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日本の詩を読む IX ~ 詩的アヴァンギャルドの100年(第6回)   


「詩的アヴァンギャルドの100年」の6回目は「シニフィアンの閾」と題し、北園克衛と新國誠一を中心に講義が行われました(2/22)。モダニズムに影響を受けた西脇順三郎はやがて荒地派、北園克衛のコンクリートポエトリー、瀧口修造のシュルレアリスムへとその影響力を広げてゆきました。北園克衛のコンクリートポエトリーは海外で高い評価を受けましたが、日本では異端と見られ、大きな文学的流れにはなりませんでした。北園克衛はやがてコンクリートポエトリーからプラスチックポエトリーへと移行していきました。(北園克衛が発行した機関誌 『VOU』 は反抒情、反文学を掲げ、白石かずこが参加しています。)コンクリートポエトリーを代表するもう一人の詩人、新國誠一の作品も日本より海外で評価されました。新國誠一もやがてコンクリートポエトリーを離れ、「空間」へと移行していきました。コンクリートポエトリーは面白いと思い、一時私も試みたことがありますが、あまり長続きはしませんでした。教室では北園克衛の「記号説」、「黒い肖像」、新國誠一の「空隙」、「さくらとらくだ」、野村さんの評論「シニフィアンという閾-新國誠一と那珂太郎」(2009年2月号の現代詩手帖に掲載)を読みました。


黒い肖像

   北園克衛

絶望

火酒





あるひは



のなか











距離

孤独




に濡れ

梯子


に腐っていく

その



脆い
円錐

孤独

部分




,
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by hannah5 | 2016-02-29 17:34 | 詩のイベント | Comments(0)

日本の詩を読む IX ~ 詩的アヴァンギャルドの100年(第5回)   


「詩的アヴァンギャルドの100年」の5回目は、「瀧口修造と詩的実験」と題して瀧口修造を中心に講義が行われました(2/15)。西脇順三郎の門下生だった瀧口修造は西脇を通してシュールレアリスムを知るようになりますが、その詩風は師の西脇よりずっとシュールレアリスム的です。しかし、詩人として出発した瀧口でしたが、戦後は美術批評家として前衛芸術運動を牽引するようになり、詩は一切書かなくなりました。教室で読んだ作品は瀧口の代表作とも言える「絶対への接吻」、「地球創造説」、西脇の「世界開闢説」、アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』(一部)、野村喜和夫さんの「序詩(はじめてのからだの者は)」(詩集 『幸福な物質』 所収)でした。「絶対への接吻」は詩の中からシュールレアリスムが立ち昇ってくるような作品で、詩としての純粋性を感じさせる詩です。



絶対への接吻

     瀧口修造


 ぼくの黄金の爪の内部の瀧の飛沫に濡れた客間に襲来するひとりの純粋直観の女性。 彼女の指の上に光った金剛石が狩獵者に踏みこまれていたか否かをぼくは問わない。 彼女の水平であり同時に垂直である乳房は飽和した秤器のような衣服に包まれている。 躐の国の天災を、彼女の仄かな髭が物語る。 彼女は時間を燃焼しつつある口紅の鏡玉の前後左右を動いている。 人称の秘密。 時の感覚。 おお時間の痕跡はぼくの正六面體の室内を雪のように激変せしめる。 すべり落された貂の毛皮のなかに発生する光の寝台。 彼女の気絶は永遠の卵形をなしている。 水陸混同の美しい遊戯は間もなく終焉に近づくだろう。 乾燥した星が朝食の皿で轟々と音を立てているだろう。 海の要素等がやがて本棚のなかへ忍びこんでしまうだろう。 やがて三直線からなる海が、ぼくの掌のなかで疾駆するだろう。 彼女の総體は、賽の目のように、あるときは白に、あるときは紫に変化する。 空の交接。 瞳のなかの蟹の声、戸棚のなかの虹。 彼女の腕の中間部は、存在しない。 彼女が、美神のように、侵食されるのはひとつの瞬間のみである。 彼女は熱風のなかの熱、鉄のなかの鉄。 しかし灰のなかの鳥類である彼女の歌。 彼女の首府にひとでが流れる。 彼女の彎曲部はレヴィアタンである。 彼女の胴は、相違の原野で、水銀の墓標が妊娠する焔の手紙、それは雲のあいだのように陰毛のあいだにある白晝ひとつの白晝の水準器である。 彼女の暴風。 彼女の傳説。 彼女の営養。 彼女の靴下。 彼女の確証。 彼女の卵巣。 彼女の視覚。 彼女の意味。 彼女の犬歯。 無数の実例の出現は空から落下する無垢の飾窓のなかで偶然の遊戯をして遊ぶ。 コーンドビーフの虹色の火花。 チーズの鏡の公有権。 婦人帽の死。 パンのなかの希臘神殿の群れ。 霊魂の喧騒が死ぬとき、すべての物質は飽和した鞄を携えて旅行するだろうか誰がそれに答えることができよう。 彼女の精液のなかの眞紅の星は不可溶性である。 風が彼女の緑色の衣服(それは古い奇蹟のようにぼくの記憶をよびおこす)を捕えたように、空間は緑色の花であった。 彼女の判断は時間のような痕跡をぼくの唇の上に残してゆく。 なぜそれが恋であったのか? 青い襟の支那人が扉を叩いたとき、単純に無名の無知がぼくの指を引っぱった。 すべては氾濫していた。 すべては歌っていた。 無上の歓喜は未踏地の茶殻の上で夜光虫のように光っていた……… (sans date)



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by hannah5 | 2016-02-17 20:23 | 詩のイベント | Comments(0)

アムバルワリア祭V   


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1月23日(土)、慶応義塾大学三田キャンパスに於いて西脇順三郎生誕記念のアムバルワリア祭が行われました。アムバルワリア祭は毎年1月に行われているようで、今回で5回目です。(私自身は去年から参加しています。)今回のテーマは「西脇順三郎と井筒俊彦―ことばの世界」で、新倉俊一先生が司会を務め、若松英輔氏、坂上弘氏、野村喜和夫氏、高橋勇氏の4人の登壇者が講演を行いました。私自身は西脇順三郎のファンでもないし、それほど熱心に西脇の詩を読んできたわけではありませんが、ちょうど今淑徳大学の「日本の詩を読む」で野村さんから西脇の講義を聴いているので、それを補う意味でもそれぞれの講演は大変興味深かったです。


【プログラム】

司会  新倉俊一(明治学院大学名誉教授)
登壇者 若松英輔(批評家)、坂上弘(作家、慶応義塾大学出版会会長)
野村喜和夫(詩人)、高橋勇(慶応義塾大学教授)

開会挨拶
導入コメント  新倉俊一
高橋勇    「文学部の西脇・井筒」
野村喜和夫 「神秘と諧謔―西脇から井筒へ、井筒から西脇へ」
若松英輔   「コトバの詩学 西脇順三郎と井筒俊彦」
坂上弘    「井筒俊彦の内なる西脇順三郎」
Q&Aセッション
(敬称略)


<補足>
慶応義塾大学アート・センター 西脇順三郎アーカイブ:慶応義塾大学アート・センターは、西脇研究の第一人者である明治学院大学名誉教授・新倉俊一氏より2010(平成22)年度、西脇関連資料約800点を受贈し、2012年1月20日に「西脇順三郎アーカイブ」が開設されました。(アムバルワリア祭プログラムよりコピー抜粋)


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by hannah5 | 2016-02-02 21:01 | 詩のイベント | Comments(0)