あけましておめでとうございます   







クリスマスの御挨拶もせず、新年のご挨拶も
3日になってする今年です。

暮れからずっと翻訳の仕事が立て込んでいて、新年も昨日から仕事をしています。

毎年少しですがおせちを作るのですが、今年はそれも割愛、外のおせちを買いました。

でも京都風のおせちで、おいしかったです。


皆様にはあたたかい良い年を迎えられますよう。


今年もよろしくお願いいたします。



はんな

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# by hannah5 | 2019-01-03 20:36 | ご挨拶 | Comments(0)

「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第5期-「愛の詩の12ケ月」第2回   


「愛の詩の12ケ月」の2回目の講義は金子光晴、北東(ぺいたお)、大岡信、吉原幸子、川田絢音の作品についてでした(11/25)。それぞれ1篇ずつの作品紹介でしたが、作品を通して詩人の簡単な歴史や在り様などが紹介され、受講生からも深みのあるコメントが寄せられ、なかなかよかったです。読んだ作品は「愛情69」(金子光晴)、「きみが言う」(北東)、「丘のうなじ」(大岡信)、「オンディーヌⅠ」(吉原幸子)、「グエル公園」(川田絢音)でした。



丘のうなじ


   大岡信



丘のうなじがまるで光つたやうではないか

灌木の葉がいつせいにひるがへつたにすぎないのに


こひびとよ きみの眼はかたつてゐた

あめつちのはじめ 非有だけがあつた日のふかいへこみを


とつの塔が曠野に立つて在りし日を

回想してゐる開拓地をすぎ ぼくらは未来へころげた


凍りついてしまつた微笑を解き放つには

まだいつさいがまるで(かたき)のやうだつたけれど


こひびとよ そのときもきみの眼はかたつてゐた

あめつちのはじめ 非有だけがあつた日のふかいへこみを


こゑふるはせてきみはうたつた

唇を発つと こゑは素直に風と鳥に化合した


火花の雨と質屋の旗のはためきのしたで

ぼくらはつくつた いくつかの道具と夜を


あたへることと あたへぬことのたはむれを

とどろくことと おどろくことのたはむれを


すべての絹がくたびれはてた衣服となる午後

ぼくらはつくつた いくつかの諺と笑ひを


編むことと 編まれることのたはむれを

うちあけることと匿すことのたはむれを


仙人が碁盤の音をひびかせてゐる谺のうへへ

ぼくは飛ばした 体液の歓喜の羽根を


こひびとよ そのときもきみの眼はかたつてゐた

あめつちのはじめ 非有だけがあつた日のふかいへこみを


花粉にまみれて 自我の馬は変りつづける

街角でふりかへるたび きみの顔は見知らぬ森となつて茂つた


裸のからだの房なす思ひを翳らせるため

天に繁つた露を溜めてはきみの毛にしみこませたが


きみはおのれが発した言葉の意味とは無縁な

べつの天体 べつの液になつて光つた


こひびとよ ぼくらはつくつた 夜の地平で

うつことと なみうつことのたはむれを


かむことと はにかむことのたはむれを そして

砂に書いた壊れやすい文字を護るぼくら自身を


男は女をしばし掩ふ天体として塔となり

女は男をしばし掩ふ天体として塔となる


ひとつの塔が曠野に立つて在りし日を

回想してゐる開拓地をすぎ ぼくらは未来へころげた


ゆゑしらぬ悲しみによつていろどられ

海の打撃の歓びによつて伴奏されるひとときの休息


丘のうなじがまるで光つたやうではないか

灌木の葉がいつせいにひるがへつたにすぎないのに







オンディーヌ Ⅰ


   吉原幸子



わたしのなかにいつも流れるつめたいあなた


純粋とはこの世でひとつの病気です

愛を併発してそれは重くなる

だから

あなたはもうひとりのあなたを

病気のオンディーヌをさがせばよかった


ハンスたちはあなたを抱きながら

いつもよそ見をする

ゆるさないのが あなたの純粋

もっとやさしくなって

ゆるさうとさへしたのが

あなたの堕落

あなたの愛


愛は堕落なのかしら いつも

水のなかの水のやうに充ちたりて

透明なしづかないのちであったものが

冒され 乱され 濁される

それが にんげんのドラマのはじまり

破局にむかっての出発でした

にんげんたちはあなたより重い靴をはいてゐる

靴があなたに重すぎたのは だれのせゐでもない


さびしいなんて

はじめから あたりまへだった

ふたつの孤独の接点が

スパークして

とびのくやうに

ふたつの孤独を完成する

決して他の方法ではなされないほど

完全に

うつくしく

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# by hannah5 | 2018-12-18 20:17 | 詩のイベント | Comments(0)

