街の風景
2006年 03月 08日
夕闇が街を包み始める頃
私は仕事を終えて街へ出る
静かな住宅街を抜けると
目の前が急に開けて
遠くに富士山が見える
富士山を見ながら鉄橋を渡り
階段をゆるゆる下りて行くと
突き当たりになり
川が流れている
その川に沿って駅まで歩く
急いでいる時は
鉄橋から駅まで一気に歩く
大抵は川辺のフェンスの植物を眺めたり
木の上で騒ぐカラスをからかったり
散歩中の犬の頭をなでたりしながら
ゆっくり歩く
春になると
川辺の桜が満開になる
近所の人たちは酒やごちそうを持ち寄り
椅子を並べて酒盛りをする
公道だがほとんど人の通らないその道は
花見の庭に早替わりし
何も始まらないうちから
あたりはほんのりさくら色にほろ酔い加減だ
梅雨の頃
青や紫やピンクの大きな紫陽花が
雨露にしっとりと咲く
誰に見られるともなくひっそりと咲く紫陽花は
いつも私に秘密の喜びをくれる
アメリカにも紫陽花はあったが
雨の中でにおいたつように咲く紫陽花は
この国だけだ
夏はあたり一面
みんみん蝉がかしましい
木という木に
みーん みーん
が へばりついている
みーん みーんは
夜になっても止まない
熱い空気が沈殿して地中から響いてくる
秋には野菊が我も我もと
フェンス越しにかわいい顔を覗かせる
私はそれを二、三本折って持ち帰り
「ほら」
と母の鼻に押しつけたら
母は目を細めて喜んだ
季節ごとに変わる街を歩きながら
川辺のフェンスに
木々の枝に
坂の途中の叢に
思いと祈りを一つづつ埋めてきた
いつか祈りがかなえられ
思いがかなったら
それらを埋めた街の風景を
きっと一つづつ思い出すだろう
by hannah5 | 2006-03-08 00:19 | 作品(2004-2008)