私の好きな詩・言葉(173)   


春の大曲線



きみの命の大きさは
0.1ミリから始まった。

見ようとしなければ見えない大きさ。だけど

暗闇にいたらはっきりとわかる光の筋。真っ

直ぐに揺れて、真っ直ぐにたどり着いたこの

地球の夜空から弾かれた。性別も顔もこれか

らの人生も知らされずに、理由もなく、抱き

止められるために、まだ発見されていない塵

や電子の波に紛れて。まだ見ぬパパとママだ

って何億光年も宇宙を旅した。

あなたが最初に出会った微笑みの呼び方

重さのしるし、

眩しさに理由は隠されていないから

些細なきっかけの糸を手繰り寄せたことだって

すでにあなたは忘れているし

目の前のあたたかな光を

迎え入れることで頭がいっぱいなんだもの

はじめましてぼくたち

はじめましてわたしたち

まだ発見されていない宇宙の塵と大気と

電子の波を

見つめて微笑む

両手で抱えあげて重さを知る

頬をくっつけて温度を体感する

名前をつける

あなたがこの絵から姿を消したあとでも

手掛かりが残るように

痕跡の何もないところから

また光が差すように

季節を忍ばせて

春には春の方角へ弓を張り

伸びやかな布が一本の糸でするりと解けていくように

奇跡、と喜ぶことができる幸せが続きますように

思い切り空気を吸って

ふかふかの夜の中でおやすみなさい

弾く光の波があなたの

夜明け前の鼓動に追いつく







そんなにたくさんの塩



 夏の海辺で、母は岩肌に寄り添う。小さく跳ねるしぶき

を浴びながら貝を取る。波が引くごとに、貝はきゅうと身

を引き締めて張り付き、かたくなな殻だけが母の手元に残

る。しつこい夏の暑さと戦いながら、それでも何個かの貝

を手にして家に帰り、熱い汁のなかにぽとんと落とした。

母は出汁をもったいなさろうに幾度もすすり、貝の実を残

さず食べた。

 次の日から、母の作る食卓の味が変わった。何かがどこ

かで塩がらくなっている。昆布の佃煮、魚の塩焼き、サラ

ダ・豆腐のお味噌汁。背後でこっそり手順を覗き見ても変

わったところは見当たらない。レタス・きゅうり・トマト

など、ざっくりと混ぜた野菜がボールのなかで波を待つ。

皺の多く寄った母の手が器用に箸を持ち、小皿に取り分け

る間に旅は始まる。味が変化するのだ。人生の終わりに、

母が出会ったもの。私たちの食卓に潮が満ちてくる。












ひと言
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# by hannah5 | 2018-09-04 21:25 | 私の好きな詩・言葉 | Comments(0)

「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第4期-「日本におけるランボー」第3回、第4回   


野村喜和夫さんが講義される「日本におけるランボー」の第
3回は「モダニズムと戦後のランボー受容」(7/22)、そして第4回は「私のランボー体験」でした(8/26)。3回目の講義では、戦後日本でランボーがどのように受容されていったか、ランボーの作品を翻訳した中原中也や小林秀雄に焦点を当て、その他ランボーを翻訳した人たちの訳の違いなどを比較しました。読んだ作品は西脇順三郎の評論「日光菩薩ランボー」、瀧口修造の「詩と実在」(部分)、粟津則雄訳のランボーの「コントCONTE」、清岡卓行の「最後のフーガ」、渋沢孝輔の「越冬賦」、鈴村和成訳のランボーの「酔いどれボート」(部分)でした。


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回目の「私のランボー体験」では野村さんがどのようにランボーと関わってこられたかを中心に講義が進められました。「あらゆるテクストは先行するテクストの書き換えである」というジュリア・クリステヴァの言葉を引用し、野村さんの詩に反映されたランボーの詩を読みながら、最終講義は野村ワールドが炸裂した感じでした。(副題は「ランボーとのわがテクスト間交流―本歌取り? 換骨奪胎? 脱構築?」。)読んだ作品は「シャルルヴィル発歯痛」、「アダージェット、暗澹と」、「そこ、緑に蔽われた窪地」、「スペクタクルあるいは波」、「この世の果てあるいは希望」でした。



