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私の好きな詩・言葉(77) 「おんぶらまいふ」 (小池 昌代)   


ふかくあいしあったので私たちはけっこんした
のではなかった
彼も私も そのころもやっぱり ひりひりするほどひとりで

いっしょにくらしましょう
あなたのみかたになってあげる
ひとりのにんげんにひとりのたしかなみかたがいれば
いきていかれる
まなざしのきれいな なまいきな弟のようなあなたよ

かならずしも お互いがお互いでなくてもよかったのかもしれないのだ
けれども どこかこころの深いところに
雨粒のようなりゆうがひとつ
ふいにおちてきたような すばやさで
私はいくことを決めていた

えらぶことなんてできるのかしら ひとをえらぶなんて
そんな おそろしいこと不遜なこと
ならば 事故のように出会おうとおもう
おんぶらまいふ(なつかしい木陰よ)

老夫婦たちがふたり並んで歩いていく姿は
この世で見たいちばんうつくしい風景だった といって
グレタ・ガルボは死んだ
目のくらむような永い年月を 1人の男に1人の女に
よりそっていくことが どういうことか
そのとき私には想像ができなかった

ある朝
大きな翼をひろげて鳥が
私の胸に降り立ったのだ
びっくりしてはねおきたら
それは鳥ではなく 男のおもたい右腕だった
そのとき私はすくなくとも
すくなくともこんな種類の朝ははじめてだ としずかなきもちでかんがえていた
おんぶらまいふ(なつかしい木陰よ)

目がさめると そばにひとがいた
触ってみるとあたたかかった
そして とびきりびんぼうだった


(『現代詩文庫 小池昌代詩集』より)




ひとこと

いろいろな結婚がある。けれど、こんなふうにふいに落ちてくるのもまた結婚だろう。小池昌代の詩の中で比喩のないこんな詩も好きだ。


私の好きな詩・言葉(75) 「りんご」 (小池 昌代)

by hannah5 | 2006-06-18 19:27 | 私の好きな詩・言葉

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