人気ブログランキング |

カテゴリ:詩のイベント( 253 )   

「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第6期-「ダダ・シュルレアリスムの100年」第1回   


野村喜和夫さんが講義される現代詩講座の第
6期が始まりました。今回はダダとシュルレアリスムについての講義です。講義が始まる前に野村さんからいただいたメールには「言うまでもなくシュルレアリスムは、近代以降最大の文学・芸術運動で、その後の世界文学・芸術に与えた影響もはかりしれません。今年は、最初の自動記述による作品とされるアンドレ・ブルトン+フィリップ・スーポー『磁場』が発表されてからちょうど100年目にあたります。そこで、第6期はテーマを「ダダ・シュルレアリスムの100年」として行います。主としてフランスの詩人たちを中心に(テクストは翻訳を用いますので、フランス語の知識は必要ありません)、平行して日本のシュルレアリスム系詩人にもふれていこうと思います。」とありました。


以前は超現実主義という日本語訳が使われていたようですが、現在はシュルレアリスムという原語で使われることが多いようです。第1回目の224日はジェラルード・ネルバル、ロートレアモン、ギヨーム・アポリネール、アンドレ・ブルトン、トリスタン・ツァラ、山村暮鳥などについての解説を織り込みながら、シュルレアリスムがなぜフランス文学から始まったか、ダダが日本の詩人にどのような影響を与えたかなどを中心に講義が行われました。読んだ作品はネルヴァルの「オーレリア」(一部)、「シダリーズ」、「廃嫡者」、アポリネールの「地帯(抄)」、「ミラボー橋」、ロートレアモンの「第一の歌」、「第五の歌」、「第六の歌」、山村暮鳥の「(たは)(ごと)、野村さんの「百年の暮鳥」でした。






地帯(抄)
Zone


   ギヨーム・アポリネール



ついに君はこの古くさい世界に倦きた


羊飼いの娘 おおエッフェル塔よ 橋々の群れは今朝 羊のように鳴きわめく


君はうんざりしている ギリシアやローマの古代の生活に


ここでは自動車さえもが古く見える

宗教だけが未だに真新しい 宗教だけが


君は一人だ じきに朝が訪れる

あちこちの通りで牛乳屋が缶を鳴らす

夜は美しい混血娘(メチス)のように遠のいていく

それは腹黒いフェルディーヌか 注意深いレアだ


そして君は飲む 君の命のように燃えるこのアルコールを

命の水(ブランデー)のように君が飲む君の命


君はオートゥイユのほうに向う 歩いて家に帰り

オセアニアとギニアの物神に守られて眠りたいのだ

それらの物神は 別の形をした別の信仰のキリストたち

漠とした希望の 下位にくらいするキリストたちだ


ではさらば さようなら


太陽 () 切られて(クペ)






(たは)(ごと)


   山村暮鳥



竊盗金魚

強盗喇叭(らっぱ)

恐喝胡弓

賭博ねこ

詐欺更紗

瀆職(とくしょく)天鵞絨(びろうど)

姦淫林檎

傷害雲雀

殺人ちゆりつぷ

堕胎陰影

騒擾(そうぜう)ゆき

放火まるめろ

(いうかい)かすてえら。







百年の暮鳥


   野村喜和夫



いちめんの野の鼻

いちめんの野の鼻


腸串って

あらしあらしキミハイタルトコロデ作動シテイル

強姦サキソフォン

監禁マダラカ


字と絵と)ぶらっ背)聾)ぶっ(出て(ぬぶっ(尾おっ(麩論(出っぱれ

露)得て(洩ると


腸串って

にくしんに薔薇を植ゑキミハ呼吸シキミハ熱ヲ出シキミハ食ベ

字と絵と)れれべ)いやん(荒れ得ぬ(生

ぶっ)餌(血みっど


キミハイタルトコロデ作動シテイル

主体ヲ載セカツ轢キ殺シ


呪るべ)穴)ぼわっ)る)られ)地痰(れ(らぶ(れ得ぬ(うっ


腸串って

あかんぼのへその芽キミハ大便ヲシキミハ肉体関係ヲ結ンデイルキミハ


字も絵も(治安(ぶっ(まん(こまん(驟雨)老べろん)飛ん)べーる)おっ)婆)斜背


いちめんの野の鼻 いちめんの野の鼻

いちめんの野の鼻 いちめんの野の鼻


目ヲ瞑レマダ正午ダ目ヲ瞑レマダ正午ダ目ヲ


.



