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「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第5期-「愛の詩の12ケ月」第2回   


「愛の詩の12ケ月」の2回目の講義は金子光晴、北東(ぺいたお)、大岡信、吉原幸子、川田絢音の作品についてでした(11/25)。それぞれ1篇ずつの作品紹介でしたが、作品を通して詩人の簡単な歴史や在り様などが紹介され、受講生からも深みのあるコメントが寄せられ、なかなかよかったです。読んだ作品は「愛情69」(金子光晴)、「きみが言う」(北東)、「丘のうなじ」(大岡信)、「オンディーヌⅠ」(吉原幸子)、「グエル公園」(川田絢音)でした。



丘のうなじ


   大岡信



丘のうなじがまるで光つたやうではないか

灌木の葉がいつせいにひるがへつたにすぎないのに


こひびとよ きみの眼はかたつてゐた

あめつちのはじめ 非有だけがあつた日のふかいへこみを


とつの塔が曠野に立つて在りし日を

回想してゐる開拓地をすぎ ぼくらは未来へころげた


凍りついてしまつた微笑を解き放つには

まだいつさいがまるで(かたき)のやうだつたけれど


こひびとよ そのときもきみの眼はかたつてゐた

あめつちのはじめ 非有だけがあつた日のふかいへこみを


こゑふるはせてきみはうたつた

唇を発つと こゑは素直に風と鳥に化合した


火花の雨と質屋の旗のはためきのしたで

ぼくらはつくつた いくつかの道具と夜を


あたへることと あたへぬことのたはむれを

とどろくことと おどろくことのたはむれを


すべての絹がくたびれはてた衣服となる午後

ぼくらはつくつた いくつかの諺と笑ひを


編むことと 編まれることのたはむれを

うちあけることと匿すことのたはむれを


仙人が碁盤の音をひびかせてゐる谺のうへへ

ぼくは飛ばした 体液の歓喜の羽根を


こひびとよ そのときもきみの眼はかたつてゐた

あめつちのはじめ 非有だけがあつた日のふかいへこみを


花粉にまみれて 自我の馬は変りつづける

街角でふりかへるたび きみの顔は見知らぬ森となつて茂つた


裸のからだの房なす思ひを翳らせるため

天に繁つた露を溜めてはきみの毛にしみこませたが


きみはおのれが発した言葉の意味とは無縁な

べつの天体 べつの液になつて光つた


こひびとよ ぼくらはつくつた 夜の地平で

うつことと なみうつことのたはむれを


かむことと はにかむことのたはむれを そして

砂に書いた壊れやすい文字を護るぼくら自身を


男は女をしばし掩ふ天体として塔となり

女は男をしばし掩ふ天体として塔となる


ひとつの塔が曠野に立つて在りし日を

回想してゐる開拓地をすぎ ぼくらは未来へころげた


ゆゑしらぬ悲しみによつていろどられ

海の打撃の歓びによつて伴奏されるひとときの休息


丘のうなじがまるで光つたやうではないか

灌木の葉がいつせいにひるがへつたにすぎないのに







オンディーヌ Ⅰ


   吉原幸子



わたしのなかにいつも流れるつめたいあなた


純粋とはこの世でひとつの病気です

愛を併発してそれは重くなる

だから

あなたはもうひとりのあなたを

病気のオンディーヌをさがせばよかった


ハンスたちはあなたを抱きながら

いつもよそ見をする

ゆるさないのが あなたの純粋

もっとやさしくなって

ゆるさうとさへしたのが

あなたの堕落

あなたの愛


愛は堕落なのかしら いつも

水のなかの水のやうに充ちたりて

透明なしづかないのちであったものが

冒され 乱され 濁される

それが にんげんのドラマのはじまり

破局にむかっての出発でした

にんげんたちはあなたより重い靴をはいてゐる

靴があなたに重すぎたのは だれのせゐでもない


さびしいなんて

はじめから あたりまへだった

ふたつの孤独の接点が

スパークして

とびのくやうに

ふたつの孤独を完成する

決して他の方法ではなされないほど

完全に

うつくしく

.


by hannah5 | 2018-12-18 20:17 | 詩のイベント

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