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「日本の詩を読む/世界の詩を読む」第4期-「日本におけるランボー」第1回、第2回   


野村喜和夫さんの現代詩講座第
4期はフランスの詩人ランボーがどのように日本の詩人に影響を与えたか、「日本におけるランボー」と題し、4回にわたって講義が行われます(場所はエルスール・カフェ)。


【講義予定】

1回 5/13(日) 小林秀雄のランボー

2回 6/24(日) 富永太郎・中原中也のランボー

3回 7/22(日) モダニズムと戦後のランボー受容

4回 8/26(日) 私のランボー体験


1回目は日本でもっとも早くランボーの影響を受けた小林秀雄について、小林秀雄を通してランボーが日本の文学者たちにどのように広がっていったかが講義されました(5/13)。読んだ作品は小林秀雄のランボー論「ランボオⅢ」(一部)と訳詩「別れ」、粟津則雄訳の「母音」と「Omegaの瞳」でした。

2回目はボードレールやヴェルレーヌの影響を受けた富永太郎や中原中也がランボーに出会い、その後彼らの文学活動がどのように広っていったかなどについて講義されました(6/24)。読んだ作品は「遺産分配書」(中也訳)、「バーゲン」(鈴村和成訳)、「献身」(鈴村訳)、leBateau ivre の小林秀雄訳と中原中也訳と金子光晴訳の比較(いずれも部分)、O saisons, o chateaux で始まる無題の詩の中原中也訳と小林秀雄訳の比較などでした。

講義はランボーの訳詩の内容にとどまらず、詩を訳した詩人や文学者たちの人間関係、文学活動などさまざまな角度からアプローチし、深みのあるものになりました。




Le Bateau ivreより

          Arthur Rimbaud


Où, teignant tout à coup lesbleuités, délires
Et rythmes lents sous les rutilements du jour,
Plus fortes que l'alcool, plus vastes que nos lyres,
Fermentent les rousseurs amères de l'amour !


Je sais les cieux crevant enéclairs, et les trombes
Et les ressacs et les courants : Je sais le soir,
L'aube exaltée ainsi qu'un peuple de colombes,
Et j'ai vu quelque fois ce que l'homme a cru voir !




見よ、その蒼き色、忽然として色を染め、

金紅色の日の(もと)に、われを忘れ揺蕩(たゆたひ)は、

酒精(あるこおる)よりもなほ強く、(なれ)()(いる)も歌ひえぬ。

愛執の苦がき(あか)(あざ)を醸すなり。


われは知る、稲妻に裂かるゝ空を、龍巻を、

また寄せ返す波頭(なみ)、走る潮流(みづ)(ゆふべ)送れば、

曙光(あけぼの)は、むれ立つ鳩かと湧きたちて、

時に、この眼の視しものを、他人(ひと)は夢かと惑ふらむ。

            (小林秀雄訳)




其処に忽ち
蒼然(あをーい)(いろ)は染め出され、おどろしく

またゆるゆると陽のかぎろひのその(もと)を、

アルコールよりもなほ強く、竪琴よりも渺茫(べうぼう)と、

愛執のにがい茶色も漂つた!


私は知つてゐる稲妻に裂かれる空を龍巻を

打返す浪を潮流を。私は夕べを知つてゐる、

群れ立つ鳩にのぼせたやうな曙光(あけぼの)を、

又人々が見たやうな氣のするものを現に見た。

            (中原中也訳)



蒼茫たる海上は、見てゐるうちに、

アルコールよりも強烈に、竪琴の音よりもおほらかに、金紅色に染め出され、

その拍節と、熱狂とが、

愛執のにがい焦色をかもし出す。

僕は知つた。引つ裂かれた稲妻の天を、龍巻を。

よせ返す波と、走る射水(いみづ)を。

夕暮れを、また、靑鳩の群のやうに胸ふくらませる曙を。

時にはまた、あるとは信じられないものを、この眼が見た。

            (金子光晴訳)



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by hannah5 | 2018-06-30 13:58 | 詩のイベント | Comments(0)