Merry Christmas!   


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Adoration of the Magi
by Bartollemé Este ban Murillo




すると、見よ、東方で見た星が彼ら(東方の博士たち)を先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。そしてその家に入って、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。(マタイの福音書2:9-11)


クリスマスの喜びがお一人お一人の上にありますように。


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# by hannah5 | 2016-12-25 23:57 | ご挨拶 | Comments(0)

日本の詩を読むXI ~ 緊急的戦後詩再読提言(第3回)   


「戦後詩を読む」の第3回目は田村隆一についてでした(12/12)。田村隆一は荒地派の詩人たちの中でも私にとっては比較的近づきやすい詩人ですが、それはどこか江戸っぽさがあったり(東京生まれの東京育ち)、端正な雰囲気や英国趣味的なものを持っていたりする点に起因しているのかもしれません。講義は田村隆一の垂直性の詩学、対句的書法(エクリチュール)などの話を中心に進められました。読んだ作品は「腐刻画」、「幻を見る人」、「立棺」でした。



立棺




わたしの屍体に手を触れるな
おまえたちの手は
「死」に触れることができない
わたしの屍体は
群集のなかにまじえて
雨にうたせよ

  われわれには手がない
  われわれには死に触れるべき手がない

わたしは都会の窓を知っている
わたしはあの誰もいない窓を知っている
どの都市へ行ってみても
おまえたちは部屋にいたためしがない
結婚も仕事も
情熱も眠りも そして死でさえも
おまえたちの部屋から追い出されて
おまえたちのように失業者になるのだ

  われわれには職がない
  われわれには死に触れるべき職がない

わたしは都会の雨を知っている
わたしはあの蝙蝠傘の群れを知っている
どの都市へ行ってみても
おまえたちは屋根の下にいたためしがない
価値も信仰も
革命も希望も また生でさえも
おまえたちの屋根の下から追い出されて
おまえたちのように失業者になるのだ

  われわれには職がない
  われわれには生に触れるべき職がない



わたしの屍体を地に寝かすな
おまえたちの死は
地に休むことができない
わたしの屍体は
立棺のなかにおさめて
直立させよ

  地上にはわれわれの墓がない
  地上にはわれわれの屍体をいれる墓がない

わたしは地上の死を知っている
わたしは地上の死の意味を知っている
どこの国へ行ってみても
おまえたちの死が墓にいれられたためしがない
河を流れて行く小娘の屍骸
射殺された小鳥の血 そして虐殺された多くの声が
おまえたちの地上から追い出されて
おまえたちのように亡命者になるのだ

  地上にはわれわれの国がない
  地上にはわれわれの死に値いする国がない

わたしは地上の価値を知っている
わたしは地上の失われた価値を知っている
どこの国へ行ってみても
おまえたちの生が大いなるものに満たされたためしがない
未来の時まで刈りとられた麦
罠にかけられた獣たち またちさな姉妹が
おまえたちの生から追い出されて
おまえたちのように亡命者になるのだ

  地上にはわれわれの国がない
  地上にはわれわれの生に値いする国がない



わたしの屍体を火で焼くな
おまえたちの死は
火で焼くことができない
わたしの屍体は
文明のなかに吊るして
腐らせよ

  われわれには火がない
  われわれには屍体を焼くべき火がない

わたしはおまえたちの文明を知っている
わたしは愛も死もないおまえたちの文明を知っている
どの家へ行ってみても
おまえたちは家族とともにいたためしがない
父の一滴の涙も
母の子を産む痛ましい歓びも そして心の問題さえも
おまえたちの家から追い出されて
おまえたちのように病める者になるのだ

  われわれには愛がない
  われわれには病める者の愛だけしかない

わたしはおまえたちの病室を知っている
わたしはベッドからベッドへつづくおまえたちの夢を知っている
どの病室へ行ってみても
おまえたちはほんとうに眠っていたためしがない
ベッドから垂れさがる手
大いなるものに見ひらかれた眼 また渇いた心が
おまえたちの病室から追い出されて
おまえたちのように病める者になるのだ

  われわれの毒がない
  われわれにはわれわれを癒すべき毒がない



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# by hannah5 | 2016-12-19 14:26 | 詩のイベント | Comments(0)

日本の詩を読むXI ~ 緊急的戦後詩再読提言(第2回)   