【講義予定】

by hannah5 | 2019-03-11 23:37 | 詩のイベント | Comments(0)

「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第5期-「愛の詩の12ケ月」第4回   


「愛の詩の
12ケ月」の4回目(最終回)は、最初の前半でパウル・ツェランの詩を中心に講義が行われ、後半は受講生達が選んだ愛の詩(一人数編ずつ)の中からそれぞれ編ずつを野村さんが朗読されました(1/27)。愛の詩には受講生自身の詩を入れてもよく、またそれらの詩は多岐にわたっていて大変面白かったです。題名と作者を列挙してみると:


ジャック・プレベール:「夜のパリ」「朝の食卓」

黒田三郎:「秋の日の午後三時」

那珂太郎:「小品」

長島なみ子:「ドクダミ」

伊藤ひろみ:「歪ませないように」

尾形亀之助:「風」

小池昌代:「熱い岸」

新藤涼子:「行き方知れず」

寺山修二:「和子について」

野村喜和夫:「パレード13」「くみね日誌」「あるいはリラックス」

蜂飼耳:「丹沢」

高村光太郎:「あなたはだんだんきれいになる」「裸形」

吉原幸子:「オンディーヌ」「ジェイ二 坊や」

茨木のり子:「怒る時と許す時」

西脇順三郎:「ヴィーナス祭のぜんばん」

シェイクスピア:「ソネット第18番 ぶどう色の酒」

ポール・エリュアール:「最初により」

ユー・ギャハ:「リルケを読む」「僕と同様リルケが好きなかすみへ」

山内獏:「土地3

立原道造:「ゆうすげびと」

大岡信:「丘のうなじ」

岡島弘子:「こごえた初恋」

岩田宏:「幼い恋」

吉岡実:「単純」

飯島耕一:「赤丘」「夕陽の中へ」

清岡卓行:「アカシヤの大連」「夏の海の近くで」

入沢康夫:「夜 われらの逢い引きの場所」「楽園の思い出」

ユン・ドンジュ:「序詞」「空と風と星と詩」

シンボルスカ:「感謝」

サトー八ロー:「お母さん2より」

村上あきお:「十姉妹」

高橋睦夫:「あがない」

岸田将幸:「人の朝」

小笠原しげすけ:「涙」

金子光晴:「春」

川崎弘:「地下水」

田中さち:「風はいつも」

新川和江:「路上」

草野心平:「何もかももう煙突だ」

作者?:「立像のように」「愛の歌」「女坂」「恋のメモリ」「ドクダミ」

受講生の詩:「死ぬまで一緒に」「月の背中で」「無音」

(朗読順)






(コロ)()


   パウル・ツェラン



僕の手のひらから秋はむさぼる、秋の木の葉を――僕らは恋人同士。

僕らは胡桃(くるみ)から時を剥きだし、それに教える、歩み去ることを――

時は殻の中へ舞い戻る。


鏡の中は日曜日。

夢の中でまどろむ眠り。

口は真実を語る。


僕の目は愛するひとの性器に下る――

僕らは見つめあう、

僕らは暗いことを言いあう、


僕らは愛しあう、()()と記憶のように、

僕らは眠る、貝の中の葡萄酒のように、

月の血の光を浴びた海のように。


僕らは抱きあったまま窓の中に立っている、みんなは通りから僕らを見まもる――


知るべき時!

