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日本の詩を読む V   


野村喜和夫さんの講義による「日本の詩を読む」シリーズ5回目が昨日より始まりました。今回のテーマは「戦後の名詩集を読む」です。

なるべく今まで取り上げなかった詩人をということで、今回は堀川正美、岡田隆彦、那珂太郎の3詩人がリストに加わりました。第一回目の昨日は吉岡実の『僧侶』(第9回氏賞、1959)でした。

1996年、筑摩書房より『吉岡実詩全集』が発行されましたが、面白い逸話を聞きました。全詩集が発行されてから、1篇の詩が抜けていたことが発見されました。詩が抜けていたことを発見した人は誰だかわかりませんが、たくさんある作品の中で1篇抜けていたことを見つけた人はよほど吉岡実の作品に詳しい人だったのでしょうね。筑摩書房は慌てて抜けている作品を入れて刷り直したそうです。作品が抜けていると、謝罪訂正分とともに抜けている作品を栞に印刷して本に挟んで出すのが通常のやり方なのだそうですが、筑摩書房はそれをせず、その1篇を加えて刷り直したそうです。今では作品の抜けた全詩集もプレミアとして価値があるそうです。

時間の関係から、教室では『僧侶』から「苦力」という作品を1篇だけ読みました。


【講義内容】

1. 10月7日(金):  吉岡実『僧侶』(1958)
2. 10月21日(金): 堀川正美『太平洋』(1964)
3. 11月4日(金):  岡田隆彦『史乃命』(1964)
4. 11月18日(金): 那珂太郎『音楽』(1965)
5. 12月2日(金):  谷川俊太郎『コカコーラ・レッスン』(1980)
6. 12月16日(金): リクエストに応じて
(19時00分~20時30分)


                              *****


苦力


支那の男は走る馬の下で眠る
瓜のかたちの小さな頭を
馬の陰茎にぴったり沿わせて
ときにはそれに吊りさがり
冬の刈られた槍ぶすまの高粱の地形を
排泄しながらのり越える
支那の男は毒の輝く涎をたらし
縄の手足で肥えた馬の胴体を結び上げ
満月にねじあやめの咲きみだれた
丘陵を去ってゆく
より大きな命運を求めて
朝がくれば川をとび越える
馬の耳の間で
支那の男は巧みに餌食する
粟の熱い粥をゆっくり匙で口へはこびこむ
世人には信じられぬ芸当だ
利害や見世物の営みでなく
それは天性の魂がもっぱら行う密儀といえる
走るうまの後肢の檻からたえず
吹きだされる尾の束で
支那の男は人馬一体の汗をふく
はげしく見開かれた馬の眼の膜を通じ
赤目の小児・崩れた土の家・楊柳の緑で包まれた柩
黄色い砂の竜巻を一瞥し
支那の男は病患の歴史を憎む
馬は住みついて離れぬ主人のため走りつづけ
死にかかって跳躍を試みる
まさに飛翔する時
最後の放屁のこだま
浮ぶ馬の臀を裂く
支那の男は間髪を入れず
徒労と肉欲の衝動をまっちさせ
背の方から妻をめとり
種族の繁栄を成就した
零細な事物と偉大な予感を
万朶の雲が産む暁
支那の男はおのれを侮蔑しつづける
禁制の首都・敵へ
陰惨な刑罰を加えに向う

(『僧侶』より)





野村 喜和夫(のむら きわお)

1951年生まれ。早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。
戦後世代を代表する詩人のひとりとして現代詩の最先端を走り続けるとともに、小説、批評、翻訳、比較詩学研究などにも執筆の範囲を広げている。その詩はフランスのPO&SIE誌をはじめ、数ヶ国語に翻訳されている。
詩集『特性の陽のもとに』(思潮社、1993)で第4回歴程新鋭賞、『風の配分』(水声社、1999)で第30回高見順賞、『ニューインスピレーション』(書肆山田、2003)で第21回現代詩花椿賞。
朗読パフォーマンスや異文化アーティストとのコラボレーションにも力を入れ、「現代詩フェスティバル95詩の外出」「現代詩フェスティバル97ダンス/ポエジー」「日欧現代詩フェスティバルin東京」「現代詩フェスティバル2007環太平洋へ」を主導した。またロッテルダム国際詩祭をはじめとする海外の詩祭に招かれての朗読、アイオワ大学国際創作プログラムへの参加など国際的にも活躍している。CS番組「Edge未来をさがす。」(2002)では、第1回目に「その、無限にそこ」というタイトルで自身の詩の世界が特集された。著書に『ランボー・横断する詩学』(未来社、1993)、『金子光晴を読もう』(未来社、2004)、『ランボー「地獄の季節」詩人になりたいあなたへ』(みすず書房、2007)他多数。
(公開講座で配布されたチラシよりコピー抜粋)

by hannah5 | 2011-10-08 16:54 | 詩のイベント

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