戦後詩を読む2回目の講義は11月21日に行われました。鮎川信夫Part IIで、今回は「橋上の人」を中心に講義が進められました。

「橋上の人」は戦中から戦後にかけて3回にわたって書き直されましたが(1943年、1948年、1951年)、書き直されるたびに長くなっていきました。しかし、3つの作品に根本的な違いはなく、通底して伝わってくるものがあるようです。最近出された樋口良澄さんの 『鮎川信夫、橋上の人』 を参考にしながら、「橋」の多面的な解釈や、鮎川信夫と荒地とのかかわり、吉本隆明との関係、鮎川が次第に批評へと軸足を変え、詩は書かなくなったことなどが講義の中心でした。教室では1943年に書かれた「橋上の人」を読みました。



橋上の人

  鮎川信夫


高い欄干に肘をつき
澄みたる空に影をもつ 橋上の人よ
啼泣する樹木や
石で作られた涯しない屋根の町の
はるか足下を潜りぬける黒い水の流れ
あなたはまことに感じてゐるのか
澱んだ鈍い時間をかきわけ
櫂で虚を打ちながら 必死に進む舳の方位を

花火をみてゐる橋上の人よ
あなたはみづからの心象を鳥瞰するため
いまはしい壁や むなしい紙きれにまたたく嘆息をすて
とほく橋の上へやってきた
人工に疲れた鳥を
もとの薄暗い樹の枝に追ひかへし
あなたはとほい橋の上で 白昼の花火を仰いでゐる

渇いたこころの橋上の人よ
眠れる波のしずかな照応のなかに
父や母 また友の顔もゆらめいてゐる
この滑らかな洞よりも さらに低い営みがあるだらうか
たとえば純粋な緑が 墳墓の丘より呼びかけようと
水の表情は動かうともすまい

夢みる橋上の人よ
この泥に塗れた水脈もいつかは
雷とともに海へ出て 空につらなる水平線をはしり
この橋も海中に漂ひ去って 踊りたつ青い形象となり
自然の声をあげる日がくるだらうか

熱い額の 橋上の人よ
あなたはけむれる一個の霧となり
あなたの生をめぐる足跡の消えゆくを確め
あなたは日の昏れ 何を考へる
背中を行き来する千の歩みも
忘却の階段に足をかけ
濁れる水の地下のうねりに耳を傾けつつ
同じ木の手摺につかまり 同じ迷宮の方向へ降りてゆく

怒の鎮まりやすい刹那がえらばれて
果して肉体だけは癒る用意があるかのやうに
うるんだ瞳の橋上の人よ
日没の空にあなたはわななきつつ身を横たへ
黒い水のうへを吹く
行方の知れぬ風のことばにいつまでも微笑を浮べてゐようとは

模糊とした深淵のほとりから離れ
ほっそりした川のやうに渝らぬ月日を行くことが出来る
しかし橋上の人よ
たとえ何処の果へゆかうとも
内部を刻む時計の音に 蒼ざめた河のこの沈黙はつきまとひ
いくつもの扉のやうに行手をさへぎり
また午後の廊下の如くあなたの躰を影にするだらう

どうしていままで忘れてゐたのか
あなた自身が小さな一つの部屋であることを
此処と彼処 それも一つの幻影に過ぎぬことを
橋上の人よ 美の終局には
方位はなかった 花火も夢もなかった
風は吹いてもこなかった
群青に支へられ 眼を彼岸へ投げながら
あなたはやはり寒いのか
橋上の人よ




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# by hannah5 | 2016-11-26 20:37 | 詩のイベント | Comments(0)

譚詩舎文学サロン   


11月3日(祝・木)、譚詩舎主催による立原道造についての講演がありました(於新宿歴史博物館)。今回の講演は「立原道造―現代詩へとつづく道」と題され、吉田文憲さんと野村喜和夫さんが立原道造と現代詩との関わりについてそれぞれの研究/発見から講義されました。最近少し忙しくなってイベントがある日はなかなか時間通りに到着できないことが多く、文憲さんが非常に緻密な講義をされていたのに、残念ながら文憲さんの講義を聴き逃してしまいました。


「立原道造―現代詩へとつづく道」

第一部  立原道造 詩「小譚詩」を巡って
       吉田文憲

第二部  立原道造と石原吉郎
       野村喜和夫

第三部  スピーチ・座談会




祈り


  石原吉郎


祈りは ことのほか
やさしかった
悔多い やわらかな
てのひらのなかで

祈ることは やはり
うれしかった
てのひらのなかで 風が
あたたかにうごいた

祈りのなかで
午前がすぎそして
午後がかさなった
時刻はさみしく しかし
きよらかにすぎた

夜がきて 星がかがやいた
私はその理由を考えなかった
私は てのひらのなかで
夜あけまで起きていた

(野村喜和夫さん配布の資料より。恐らく立原道造の影響が残る詩-野村さん曰く)