石がやおら咲きほころぶ時、

心がそぞろ高鳴る時。

時となるべき時。


その時。


(パウル・ツェラン詩集『罌粟と記憶』より/飯吉光夫訳)





.



by hannah5 | 2019-03-09 23:49 | 詩のイベント | Comments(0)

現代詩ゼミナールと新年会   


112日(土)に日本現代詩人会主催の現代詩ゼミナールと新年会が催されました(於東京・アルカディア市ヶ谷(私学会館))。



【ゼミナール】


開会のことば   新藤涼子

講演       安藤元雄 「詩が立ちあがる場」

詩朗読      岡島弘子、中本道代、野田順子、野村喜和夫、浜田優、森水陽一郎

閉会のことば   麻生直子



【新年会】


開会のことば   秋亜綺羅

祝辞・乾杯・来賓・遠隔地・新入会員、スタッフ紹介等

閉会のことば   山本博道

(敬称略)


安藤元雄さんのお話、聞き入ってしまいました。

新年会は私自身の予定が詰まっていたので失礼しました。

.


by hannah5 | 2019-02-22 06:07 | 詩のイベント | Comments(0)

「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第5期-「愛の詩の12ケ月」第3回   


「愛の詩の
12ケ月」の3回目は入沢康夫とアメリカの入沢康夫と言われたジョン・アシュベリーの詩を中心に講義が行われました(12/23/2018)。読んだ作品は入沢康夫の「失題詩篇」、「夜」、「ワレラノアイビキノ場所」、「未確認飛行物体」、ジョン・アシュベリーの「北の農場で」、他に野村さんが新聞などに寄稿された入沢康夫の追悼文2つを読みました。



失題詩篇


   入沢康夫



心中しようと 二人で来れば

 ジャンジャカ ワイワイ

山はにっこり相好くずし

硫黄のけむりをまた吹き上げる

 ジャンジャカ ワイワイ


鳥も啼かない 焼石山を

 心中しようと辿っていけば

 弱い日ざしが 雲からおちる

 ジャンジャカ ワイワイ

雲からおちる


心中しようと 二人で来れば

山はにっこり相好くずし

 ジャンジャカ ワイワイ

硫黄のけむりをまた吹き上げる


鳥も啼かない 焼石山を

 ジャンジャカ ワイワイ

心中しようと二人で来れば

弱い日ざしが背すじに重く

心中しないじゃ 山が許さぬ

山が許さぬ

 ジャンジャカ ワイワイ


ジャンジャカ ジャンジャカ

ジャンジャカ ワイワイ





北の農場で


   ジョン・アシュベリー



どこかで誰かが君をめざして、たけり狂って進んでくる、

信じられないほどの速度で、昼も夜もなく進んでくる、

吹雪も炎熱の砂漠もものかは、早瀬を渡り、隘路を通って。

けれども、彼に君の居場所がわかるだろうか、

会っても君だとわかるだろうか、

持ってきたものを渡せるだろうか。


ここはまるで不毛の地、

けれども穀倉は荒粉ではち切れそうで、

荒粉の袋は積まれて垂木にまで届く。

川は清らに流れ、魚は丸々と太り、

空は鳥に覆われている。いったいこれだけでいいのだろうか、

ミルク皿を夜のうちに外に出しておくだけで、

彼のことを時どき考えてみるだけで、

時どき、いや、いつもいつも、複雑にまじりあった気持ちで?

.


by hannah5 | 2019-02-20 06:16 | 詩のイベント | Comments(0)

「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第5期-「愛の詩の12ケ月」第2回   


「愛の詩の12ケ月」の2回目の講義は金子光晴、北東(ぺいたお)、大岡信、吉原幸子、川田絢音の作品についてでした(11/25)。それぞれ1篇ずつの作品紹介でしたが、作品を通して詩人の簡単な歴史や在り様などが紹介され、受講生からも深みのあるコメントが寄せられ、なかなかよかったです。読んだ作品は「愛情69」(金子光晴)、「きみが言う」(北東)、「丘のうなじ」(大岡信)、「オンディーヌⅠ」(吉原幸子)、「グエル公園」(川田絢音)でした。



