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私の好きな詩・言葉(114) 「初夜」 (平川 綾真智)   


夜が目を覆ったのは
もう だいぶ前の話で
薄暗い中
多分目は
天井の角さえ見えるのに
私の視線は変わらずに
窓の外に注がれている

何かの鳴き声が時折通る
音の消えたその場所には
灯(あかり)をつけた家々が
ぽつりぽつりと見えていて
いつもの情景など知らないが
今日の灯(あかり)はやけに多く
目に飛び込んで離れなくなる

ふと
布団が動き
生暖かさが手に触れた
私は目を窓から離さず
耳に入ってくる寝息に
手の感覚を思い出し
未だにこびりつく液を
布団にガシガシ擦りつける
窓には夜露がまだつかない

少し息を吐いてみる
こんなにも平静でいてしまうのに
何故に寝息は吐けぬのだろう
窓の外の灯(ひ)は未だともって
私は今さらながら
閉めてもいないカーテンに気づく
けれど
おそらく閉めていても

私の視線の行き先は
窓の外へであったろう
私はまた息を吐き
眠れぬまま
目から離れぬ窓の灯(あかり)を
いついつまでも眺め続けた


(平川綾真智詩集 『市内二丁目のアパートで』 より)




もう2篇


「チェックペンと入院患者」


チェックのしてある参考書
だけどチェックシートは無い

――― ちょっと外出したいのですが

――― 院長に聞くけん
     待っときなっせ
     許可ば出たけん
     行ってきなっせ
     雨 降っとるけん
     気ぃつけなっせ
     泥ばかかるけん
     気ぃつけなっせ

外はアスファルトの道路
だけどやっぱり
泥がかかった

――― これをください

――― 今 包むけん
     待っときなっせ
     破れやすいけん
     下持ちなっせ
     雨 降っとるけん
     気ぃつけなっせ
     泥ばかかるけん
     気ぃつけなっせ

外はアスファルトの道路
だけどやっぱり
泥がかかった

――― ただ今 帰って参りました

――― は―――――― い
     ハ―――――― イ
      は―――― い
        ハ――イ
          ・・・

チェックのしてある参考書
チェックシートをかぶせたら
全部消えて
全部消えて
全部消えて
熱が出た




「初めてのおつかい」


この世に生まれ
視界が出来た
そうして そして
すぐ 間もなくに
私はつかいを頼まれた
小さな財布と少しのお金
よそいきの服を着せられて
私はつかいを頼まれた

けれども言われたそのものは
どこへ行こうと見つからず
私はなかなか帰れない

   母は言った
      後で見つかる
   父は言った
      すぐに見つけろ
   姉は言った
      私は見つけた

歩き歩いてその品は
何度か見つけはしたのだが
私の少しのお金では
それは手には入らずに
私の小さな財布では
おつりがとても入らない

他の人々のおつかいは
どれくらいで全てすますか
私は皆より早くできたい
何もできずに帰りたい
よそいきの服にしがみつき
自分のあまりの子供に嘆く

この世に生まれ
視界が出来た
しかしいつまで歩こうと
その視界は広がらず
探す品は見つからない
家族の助けに振り回されて
私の最初のおつかいは
泣けども泣けども許してもらえず
未だ今だに
続き行く



ひと言


市内二丁目のアパートで』 は平川綾真智さんが十代の頃に出されたという詩集。ドラマチックな出来事とドラマチックな展開の少ない日常生活との狭間で、詩人は繊細さと優しさに満ちた言葉を取り出し美味しく調理してみせる。私はどちらかというと平川さんの詩は、人生の矛盾や苦悩を全面に押し出して書いた詩より、日常活の中の何気ない出来事を書いた詩の方が好きだ。手のひらよりやや大きめのコンパクトなサイズの本に黒い帯が巻かれていて、色彩とデザインに気配りとセンスの良さを感じさせる。

若い頃に平川さんのような才能ある詩人と出会っていたら、私の人生ももう少し変わっていたに違いない。




平川 綾真智(ひらかわ あやまち)

1979   鹿児島市内にて生まれる
1997   鹿児島県立鶴丸高等学校退学
1998   大検取得
2000   熊本大学文学部地域科学科入学
2002   詩集 『市内二丁目のアパートで』 出版
2007   熊本大学卒業
現在、詩の投稿サイト「文学極道」にて評者を務める
熊本県詩人会会員

平川綾真智さんのブログ: 綾真智 そんな日
ホームページ: 202号室から 平川綾真智

by hannah5 | 2007-11-05 23:46 | 私の好きな詩・言葉

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