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ひととわたし   


たとえばひとが住むのは暗いアパート
信号を渡って坂をおり切ったあの角に
ひっそり息をつめて冷え冷えとする石段があった
春には微かな明みがさして
風がにおったようだったが
夏も秋も冬も
コーヒーとサンドイッチしか通らなかった
忘れることができないほど
幾度も上っては下り、上っては下り、
ひとを待つ手の何とつめたかったことか

たとえばひとは去年のタオルを覚えているだろうか
いつまでも新しいと約束した筈だった
春の初めに絞っては洗い、絞っては洗い、
微かなほころびが見えたようだったが
そんなことにはおかまいなく
窓辺に干しておいた
ー 擦り切れようとしているタオル -
擦り切れて糸がほどけてバラバラになるまで
お前はじっとしているがよい
二夏越したお前の命はあと幾日?

ひとの愛した花を忘れ
ひとの歩いた林を忘れ
ひとの眠った春の朝を忘れ
ひとの後姿が優しかった輪郭だけを残していった時には
きっと透きとおった風が流れ出し この道を
ひとも
わたしも
黙って歩いている
幾千年もそうしてきたかのように
幾千年もそうしていくかのように


(1978.9)

by hannah5 | 2004-12-02 00:04 | 萌芽(before 1997)

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