丘のうなじ


   大岡信



丘のうなじがまるで光つたやうではないか

灌木の葉がいつせいにひるがへつたにすぎないのに


こひびとよ きみの眼はかたつてゐた

あめつちのはじめ 非有だけがあつた日のふかいへこみを


とつの塔が曠野に立つて在りし日を

回想してゐる開拓地をすぎ ぼくらは未来へころげた


凍りついてしまつた微笑を解き放つには

まだいつさいがまるで(かたき)のやうだつたけれど


こひびとよ そのときもきみの眼はかたつてゐた

あめつちのはじめ 非有だけがあつた日のふかいへこみを


こゑふるはせてきみはうたつた

唇を発つと こゑは素直に風と鳥に化合した


火花の雨と質屋の旗のはためきのしたで

ぼくらはつくつた いくつかの道具と夜を


あたへることと あたへぬことのたはむれを

とどろくことと おどろくことのたはむれを


すべての絹がくたびれはてた衣服となる午後

ぼくらはつくつた いくつかの諺と笑ひを


編むことと 編まれることのたはむれを

うちあけることと匿すことのたはむれを


仙人が碁盤の音をひびかせてゐる谺のうへへ

ぼくは飛ばした 体液の歓喜の羽根を


こひびとよ そのときもきみの眼はかたつてゐた

あめつちのはじめ 非有だけがあつた日のふかいへこみを


花粉にまみれて 自我の馬は変りつづける

街角でふりかへるたび きみの顔は見知らぬ森となつて茂つた


裸のからだの房なす思ひを翳らせるため

天に繁つた露を溜めてはきみの毛にしみこませたが


きみはおのれが発した言葉の意味とは無縁な

べつの天体 べつの液になつて光つた


こひびとよ ぼくらはつくつた 夜の地平で

うつことと なみうつことのたはむれを


かむことと はにかむことのたはむれを そして

砂に書いた壊れやすい文字を護るぼくら自身を


男は女をしばし掩ふ天体として塔となり

女は男をしばし掩ふ天体として塔となる


ひとつの塔が曠野に立つて在りし日を

回想してゐる開拓地をすぎ ぼくらは未来へころげた


ゆゑしらぬ悲しみによつていろどられ

海の打撃の歓びによつて伴奏されるひとときの休息


丘のうなじがまるで光つたやうではないか

灌木の葉がいつせいにひるがへつたにすぎないのに







オンディーヌ Ⅰ


   吉原幸子



わたしのなかにいつも流れるつめたいあなた


純粋とはこの世でひとつの病気です

愛を併発してそれは重くなる

だから

あなたはもうひとりのあなたを

病気のオンディーヌをさがせばよかった


ハンスたちはあなたを抱きながら

いつもよそ見をする

ゆるさないのが あなたの純粋

もっとやさしくなって

ゆるさうとさへしたのが

あなたの堕落

あなたの愛


愛は堕落なのかしら いつも

水のなかの水のやうに充ちたりて

透明なしづかないのちであったものが

冒され 乱され 濁される

それが にんげんのドラマのはじまり

破局にむかっての出発でした

にんげんたちはあなたより重い靴をはいてゐる

靴があなたに重すぎたのは だれのせゐでもない


さびしいなんて

はじめから あたりまへだった

ふたつの孤独の接点が

スパークして

とびのくやうに

ふたつの孤独を完成する

決して他の方法ではなされないほど

完全に

うつくしく

.


by hannah5 | 2018-12-18 20:17 | 詩のイベント | Comments(0)

ポエジー・クリティック1「身体/言語的身体」と「言語/身体的言語」   


113日(土)喜和堂のもうひとつの朗読会「ポエジー・クリティック」がブックカフェ エル・スールで行われました。これは324日に自作の詩を読む喜和堂朗読会とは趣旨が異なり、紙に書かれた詩を朗読する時における読み手と聴き手という両面からとらえ、双方向から言語を構築し、かつ批評を加えていく試みです。ダンサーでコレオグラファー、雑誌『ダンスワーク』の編集長長谷川六さんをゲストにお迎えし、野村喜和夫さんと岩切正一郎さんと3人のトーク、喜和堂の有志による朗読が行われました。



