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hotel ヒポカンパス追記   


実は昨日の「hotel ヒポカンパス」でアップしたい詩があったのですが、ヒポカンパスのお知らせのポストカードや会場でもらった詩などを入れた手提げを帰りの電車の中に忘れてしまい、アップできませんでした。幸い、手提げは終着駅の落とし物・忘れ物の窓口に届いていましたので、今夜、アップします。(取っておいてくださった駅員さん、ありがとうございました。)

詩の朗読には「私の幼年時代」という共通のテーマが与えられていて、それぞれが幼年時代について書いた詩を披露しました。どれもすばらしかったけれど、その中で、私の中にすっと入ってきた詩がありました。井本節山(そつたか)さんの「夏のとびら」という詩です。ご本人に了解を得ましたので、下にアップします。(井本節山さんは 「hotel」 の同人です。)


「夏のとびら」

                  井本節山


こんもりとした木々の陰、深い湿った緑の暗がりから飛び出し、黄色に響く野花、をいとおしく縫い合わせてゆく、あのメジロの声が聞こえる、これが第一章の頁。

                                       収集されたこだまを壁に張り付ける、長い雨期の仕事。ここでも緑は湿っている。しわしわになり、端のめぐれ始める様々な響き。壁の状差しに刺さったまま遠ざかる切手の消印に似て。(かつてそれらは繁っていて、私の隠れ家だった。)

                     祖父の部屋こそが森のようだった。連なる本の背に書かれた外国の文字。もう誰も使わなくなったパイプにこびりついた真っ黒なヤニ。そこではかつて火が燃えていた。マントルの移動を説明する、そのゆっくりとした手の動き。どこか遠い中心で燃え続ける巨大なパイプ。音楽に似た外国のことば。

                                      疲れやすい子供。タオルケットにくるまって、開け放した縁側の向こうの眩い光に目を細める。土を渡ってきた風、湿った緑の匂い。かき氷が台所で準備される。けだるい、うっとうしい。あの草はなぜあんなに細くて、硬いのか。地上に、誘うようにゆっくりと光って、それが第二章の挿し絵。

                                                      死んでゆくひとたちのことを思う。祖母の匂い。病院の白すぎる壁、廊下。おいで、と微笑む、変わらぬ仕種。手渡した、庭の丸い小石に触れて、泣きだした祖母。小石を通じて祖母はつかの間、この庭に立ったのだろうか?隅のカタクリはやはり保たなかったのを見ないでほしい、と思う。

        湿った夜、その底にいる楽しみ。もっともっと夜が広がればいいと思う。ねむれ、カタクリ、ねむれメジロ。庭に出て、息を深く吸う、さやさやと鳴って、通過してゆくものたち。ねむれ、パイプ、ねむれ小石。

                       お気に入りだった絵本を引っぱり出してみる。薄い、大きな本の、ひんやりとした固い手触り。最後の頁がちぎれているのに気付く。私が破いたのだろう、こぼしたチョコレートのしみがべっとりと付いている。黒い兎はこのあとどうなるのだろうか?もう誰にもわからない。終わることを禁じられ、欠落へと開け放たれたままの物語。それは名づけ方のわからない、この章のとびら。

by hannah5 | 2007-07-22 23:50 | 詩のイベント

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