には救急車のサイレンと無線の音
自分の影に案内されるまま
夜はひとりっきりなので暗い
ベッドから落ちた腕時計の音は
人差し指をくわえたプロンプターだ
就寝時刻までのタイムテーブルに正誤表はなく
傷で掻き消した記憶は痛い

はしゃいでわたしの影を踏んだよね
あなたの憎悪はわたしに投与されなかった

いまなら好きになれるかもしれないね
わたしを殺せるかもしれないね

なぜあなたはあなたで
わたしはわたしだったのか

わたしはわたしのなかの
あなたをあなたは

濡れたひざ枕

孤独と約束が
沈黙と狂気と

あなたはひとり
わたしはあなたと
ひとり

青空のゆくえは
吹く風にまかせちゃえ

傷で掻き消した記憶は痛いけど
痛いのは鳥かごじゃない

痛いのは
ひとつの肉体に閉じ込められた
ふたつの魂じゃないか

ひろこ

(秋亜綺羅詩集 『ひよこの空想力飛行ゲーム』 より)

ひと言
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by hannah5 | 2015-09-16 21:39 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)