【プログラム】


〔第一部〕

トーク「身体/言語的身体」と「言語/身体的言語」

 長谷川六、野村喜和夫、岩切正一郎

 (司会)山腰亮介

(右から)野村喜和夫さん、長谷川六さん、岩切正一郎さん、山腰亮介さん



〔第二部〕

リーデイングとトーク「朗読をめぐるプランと実践」

 野村喜和夫、岩切正一郎、芦田みのり、川津望、森川雅美、渡辺めぐみ

 (司会)山腰亮介






岩切正一郎さん



野村喜和夫さん

.


by hannah5 | 2018-12-15 06:07 | 詩のイベント | Comments(0)

「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第5期-「愛の詩の12ケ月」第1回   


野村喜和夫さんの現代詩講座の第
5期が始まりました(10/21開始)。今回は世界中の詩人の愛を詠った詩を中心に講義が進められます。ゲーテやボードレール、有名なもの、古典的なものを避け、20世紀以降の詩人に限定されています。また、期末には「私の愛の詩のコンピレーション、アルバム」として、受講生は自分の愛誦する愛の詩、自作の愛の詩などから朗読コンピレーションアルバムの課題を提出しなければなりません。これはちょっと楽しみです。



【愛の詩の12ケ月・講座予定】


1

1月 エミリー・ディキンソン、ポール・エリュアール

2月 清岡卓行、ポリス・パステルナーク

3月 黒田三郎、金子光晴


2

4月 北島、大岡信

5月 川田絢音、朝吹亮二

6月 安東次男、吉岡実


3

7月 ジュゼッペ・ウンガレッティ、川口晴美

8月 岡田隆彦、アンドレ・ブルトン

9月 ジョン・アッシュベリー、シャルル・ボードレール


4

10月 白石かずこ、T. S. エリオット

11月 イヴ・ボンヌフォワ、パウル・ツェラン

12月 オクタビオ・パス、草野心平



*****



盛り沢山の内容だったため、3月の黒田三郎と金子光晴は講義をする時間がなくなり、結局2月のポリス・パステルナークまででした。



(大地は一個のオレンジのように青い)


       ポール・エリュアール



大地はオレンジのように青い

間違いなものか 言葉に嘘はない

言葉はもう歌わせてはくれない

こんどは接吻が睦みあう番だ

狂人たちと愛

彼女 その盟約の口

すべての秘密すべての微笑

それもなんという寛容のころもだろう

彼女を全裸と思わせるほど。

雀蜂が緑に花ひらく


夜明けはうなじのまわりに

窓の首飾をかける

翼が葉を蔽う

きみにはあらゆる太陽の悦びが

地上のすべての太陽がある

きみの美しさの道筋に。


   (田中淳一訳)




あのひとはわたしに触れた・・・・・


       エミリー・ディキンスン



あのひとはわたしに触れた、それでわたしは生きて知る

あのように許された日を、

あのひとの胸に探ったことを――

それはわたしにとって無限の場所

そしてしいんと静まりかえっていた、恐ろしい海が

多くの小さな流れを休めるように。


そしていま、わたしは前とすっかり違っている、

まるで高貴な空気を吸ったように――

あるいは王冠に一寸さわったように――

あのように彷徨うていたわたしの足も――

わたしのジプシーのような顔も――いまは変貌している――

もっと優しい光栄に。


この港に、もしわたしが入れるならば、

エルサレムに来たリベカだって、

これほど恍惚とした顔にならないだろう――

社に驚きぬかずくペリシャ人だって

荘厳な太陽神に向って

このように烈しく打たれた面を上げることはないだろう。


   (安藤一郎訳)


.


by hannah5 | 2018-11-11 20:40 | 詩のイベント | Comments(0)

