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私の好きな詩・言葉(129) 「鳥の言葉は」 (新井 豊美)   


「鳥の言葉は」


飛びたつ鳥を追ってゆく
はいいろの雲のさけめ
そこだけが澄んだ淵のような
いっそう蒼みを帯びてくる少女の怒りの眼のような

   鳥よ おまえの
   ゆくところはどこか

あの街の高い塔の上にも鳥は群れていた
変わらぬうたを愛語のようにかわしながら
微風にも揺れるしなやかなゆうかりの葉群れに抱かれて
彼らはなにをうたっていたのか
なにを思い なにを悲しんだのか
海峡と岬をへだて 山襞は幾重にも険しく迫って
あれははるかな調べだが
生まれるまえに聴いた誰もが知っているうただから
わたしはその意味を思い出せるはずだ

   鳥よ おまえが
   かえってゆくところはどこか

塔は崩れ 木は倒され
ゆくところなく
かえるところなく
とどかぬところ ゆきつけぬところ

   ゆえに非在の場処であるかのような ここ 唯一の場処で
               問うことの無意味によってわたしの問いは 忘れられ

北北西を指す風見の針
沈黙の石は磁気を帯びてかすかに震え
それらの上におおいかぶさってくる 冬の重力

錆びた滑車が
ギリリと 軋み



(「現代詩手帖」(2009年1月号)掲載)






ひと言

今回は現代詩手帖1月号に掲載されていた新井豊美さんの詩、「鳥の言葉は」です。
私は現代詩が何か、いまだによくわかりません。現代詩は「難解」だと思われるようですが、新井豊美さんの詩を読むと私の中で呼応するものがあり、言葉が生き生きと動きだすのを感じます。新井豊美さんの詩には強さと優しさ、知性と感性、旋律とリズムがあります。言葉を紡ぐことの確かさや意味のようなものを本能的に共有することができます。

言葉はこんなふうに編みたかった-新井豊美さんの詩を読むと、いつもそう感じます。




新井 豊美 (あらい とよみ)

1935年広島県尾道市生まれ。銅板画製作から詩に転じる。1970年頃から詩と評論を発表し、本格的に詩を書き始めた。詩集『波動』(1978)、『河口まで』(1982、地球賞)、『いすろまにあ』(1984)、『夜のくだもの』(1992、高見順賞)、『現代詩文庫・新井豊美詩集』(1994)、『切断と接続』(2001)、評論『苦界浄土の世界』(1986)、『〔女性詩〕事情』(1994)、『詩の森文庫・女性詩再考』(2007)、詩文集『シチリア幻想行』(2006)、『草花丘陵』(2007、晩翠賞)、他著書多数。

by hannah5 | 2009-01-18 23:42 | 私の好きな詩・言葉

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