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# by hannah5 | 2016-11-12 21:13 | 詩のイベント | Comments(0)

日本の詩を読むXI ~ 緊急的戦後詩再読提言(第1回)   


野村喜和夫さんが講義される「日本の詩を読む」が始まりました。戦後70年、ずっと平和を享受してきた日本ですが、ここへきて少し不穏な気配が漂うようになりました。そのせいかどうかわかりませんが、今戦後詩が読み直されているようです。そこで11回目の「日本の詩を読む」は戦後詩を読むことになりました。(野村さんは最近台湾へ行かれていたせいか、タイトルは漢字ばかりです(笑))1回目の10月31日は鮎川信夫についての講義でした。読んだ詩は「死んだ男」と鮎川信夫が18歳の時に書いたという「扉の中」でした。




死んだ男


たとえば霧や
あらゆる階段の跫音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
――これがすべての始まりである。

遠い昨日・・・・・
ぼくらは暗い酒場の椅子のうえで、
ゆがんだ顔をもてあましたり
手紙の封筒を裏返すようなことがあった。
「実際は、影も、形もない?」
――死にそこなってみれば、たしかにそのとおりであった。

Mよ、昨日のひややかな青空が
剃刀の刃にいつまでも残っているね。
だがぼくは、何時何処で
きみを見失ったのか忘れてしまったよ。
短かかった黄金時代――
活字の置き換えや神様ごっこ――
「それがぼくたちの古い処方箋だった」と呟いて・・・・・

いつも季節は秋だった、昨日も今日も、
「淋しさの中に落葉がふる」
その声は人影へ、そして街へ、
黒い鉛の道を歩みつづけてきたのだった。

埋葬の日は、言葉もなく
立会う者もなかった、
憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった。
空にむかって眼をあげ
きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横たわったのだ。
「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない」
Mよ、地下に眠るMよ、
きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。





扉の中


カレンダーに音楽が流れ
華の咲いてゐるテーブル
竜舌蘭を食べてゐる紳士は
今晩十二時に出帆します
海に向って帽子をふって
震へてゐる爪に霧がかかる

杳い寒帯から運ばれたミルクに溺れる頃
扉の外をマアチが風と共に過ぎる
盛んに蠟を焚く女のプロフィル
海の景色はこんなに暗い青でせうか

油絵の裏に隠れてゆく黄ろい月
軍艦はシーツの皺に沈没する
窓を開けると雪が踊ってゐる
逃げてゆくのは白い犬だ
雪に埋まる扉





【緊急的戦後詩再読提言-講義予定】

1.鮎川信夫Ⅰ
2.鮎川信夫Ⅱ
3.田村隆一
4.北村太郎
5.石原吉郎・吉岡実
6.吉本隆明
7.谷川雁・黒田喜夫




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# by hannah5 | 2016-11-05 23:33 | 詩のイベント | Comments(0)

Pegasus vol. 2  颯木あやこ朗読会   


10月30日(日)、颯木あやこさんの第三詩集 『七番目の鉱石』 が第26回日本詩人クラブ新人賞を受賞したことを記念して、朗読会が行われました(於阿佐ヶ谷ネクストサンデー)。颯木さんの朗読には長谷川健治朗さんのピアノ伴奏と三上その子さんのダンスがコラボされました。ピアノもダンスも詩のイメージとモチーフをよく生かして創作され、三者が時に激しく時に優しく絡み合い、言葉を超えた深みと広がりが醸し出されていたと思います。朗読は 『七番目の鉱石』 の作品の他に、第一、第二詩集から一篇ずつと新作四編も含まれていて、『七番目の鉱石』 の作品しか知らなかった私にはとても新鮮でした。


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朗読中の颯木あやこさん



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長谷川健治朗さんのピアノと三上その子さんのダンスと



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対談中の颯木あやこさんと山田篤朗さん




【プログラム】

一部  朗読と共演  颯木あやこ(朗読)、長谷川健次郎(ピアノ)、三上その子(ダンス)
二部  トーク「鉱石のゆくえ」 山田篤朗、颯木あやこ
(敬称略)

                                颯木あやこ・長谷川健治朗共同プロデュース
                                葛原りょう監修
                                協賛 思潮社、丘のうえ工房ムジカ




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# by hannah5 | 2016-11-02 21:20 | 詩のイベント | Comments(0)