「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第4期-「日本におけるランボー」第3回、第4回   


野村喜和夫さんが講義される「日本におけるランボー」の第
3回は「モダニズムと戦後のランボー受容」(7/22)、そして第4回は「私のランボー体験」でした(8/26)。3回目の講義では、戦後日本でランボーがどのように受容されていったか、ランボーの作品を翻訳した中原中也や小林秀雄に焦点を当て、その他ランボーを翻訳した人たちの訳の違いなどを比較しました。読んだ作品は西脇順三郎の評論「日光菩薩ランボー」、瀧口修造の「詩と実在」(部分)、粟津則雄訳のランボーの「コントCONTE」、清岡卓行の「最後のフーガ」、渋沢孝輔の「越冬賦」、鈴村和成訳のランボーの「酔いどれボート」(部分)でした。


4
回目の「私のランボー体験」では野村さんがどのようにランボーと関わってこられたかを中心に講義が進められました。「あらゆるテクストは先行するテクストの書き換えである」というジュリア・クリステヴァの言葉を引用し、野村さんの詩に反映されたランボーの詩を読みながら、最終講義は野村ワールドが炸裂した感じでした。(副題は「ランボーとのわがテクスト間交流―本歌取り? 換骨奪胎? 脱構築?」。)読んだ作品は「シャルルヴィル発歯痛」、「アダージェット、暗澹と」、「そこ、緑に蔽われた窪地」、「スペクタクルあるいは波」、「この世の果てあるいは希望」でした。



スペクタクルあるいは波

        野村喜和夫

   
   不眠の夜の海は、アメリーの乳房のよう。

        ――アルチュール・ランボー

   海にゐるのは、

   あれは人魚ではないのです。

   海にゐるのは、

   あれは、波ばかり。

        ――中原中也



わたくしの果ての世の月明かりの

液晶の海に

ちらちら

みえているのは

あれは人魚でも波でもなく

眠れない女たち


人のうち

どこまでもやわらかく

重たげな肉をうねらせ分泌にみち

眠れない

とりわけ眠れない女たち


おおたえまなく寝返りをうつ女たち眠れない眠れない

するとたとえようもなく

うなじの明るみ

針を刺すと

ぞろぞろと白い虫たちがあふれ出すような

その照り映え

その照り映え

その照り映え


捕獲の網を手に

誰だわたくしは

夏の日の少年でもあるまいし

ただこんなにも睾丸が

睾丸だけが

卵黄のように垂れた月をまねて重い


そのあいだにも

眠れない女たちのすさまじいパーティだパーティ


ひとりが

パンプスをはいたままベッドを飛び越え

蹴り上げる昼の鬱屈の隣で

べつのひとりが

ベッドをたてて

くるくるとまわしはじめる

ワルツもうどうしようもなくワルツその照り映えその照り映え


わたくしの果ての世の月明かりの

液晶の海に

ちらちら

みえているのはあれは人魚でも波でもなく

眠れない女たち


.


by hannah5 | 2018-08-29 21:25 | 詩のイベント | Comments(0)

野川朗読会9   


71日(日)野川朗読会が行われました(於成城ホール集会室)。9回目となる今回の野川朗読会のひとことテーマは「私の立ち入り禁止地区」で、参加者がそれぞれの立ち入り禁止地区を述べ、聴衆がそれに対して「そうか!」と相槌を打つというもの。立ち入り禁止地区は実際の場所であったり精神的なものであったり、それぞれが持つ立ち入り禁止地区を述べました。



【一部】

朗読 伊藤浩子、生野毅、渡辺めぐみ、北爪満喜、そらしといろ、杉本真維子

対談 長野まゆみx田野倉康一xそらしといろ


b0000924_04531224.jpg
















杉本真維子さん



【二部】


朗読 長野まゆみ、田野倉康一、樋口良澄、相沢正一郎、野村喜和夫、一色真理、岡島弘子


b0000924_04525664.jpg
















長野まゆみさん




b0000924_04524098.jpg
















野村喜和夫さん




司会 一色真理

(敬称略)


.










by hannah5 | 2018-07-29 22:50 | 詩のイベント | Comments(0)