ポエジー・クリティック1「身体/言語的身体」と「言語/身体的言語」   


113日(土)喜和堂のもうひとつの朗読会「ポエジー・クリティック」がブックカフェ エル・スールで行われました。これは324日に自作の詩を読む喜和堂朗読会とは趣旨が異なり、紙に書かれた詩を朗読する時における読み手と聴き手という両面からとらえ、双方向から言語を構築し、かつ批評を加えていく試みです。ダンサーでコレオグラファー、雑誌『ダンスワーク』の編集長長谷川六さんをゲストにお迎えし、野村喜和夫さんと岩切正一郎さんと3人のトーク、喜和堂の有志による朗読が行われました。



【プログラム】


〔第一部〕

トーク「身体/言語的身体」と「言語/身体的言語」

 長谷川六、野村喜和夫、岩切正一郎

 (司会)山腰亮介

(右から)野村喜和夫さん、長谷川六さん、岩切正一郎さん、山腰亮介さん



〔第二部〕

リーデイングとトーク「朗読をめぐるプランと実践」

 野村喜和夫、岩切正一郎、芦田みのり、川津望、森川雅美、渡辺めぐみ

 (司会)山腰亮介






岩切正一郎さん



野村喜和夫さん

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# by hannah5 | 2018-12-15 06:07 | 詩のイベント | Comments(0)

「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第5期-「愛の詩の12ケ月」第1回   


野村喜和夫さんの現代詩講座の第
5期が始まりました(10/21開始)。今回は世界中の詩人の愛を詠った詩を中心に講義が進められます。ゲーテやボードレール、有名なもの、古典的なものを避け、20世紀以降の詩人に限定されています。また、期末には「私の愛の詩のコンピレーション、アルバム」として、受講生は自分の愛誦する愛の詩、自作の愛の詩などから朗読コンピレーションアルバムの課題を提出しなければなりません。これはちょっと楽しみです。



【愛の詩の12ケ月・講座予定】


1

1月 エミリー・ディキンソン、ポール・エリュアール

2月 清岡卓行、ポリス・パステルナーク

3月 黒田三郎、金子光晴


2

4月 北島、大岡信

5月 川田絢音、朝吹亮二

6月 安東次男、吉岡実


3

7月 ジュゼッペ・ウンガレッティ、川口晴美

8月 岡田隆彦、アンドレ・ブルトン

9月 ジョン・アッシュベリー、シャルル・ボードレール


4

10月 白石かずこ、T. S. エリオット

11月 イヴ・ボンヌフォワ、パウル・ツェラン

12月 オクタビオ・パス、草野心平



*****



盛り沢山の内容だったため、3月の黒田三郎と金子光晴は講義をする時間がなくなり、結局2月のポリス・パステルナークまででした。



(大地は一個のオレンジのように青い)


       ポール・エリュアール



大地はオレンジのように青い

間違いなものか 言葉に嘘はない

言葉はもう歌わせてはくれない

こんどは接吻が睦みあう番だ

狂人たちと愛

彼女 その盟約の口

すべての秘密すべての微笑

それもなんという寛容のころもだろう

彼女を全裸と思わせるほど。

雀蜂が緑に花ひらく


夜明けはうなじのまわりに

窓の首飾をかける

翼が葉を蔽う

きみにはあらゆる太陽の悦びが

地上のすべての太陽がある

きみの美しさの道筋に。


   (田中淳一訳)




あのひとはわたしに触れた・・・・・


       エミリー・ディキンスン



あのひとはわたしに触れた、それでわたしは生きて知る

あのように許された日を、

あのひとの胸に探ったことを――

それはわたしにとって無限の場所

そしてしいんと静まりかえっていた、恐ろしい海が

多くの小さな流れを休めるように。


そしていま、わたしは前とすっかり違っている、

まるで高貴な空気を吸ったように――

あるいは王冠に一寸さわったように――

あのように彷徨うていたわたしの足も――

わたしのジプシーのような顔も――いまは変貌している――

もっと優しい光栄に。


この港に、もしわたしが入れるならば、

エルサレムに来たリベカだって、

これほど恍惚とした顔にならないだろう――

社に驚きぬかずくペリシャ人だって

荘厳な太陽神に向って

このように烈しく打たれた面を上げることはないだろう。


   (安藤一郎訳)


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# by hannah5 | 2018-11-11 20:40 | 詩のイベント | Comments(0)

私の好きな詩・言葉(173)   


