私の好きな詩・言葉(56) 「南の絵本」 (岸田衿子)
2005年 10月 16日
いそがなくたっていいんだよ
オリイブ畑の 一ぽん一ぽんの
オリイブの木が そう云っている
汽車に乗りおくれたら
ジプシイの横穴に 眠ってもいい
兎にも 馬にもなれなかったので
ろばは村に残って 荷物をはこんでいる
ゆっくり歩いて行けば
明日には間に合わなくても
来世の村に辿りつくだろう
葉書を出し忘れたら 歩いて届けてもいい
走っても 走っても オリイブ畑は
つきないのだから
いそがなくてもいいんだよ
種をまく人のあるく速度で
あるいてゆけばいい
(詩集 『いそがなくてもいいんだよ』 より)
詩をありがとう
(akiさんのブログ 『一粒のからし種』 より)
解説
岸田衿子の詩を読んでいくと、そこはかとなく谷川俊太郎の影響が見え隠れする。あるいは谷川俊太郎の詩に岸田衿子が好んで書いた自然の影響が見え隠れするといった方が正しいだろうか。谷川俊太郎の幼馴染であり、最初の妻だった岸田衿子の詩を読んでみたくなった。
岸田衿子の詩には林や森の動物や草木など自然がたくさん登場する。堀辰雄や立原道造のような、高原のペンションのような西洋風のおいがする。また、宮澤賢治や 『ピーター・ラビット』 のベアトリックス・ポッターを髣髴させる。このことは、田中和男のあとがきを読んで納得した。
岸田衿子さんは
小さいときから絵が好きで「毎日描きたいだけでした。」(風にいろをつけたひとだれ-学
生の頃-より)芸大の油絵科に入ってから、幼な友達の詩人の影響もあって、スケッチブッ
クに詩を書きはじめ、「ことばのデッサンに取り組むようになりました。」そのころ山小屋にい
ることが多かったそうです。
そこは子ども時代から往き来した浅間山麓の森の奥で、今は一年中住んでいます。蜜蜂
の巣箱や、木の実、草の実などのものに囲まれて。蜜蜂の巣箱は地上に置くとクマに狙わ
れますので、屋根の上に板を渡して置いてあります。
冬はだんろに火を入れて「音といえば、薪のはぜる音だけ。うごくものといえば、炎だけと
いう夜が、いく晩か過ぎて行きます。」(同-もえる火-より)
山の春はおそいので、春は雨に向いた半島などの植物を見て歩きます。たまにはヨーロ
ッパアルプスの谷の村々にも足をのばします。
秋は家の中にさまざまな色をとり込みます。われもこうやきつねあざみ、「秋の終りの光
る木の実、野生の紫式部とコバルト色の錦織の実。うめもどき、茨の実、まゆみの実、室(へ
や)の中の籠や瓶、させるものは全部さし、壁にも梁にもぶらさげる。」(同-白い村の日々
-より)(田中和男あとがき「岸田衿子さんは」より抜粋)
「南の絵本」を読んでほっとした。私はよく出遅れる。どこかで社会に適応できずにいる。けれど、「種をまく人のあるく速度で」歩いていけばいいんだよと、岸田衿子は教えてくれる。歩いていれば、いつか目的地に辿り着ける。
岸田 衿子(きしだ えりこ)
1929年、東京に生まれる。
詩人。童話作家。
岸田國士を父に持ち、妹は女優の岸田今日子。
東京芸術大学美術学部油絵科卒。在学中に呼吸器を患い、山小屋暮らしをしながら詩作を始める。同人雑誌『櫂』に参加。幼友達の谷川俊太郎と書肆ユリイカの伊藤得夫にすすめられて、最初の詩集 『忘れた秋』 を出した。詩集 『らいおん物語』、『くれよんの歌』、『あかるい日の歌』、『だれもいそがない村』、『かえってきたきつね』、童話・絵本の作品として 『ジオジオのかんむり』、『ジオジオのパンやさん』、『ジオジオのたんじょうび』、『ひとこぶらくだがまっていた』、サンケイ児童出版文化賞グランプリを受賞した 『かばくん』、『かえってきたきつね』、エッセイ集『風にいろをつけたひとだれ』、翻訳にローベル 『どろんここぶた』、童謡のレコードとして 『動物の十二ヶ月の歌』、『生まれたままのひとみで』 などがある。(集英社 『日本の詩 現代詩集(二)』 より)
by hannah5 | 2005-10-16 23:57 | 私の好きな詩・言葉