かげろう
2011年 07月 04日
ため息をひとつ
目の前に小さく落としてその先をじっと見つめる
ため息はいくつもの気泡となって
やがて薄くなり始めた表面がくるりくるりと向きを変え
ついにはぽつぽつと穴があいて風通しがよくなる頃
ひっそりと消え入るように溶けていく
風をまたいで歩いていた足が
速度をゆるめ始める
何かを思い出したようにふと立ち止まる
うしろを振り返り
眉間に小さな皺をいくつも寄せ
それから前を向いてふたたび歩き始める
通り過ぎていく風景の中に皺をひとつずつ落としていく
最後の皺を落とすころには
うしろにあったものは霧のように薄くまばらになっていて
やがてそれらもぼんやりと消えていく
始まりをいくら捜しても見つけることができない
二、三日前通った時にはたしかにあったはずなのに
どこかに紛れてしまったか
ぼんやりと消えてしまったか
解決策は霧のようにあいまいなまま
ゆっくりと先へ行く
小さいころからいつも触ってきた街の匂いと音
季節の変わり目ごとに拾い集めた約束のことば
地中深くに突き立てた流れ星
それぞれがかげろうのようにぼんやりと立ち上がり
時間の裏側へ落ちていく
歩いた後から足跡が消える
積み上げた思い出がひとつずつ砕けていく
扉を小さく開いてきれいな色とりどりの石を
わたしの手の中に置いてくれた
わたしは手を握りしめて石の感触を確かめたかった
握りしめた手の中で石が消えていた
(新現代詩13号掲載)
by hannah5 | 2011-07-04 15:22 | 投稿・同人誌など