春の大曲線



きみの命の大きさは
0.1ミリから始まった。

見ようとしなければ見えない大きさ。だけど

暗闇にいたらはっきりとわかる光の筋。真っ

直ぐに揺れて、真っ直ぐにたどり着いたこの

地球の夜空から弾かれた。性別も顔もこれか

らの人生も知らされずに、理由もなく、抱き

止められるために、まだ発見されていない塵

や電子の波に紛れて。まだ見ぬパパとママだ

って何億光年も宇宙を旅した。

あなたが最初に出会った微笑みの呼び方

重さのしるし、

眩しさに理由は隠されていないから

些細なきっかけの糸を手繰り寄せたことだって

すでにあなたは忘れているし

目の前のあたたかな光を

迎え入れることで頭がいっぱいなんだもの

はじめましてぼくたち

はじめましてわたしたち

まだ発見されていない宇宙の塵と大気と

電子の波を

見つめて微笑む

両手で抱えあげて重さを知る

頬をくっつけて温度を体感する

名前をつける

あなたがこの絵から姿を消したあとでも

手掛かりが残るように

痕跡の何もないところから

また光が差すように

季節を忍ばせて

春には春の方角へ弓を張り

伸びやかな布が一本の糸でするりと解けていくように

奇跡、と喜ぶことができる幸せが続きますように

思い切り空気を吸って

ふかふかの夜の中でおやすみなさい

弾く光の波があなたの

夜明け前の鼓動に追いつく







そんなにたくさんの塩



 夏の海辺で、母は岩肌に寄り添う。小さく跳ねるしぶき

を浴びながら貝を取る。波が引くごとに、貝はきゅうと身

を引き締めて張り付き、かたくなな殻だけが母の手元に残

る。しつこい夏の暑さと戦いながら、それでも何個かの貝

を手にして家に帰り、熱い汁のなかにぽとんと落とした。

母は出汁をもったいなさろうに幾度もすすり、貝の実を残

さず食べた。

 次の日から、母の作る食卓の味が変わった。何かがどこ

かで塩がらくなっている。昆布の佃煮、魚の塩焼き、サラ

ダ・豆腐のお味噌汁。背後でこっそり手順を覗き見ても変

わったところは見当たらない。レタス・きゅうり・トマト

など、ざっくりと混ぜた野菜がボールのなかで波を待つ。

皺の多く寄った母の手が器用に箸を持ち、小皿に取り分け

る間に旅は始まる。味が変化するのだ。人生の終わりに、

母が出会ったもの。私たちの食卓に潮が満ちてくる。












ひと言

# by hannah5 | 2018-09-04 21:25 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第4期-「日本におけるランボー」第3回、第4回   


野村喜和夫さんが講義される「日本におけるランボー」の第
3回は「モダニズムと戦後のランボー受容」(7/22)、そして第4回は「私のランボー体験」でした(8/26)。3回目の講義では、戦後日本でランボーがどのように受容されていったか、ランボーの作品を翻訳した中原中也や小林秀雄に焦点を当て、その他ランボーを翻訳した人たちの訳の違いなどを比較しました。読んだ作品は西脇順三郎の評論「日光菩薩ランボー」、瀧口修造の「詩と実在」(部分)、粟津則雄訳のランボーの「コントCONTE」、清岡卓行の「最後のフーガ」、渋沢孝輔の「越冬賦」、鈴村和成訳のランボーの「酔いどれボート」(部分)でした。


4
回目の「私のランボー体験」では野村さんがどのようにランボーと関わってこられたかを中心に講義が進められました。「あらゆるテクストは先行するテクストの書き換えである」というジュリア・クリステヴァの言葉を引用し、野村さんの詩に反映されたランボーの詩を読みながら、最終講義は野村ワールドが炸裂した感じでした。(副題は「ランボーとのわがテクスト間交流―本歌取り? 換骨奪胎? 脱構築?」。)読んだ作品は「シャルルヴィル発歯痛」、「アダージェット、暗澹と」、「そこ、緑に蔽われた窪地」、「スペクタクルあるいは波」、「この世の果てあるいは希望」でした。



スペクタクルあるいは波

        野村喜和夫

   
   不眠の夜の海は、アメリーの乳房のよう。

        ――アルチュール・ランボー

   海にゐるのは、

   あれは人魚ではないのです。

   海にゐるのは、

   あれは、波ばかり。

        ――中原中也



わたくしの果ての世の月明かりの

液晶の海に

ちらちら

みえているのは

あれは人魚でも波でもなく

眠れない女たち


人のうち

どこまでもやわらかく

重たげな肉をうねらせ分泌にみち

眠れない

とりわけ眠れない女たち


おおたえまなく寝返りをうつ女たち眠れない眠れない

するとたとえようもなく

うなじの明るみ

針を刺すと

ぞろぞろと白い虫たちがあふれ出すような

その照り映え

その照り映え

その照り映え


捕獲の網を手に

誰だわたくしは

夏の日の少年でもあるまいし

ただこんなにも睾丸が

睾丸だけが

卵黄のように垂れた月をまねて重い


そのあいだにも

眠れない女たちのすさまじいパーティだパーティ


ひとりが

パンプスをはいたままベッドを飛び越え

蹴り上げる昼の鬱屈の隣で

べつのひとりが

ベッドをたてて

くるくるとまわしはじめる

ワルツもうどうしようもなくワルツその照り映えその照り映え


わたくしの果ての世の月明かりの

液晶の海に

ちらちら

みえているのはあれは人魚でも波でもなく

眠れない女たち


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# by hannah5 | 2018-08-29 21:25 | 詩のイベント | Comments(0)