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私の好きな詩・言葉(166)   


観客席にいたのではなく

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震災があった夜
まるで映画のようだと、だれもが言った
映画館の客席よりはるかに暗く
はるかに冷たい
だけど映画を観ていたのではなく
わたしたちはスクリーンの中にいたんだ

震災があった夜
星々だけが、暗闇に輝いていた
停電で暗黒の都会をさまよって
信号がつかない夜空を
わずかなガソリンにすがりながら
軌道はすでに、はずれはじめていた

震災があった夜
蝶が一匹、海面を舞っていた
流される一本の木につかまって
凍えるのを知りながら
カラフルな上着を一枚脱いで
少女は見えない船に助けを仰いだ

震災があった夜
ホタルがひとつ、遠くで揺れていた
ひとりだけ地上に取り残され
家族が流された海を
壊れたビルの屋上から眺めていた男が
十年ぶりに吸ったタバコの灯り


(秋亜綺羅・柏木美奈子 詩の絵本『ひらめきと、ときめきと。』より)







この詩の絵本からもう一篇


一+一は!

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空気が踊ると風を感じるよね
空気が眠れば気配を感じる
気配はもうひとりのぼくだとおもう
一緒に歌って笑ってた、きみのこと

涙がとまらなければ
金魚と友だちになろうよ
金魚は悲しくても
涙を流すことができない

ガラスの部屋でうずくまるきみは
壊れたこころを癒し終わって
ガラスを壊すときが来るだろう
だいじょうぶ、こわいけれど
ぼくはいつも一緒だから

ひらめきと、ときみきさえあれば
生きていけるさ

だけどあるときは、ぜんぶ裸になって
あるときは派手なコスプレをして
みんなの前に現われる
そんな勇気がいるのかもしれないね

これからぼくたちが向かうだろう
水平線だって波立っている
この場所と時間だけがいまのぼくたち
ふたりで写真を撮ろうか




ひと言


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秋亜綺羅さんの詩と柏木美奈子さんの絵で綴った詩の絵本 『ひらめきと、ときめきと。』 が出版されました。最初読んだ時、心に響いたのは「観客席にいたのではなく」でした。3.11の震災を経験された方が、震災の痛みや悲しみを押し付けや大仰な言葉ではなく、現場の目で書かれていることが心の中に残りました。何度か読み返した後、音読してみました。すると、今まで響かなかった言葉が不思議な余韻をもって起き上がってきました。2度、3度と音読するうちに、言葉がその都度膨らんで大きくなっていくのを感じました。秋亜綺羅さんの言葉はどこか理屈っぽく感じることがあったのですが、音読してみると、黙読していた時には見えなかった哀しみとペーソスとユーモアが下の方から浮き上がってきます。もしかすると、秋亜綺羅さんは詩を書く時、声に出しながら書いていらっしゃるのではないかと思いました。

柏木美奈子さんのイラストがほんのりやわらかくてあたたかく、秋亜綺羅さんの言葉に丸く寄り添っています。上の2篇に添えたイラストも実際に作品に添えられていたものをここに持ってきたのですが、「一+一は!」の虹は2ページにまたがっていたため、写真に撮った時、陰影がついてしまいました。実際はきれいな虹のイラストです。



詩: 秋 亜綺羅(あき あきら)

1951年生れ。宮城県仙台市在住。
詩集に 『海!ひっくり返れ!おきあがりこぼし!』 (1971)、『透明海岸から鳥の島まで』 (2012)、『ひよこの空想力飛行ゲーム』 (2014)など。
丸山豊記念現代詩賞受賞。


絵: 柏木 美奈子(かしわぎ みなこ)

1967生れ。宮城県仙台市在住。
季刊ココア共和国編集、イラスト。
詩集の装幀など。

( 『ひらめきと、ときめきと。』 よりコピー抜粋)

by hannah5 | 2015-08-29 18:31 | 私の好きな詩・言葉

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