2018年 09月 04日 ( 1 )   

私の好きな詩・言葉(173)   


春の大曲線



きみの命の大きさは
0.1ミリから始まった。

見ようとしなければ見えない大きさ。だけど

暗闇にいたらはっきりとわかる光の筋。真っ

直ぐに揺れて、真っ直ぐにたどり着いたこの

地球の夜空から弾かれた。性別も顔もこれか

らの人生も知らされずに、理由もなく、抱き

止められるために、まだ発見されていない塵

や電子の波に紛れて。まだ見ぬパパとママだ

って何億光年も宇宙を旅した。

あなたが最初に出会った微笑みの呼び方

重さのしるし、

眩しさに理由は隠されていないから

些細なきっかけの糸を手繰り寄せたことだって

すでにあなたは忘れているし

目の前のあたたかな光を

迎え入れることで頭がいっぱいなんだもの

はじめましてぼくたち

はじめましてわたしたち

まだ発見されていない宇宙の塵と大気と

電子の波を

見つめて微笑む

両手で抱えあげて重さを知る

頬をくっつけて温度を体感する

名前をつける

あなたがこの絵から姿を消したあとでも

手掛かりが残るように

痕跡の何もないところから

また光が差すように

季節を忍ばせて

春には春の方角へ弓を張り

伸びやかな布が一本の糸でするりと解けていくように

奇跡、と喜ぶことができる幸せが続きますように

思い切り空気を吸って

ふかふかの夜の中でおやすみなさい

弾く光の波があなたの

夜明け前の鼓動に追いつく







そんなにたくさんの塩



 夏の海辺で、母は岩肌に寄り添う。小さく跳ねるしぶき

を浴びながら貝を取る。波が引くごとに、貝はきゅうと身

を引き締めて張り付き、かたくなな殻だけが母の手元に残

る。しつこい夏の暑さと戦いながら、それでも何個かの貝

を手にして家に帰り、熱い汁のなかにぽとんと落とした。

母は出汁をもったいなさろうに幾度もすすり、貝の実を残

さず食べた。

 次の日から、母の作る食卓の味が変わった。何かがどこ

かで塩がらくなっている。昆布の佃煮、魚の塩焼き、サラ

ダ・豆腐のお味噌汁。背後でこっそり手順を覗き見ても変

わったところは見当たらない。レタス・きゅうり・トマト

など、ざっくりと混ぜた野菜がボールのなかで波を待つ。

皺の多く寄った母の手が器用に箸を持ち、小皿に取り分け

る間に旅は始まる。味が変化するのだ。人生の終わりに、

母が出会ったもの。私たちの食卓に潮が満ちてくる。












ひと言
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by hannah5 | 2018-09-04 21:25 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)