スペクタクルあるいは波

        野村喜和夫

   
   不眠の夜の海は、アメリーの乳房のよう。

        ――アルチュール・ランボー

   海にゐるのは、

   あれは人魚ではないのです。

   海にゐるのは、

   あれは、波ばかり。

        ――中原中也



わたくしの果ての世の月明かりの

液晶の海に

ちらちら

みえているのは

あれは人魚でも波でもなく

眠れない女たち


人のうち

どこまでもやわらかく

重たげな肉をうねらせ分泌にみち

眠れない

とりわけ眠れない女たち


おおたえまなく寝返りをうつ女たち眠れない眠れない

するとたとえようもなく

うなじの明るみ

針を刺すと

ぞろぞろと白い虫たちがあふれ出すような

その照り映え

その照り映え

その照り映え


捕獲の網を手に

誰だわたくしは

夏の日の少年でもあるまいし

ただこんなにも睾丸が

睾丸だけが

卵黄のように垂れた月をまねて重い


そのあいだにも

眠れない女たちのすさまじいパーティだパーティ


ひとりが

パンプスをはいたままベッドを飛び越え

蹴り上げる昼の鬱屈の隣で

べつのひとりが

ベッドをたてて

くるくるとまわしはじめる

ワルツもうどうしようもなくワルツその照り映えその照り映え


わたくしの果ての世の月明かりの

液晶の海に

ちらちら

みえているのはあれは人魚でも波でもなく

眠れない女たち


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# by hannah5 | 2018-08-29 21:25 | 詩のイベント | Comments(0)

詩と思想詩人集 2018   




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総勢400名の詩人が参加している『詩と思想詩人集2018』に「緑宴」という作品で参加しました。

一色真理さんから中村不二夫さんに編集長が交代されて初めての詩人集です。

毎回参加させていただいていますが、今年は仕事が忙しくなり、詩に向き合う時間が極端に少なくなり、作品としては満足のいくものではありませんでした。



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# by hannah5 | 2018-08-19 21:29 | 投稿・同人誌など | Comments(0)

モノクローム創刊号   



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一色真理さんが主催される「モノクローム」創刊号に「やわらかい下降線」という作品を掲載していただきました。

参加者は一色真理、藍川外内美、北川清仁、草野理恵子、小松正二郎、近藤頌、鹿又夏実、為平澪、根本正午、根本紫苑、野田順子、原田もも代、はんな、平井達也、松井ひろか、みやうちふみこ。(敬称略)

モノクロームでは月1回の合評会も行っています。

モノクローム・プロジェクトhttp://monopro.poetry.jp/index.php






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# by hannah5 | 2018-08-01 14:54 | 投稿・同人誌など | Comments(0)

野川朗読会9   


71日(日)野川朗読会が行われました(於成城ホール集会室)。9回目となる今回の野川朗読会のひとことテーマは「私の立ち入り禁止地区」で、参加者がそれぞれの立ち入り禁止地区を述べ、聴衆がそれに対して「そうか!」と相槌を打つというもの。立ち入り禁止地区は実際の場所であったり精神的なものであったり、それぞれが持つ立ち入り禁止地区を述べました。



【一部】

朗読 伊藤浩子、生野毅、渡辺めぐみ、北爪満喜、そらしといろ、杉本真維子

対談 長野まゆみx田野倉康一xそらしといろ


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杉本真維子さん



【二部】


朗読 長野まゆみ、田野倉康一、樋口良澄、相沢正一郎、野村喜和夫、一色真理、岡島弘子


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長野まゆみさん




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野村喜和夫さん




司会 一色真理

(敬称略)


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# by hannah5 | 2018-07-29 22:50 | 詩のイベント | Comments(0)