「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第4期-「日本におけるランボー」第1回、第2回   


野村喜和夫さんの現代詩講座第
4期はフランスの詩人ランボーがどのように日本の詩人に影響を与えたか、「日本におけるランボー」と題し、4回にわたって講義が行われます(場所はエルスール・カフェ)。


【講義予定】

1回 5/13(日) 小林秀雄のランボー

2回 6/24(日) 富永太郎・中原中也のランボー

3回 7/22(日) モダニズムと戦後のランボー受容

4回 8/26(日) 私のランボー体験


1回目は日本でもっとも早くランボーの影響を受けた小林秀雄について、小林秀雄を通してランボーが日本の文学者たちにどのように広がっていったかが講義されました(5/13)。読んだ作品は小林秀雄のランボー論「ランボオⅢ」(一部)と訳詩「別れ」、粟津則雄訳の「母音」と「Omegaの瞳」でした。

2回目はボードレールやヴェルレーヌの影響を受けた富永太郎や中原中也がランボーに出会い、その後彼らの文学活動がどのように広っていったかなどについて講義されました(6/24)。読んだ作品は「遺産分配書」(中也訳)、「バーゲン」(鈴村和成訳)、「献身」(鈴村訳)、leBateau ivre の小林秀雄訳と中原中也訳と金子光晴訳の比較(いずれも部分)、O saisons, o chateaux で始まる無題の詩の中原中也訳と小林秀雄訳の比較などでした。

講義はランボーの訳詩の内容にとどまらず、詩を訳した詩人や文学者たちの人間関係、文学活動などさまざまな角度からアプローチし、深みのあるものになりました。




Le Bateau ivreより

          Arthur Rimbaud


Où, teignant tout à coup lesbleuités, délires
Et rythmes lents sous les rutilements du jour,
Plus fortes que l'alcool, plus vastes que nos lyres,
Fermentent les rousseurs amères de l'amour !


Je sais les cieux crevant enéclairs, et les trombes
Et les ressacs et les courants : Je sais le soir,
L'aube exaltée ainsi qu'un peuple de colombes,
Et j'ai vu quelque fois ce que l'homme a cru voir !




見よ、その蒼き色、忽然として色を染め、

金紅色の日の(もと)に、われを忘れ揺蕩(たゆたひ)は、

酒精(あるこおる)よりもなほ強く、(なれ)()(いる)も歌ひえぬ。

愛執の苦がき(あか)(あざ)を醸すなり。


われは知る、稲妻に裂かるゝ空を、龍巻を、

また寄せ返す波頭(なみ)、走る潮流(みづ)(ゆふべ)送れば、

曙光(あけぼの)は、むれ立つ鳩かと湧きたちて、

時に、この眼の視しものを、他人(ひと)は夢かと惑ふらむ。

            (小林秀雄訳)




其処に忽ち
蒼然(あをーい)(いろ)は染め出され、おどろしく

またゆるゆると陽のかぎろひのその(もと)を、

アルコールよりもなほ強く、竪琴よりも渺茫(べうぼう)と、

愛執のにがい茶色も漂つた!


私は知つてゐる稲妻に裂かれる空を龍巻を

打返す浪を潮流を。私は夕べを知つてゐる、

群れ立つ鳩にのぼせたやうな曙光(あけぼの)を、

又人々が見たやうな氣のするものを現に見た。

            (中原中也訳)



蒼茫たる海上は、見てゐるうちに、

アルコールよりも強烈に、竪琴の音よりもおほらかに、金紅色に染め出され、

その拍節と、熱狂とが、

愛執のにがい焦色をかもし出す。

僕は知つた。引つ裂かれた稲妻の天を、龍巻を。

よせ返す波と、走る射水(いみづ)を。

夕暮れを、また、靑鳩の群のやうに胸ふくらませる曙を。

時にはまた、あるとは信じられないものを、この眼が見た。

            (金子光晴訳)



.


by hannah5 | 2018-06-30 13:58 | 詩のイベント | Comments(0)