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「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第3期-「日本現代詩アンソロジー 1990-2015 を編む試み」第1回   


「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第3期が始まりました。今回も全部で4回の講義で、毎月第4日曜日に行われます。1回目は「ベテラン詩人たちの仕事」と題し、谷川俊太郎、吉増剛造、藤井貞和、荒川洋治、井坂洋子が取り上げられました。1990年以降の詩をそれぞれの詩人から1篇ずつ取り上げ、簡単な説明を加えていきましたが、コンパクトながら中身の濃い講義になりました。5人のベテランの詩人たちが衰えるどころか現在も旺盛な詩作を行っているのを知るにつけ、彼らの詩に対する熱い思いが伝わってきて、講義は大変面白かったです。やっぱり詩は面白い―つくづくそう思いました。


読んだ作品は谷川俊太郎「鷹繋山」、吉増剛造「光の落葉」、藤井貞和「鹿(のうた……」、荒川洋治「渡世」、井坂洋子「返歌 永訣の朝」でした。


尚、第
23回目の講義は出席はしましたが、私自身がかなり多忙になってしまい、詩織に記録を残すことができませんでした。講義はボードレールとパリという都市との関わりについてでした。(「「街々」幻想の都市を生きる」)




鷹繋山


    谷川俊太郎


からだの中を血液のように流つづける言葉を行わけにしようとすると

言葉が身を固くするのが分かる

ぼくの心に触れられるのを言葉はいやがっているみたいだ


窓を開けると六十年来見慣れた山が見える

稜線に午後の陽があたっている

鷹繋という名をもっているがそれをタカツナギと呼ぼうと

ヨウケイザンと呼ぼうと山は身じろぎひとつしない


だが言葉のほうは居心地が悪そうだ

それはぼくがその山のことを何も知らないから

そこで霧にまかれたこともなくそこで蛇に噛まれたこともない

ただ眺めているだけで


憎んでいると思ったこともない代わりに

言葉を好きだと思ったこともない

恥ずかしさの余り総毛立つ言葉があるし

透き通って言葉であることを忘れさせる言葉がある

そしてまた考え抜かれた言葉がジェノサイドに終わることもある


ぼくらの見栄が言葉を化粧する

言葉の素顔を見たい

そのアルカイック・スマイルを






返歌 永訣の朝


    井坂洋子


その朝

わたしは修羅に着いた

林の近くの家

ひと口みぞれを飲んだ

ゆきを頼んだ

これは覚えている


なぜ来たのか

したしい者に会いに

これも覚えている

朝がわたしを招き入れたのだ

朝のぬけがらはたくさんあって

思いを深く耕した跡

じらじらと乱を踏みつけるように

人々が

枕もとにいた


顔を両手で覆って

なげく

所作

透んだ林の底から湧き起こってくる

白い鳥の声


睡りはいつしか

わたしに重みを垂れ

穂を垂れて実る一本の祝儀

睡りのなかで示唆をうけた

(しろい山々のしろい山

 は

 わたしの墓石

 しろいだけの形)


みぞれによって土潤い

潤いすぎて

みだらになる

こころの容体がわるくなる

だから けんじゃよ

嘆いてはいけない







講義予定
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by hannah5 | 2018-02-01 21:44 | 詩のイベント | Comments(0)