「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第4期-「日本におけるランボー」第1回、第2回   


野村喜和夫さんの現代詩講座第
4期はフランスの詩人ランボーがどのように日本の詩人に影響を与えたか、「日本におけるランボー」と題し、4回にわたって講義が行われます(場所はエルスール・カフェ)。


【講義予定】

1回 5/13(日) 小林秀雄のランボー

2回 6/24(日) 富永太郎・中原中也のランボー

3回 7/22(日) モダニズムと戦後のランボー受容

4回 8/26(日) 私のランボー体験


1回目は日本でもっとも早くランボーの影響を受けた小林秀雄について、小林秀雄を通してランボーが日本の文学者たちにどのように広がっていったかが講義されました(5/13)。読んだ作品は小林秀雄のランボー論「ランボオⅢ」(一部)と訳詩「別れ」、粟津則雄訳の「母音」と「Omegaの瞳」でした。

2回目はボードレールやヴェルレーヌの影響を受けた富永太郎や中原中也がランボーに出会い、その後彼らの文学活動がどのように広っていったかなどについて講義されました(6/24)。読んだ作品は「遺産分配書」(中也訳)、「バーゲン」(鈴村和成訳)、「献身」(鈴村訳)、leBateau ivre の小林秀雄訳と中原中也訳と金子光晴訳の比較(いずれも部分)、O saisons, o chateaux で始まる無題の詩の中原中也訳と小林秀雄訳の比較などでした。

講義はランボーの訳詩の内容にとどまらず、詩を訳した詩人や文学者たちの人間関係、文学活動などさまざまな角度からアプローチし、深みのあるものになりました。




Le Bateau ivreより

          Arthur Rimbaud


Où, teignant tout à coup lesbleuités, délires
Et rythmes lents sous les rutilements du jour,
Plus fortes que l'alcool, plus vastes que nos lyres,
Fermentent les rousseurs amères de l'amour !


Je sais les cieux crevant enéclairs, et les trombes
Et les ressacs et les courants : Je sais le soir,
L'aube exaltée ainsi qu'un peuple de colombes,
Et j'ai vu quelque fois ce que l'homme a cru voir !




見よ、その蒼き色、忽然として色を染め、

金紅色の日の(もと)に、われを忘れ揺蕩(たゆたひ)は、

酒精(あるこおる)よりもなほ強く、(なれ)()(いる)も歌ひえぬ。

愛執の苦がき(あか)(あざ)を醸すなり。


われは知る、稲妻に裂かるゝ空を、龍巻を、

また寄せ返す波頭(なみ)、走る潮流(みづ)(ゆふべ)送れば、

曙光(あけぼの)は、むれ立つ鳩かと湧きたちて、

時に、この眼の視しものを、他人(ひと)は夢かと惑ふらむ。

            (小林秀雄訳)




其処に忽ち
蒼然(あをーい)(いろ)は染め出され、おどろしく

またゆるゆると陽のかぎろひのその(もと)を、

アルコールよりもなほ強く、竪琴よりも渺茫(べうぼう)と、

愛執のにがい茶色も漂つた!


私は知つてゐる稲妻に裂かれる空を龍巻を

打返す浪を潮流を。私は夕べを知つてゐる、

群れ立つ鳩にのぼせたやうな曙光(あけぼの)を、

又人々が見たやうな氣のするものを現に見た。

            (中原中也訳)



蒼茫たる海上は、見てゐるうちに、

アルコールよりも強烈に、竪琴の音よりもおほらかに、金紅色に染め出され、

その拍節と、熱狂とが、

愛執のにがい焦色をかもし出す。

僕は知つた。引つ裂かれた稲妻の天を、龍巻を。

よせ返す波と、走る射水(いみづ)を。

夕暮れを、また、靑鳩の群のやうに胸ふくらませる曙を。

時にはまた、あるとは信じられないものを、この眼が見た。

            (金子光晴訳)



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# by hannah5 | 2018-06-30 13:58 | 詩のイベント | Comments(0)