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「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第6期-「ダダ・シュルレアリスムの100年」第3回-「自動記述とは? 夢の記述とは?/西脇順三郎」   


ダダ・シュルレアリスムの
100年の3回目の講義は自動記述についてでした(4/28)。自動記述とは何か、自動記述におけるさまざまな分野での利用などを中心に講義が行われました。読んだ作品は西脇順三郎の「馥郁タル火夫」(『Ambaruvalia』)、アンドレ・ブルトンの『溶ける魚』(部分)と『シュルレアリスム宣言』(部分)、ブルトンとフィリップ・スーポーの「裏箔のない鏡」(部分)(『磁場』)、野村喜和夫さんの「ちたちたちた」(『幸福な物質』)と評論「自動記述と心象スケッチ」でした。





『シュルレアリスム宣言』


    アンドレ・ブルトン



 <シュルレアリスム>という言葉を、わたしたちがきわめて特殊な意味に解して使用する権利に、もしも異議をとなえる人間がいるとすれば、それはたいへんな言いがかりである。というのはわれわれは以前にこの言葉が行きわたったためしがないのは明らかだからである。そこでそれをはっきり定義づけておこう。


 シュルレアリスム
 男性名詞。心の純粋な自動現象であり、それを通じて口頭、記述、その他あらゆる方法を用い、思考の真の働きを表現することを目標とする。理性による一切の統禦をとりのぞき、審美的あるいは道徳的な一切の配慮の埒外でおこなわれる、思考の口述筆記。

 <百科辞典的説明>。哲学用語。シュルレアリスムは、これまで閑却されてきた、ある種の連想形式の高度な現実性への信頼と、夢の全能への信頼と、思考の打算抜きの働きにたいする信頼に基礎をおく。それ以外のあらゆる精神機能を決定的に打破し、それらに代わって人生の重要な問題の解決に努める。<絶対的シュルレアリスム>の実践者は以下の人たちである。アラゴン、バロン、ボワファール、ブルトン、カリーヴ、タルヴェル、デルテイユ、デスノス、ユリェアール、ジェラール、ランブール、マルキーヌ、モリーズ、ナヴィル、ノル、ペレ、ピコン、スーポー、ヴィトラック。






ちたちたちた


    野村喜和夫



他の茎のなかでめざめた

ちたちたちた

石よりも硬い漿液に貫かれて

純粋な痛みが駆けのぼってくる

口唇からこぼれ落ちる舌の錆

私とは誰でありえたか

南面の性の崩落が激しい

北東には岬が立ちヘリウムと呼ばれる

ほろほろな空隙を踏みそこね踏み外し

リズムすべてはリズム

老いたところで何になろう

時の風紋のいただきに立ち

霧を集めては飲む虫の忍耐のよう

無限の右の繊維が裂けて

白磁のような外がのぞいた

西へすすむにつれ私はちぢむ

振り仰げばまだら母の深み

るりるりるり

全身にその刺青をほどこしてもらう






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by hannah5 | 2019-07-17 14:09 | 詩のイベント | Comments(0)

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